第16話 警護団と歌姫の過去
数日が経ち、凛人は神韻魔法の修行に打ち込んでいた。
同じ旋律を繰り返し唱え、音の力を身体に馴染ませる。
最初は一度使うだけでぐったりしていたが、最近は少しずつだが慣れてきたのを感じる。
これまで彼が使った魔法は四つ。
光を生む《エルネ》。
効果はまだ不明なままの《迷いの詩》。
この世界に彼を転生させた《帰還の詩》。
……そして、おそらくこの世界で最もふざけた魔法、剃刀負けしない
ガレリオと相談した結果、《迷いの詩》と《帰還の詩》は使用にリスクがあるとして、凛人は《エルネ》の習熟に集中していた。
同じ魔法にしても、さまざまな歌い方で効果が変わることもわかってきた。
弱く優しく光らせたり、強く眩しく光らせたり。
さらに、
そんなある夕方、不意にカイルが声をかけてきた。
「なあ、リント……姉様が困ってたら、お前、助けてくれる?」
いつもの調子とは違う。
どこか戸惑っていて、それでも何かを確かめたがっているようだった。
「……なんだかんだで世話になってるし。助けてもらった恩もあるしな。俺にできることなら、できる限り力になりたいとは思ってるよ」
カイルは一瞬驚いたような顔をしたあと、にかっと笑って「そっか」とだけ言い、ふらりとどこかへ行ってしまった。
その後、凛人は気になっていたことを確かめようと、ガレリオを訪ねた。
「……ガレリオさん。マーヤのこと、もう少し詳しく教えてくれませんか?少し気になる話を聞いてしまいまして。」
ガレリオは黙って頷くと、深く椅子に腰を下ろし、静かに語り始めた。
「……二年前の戦争のことは話したな? ゼルトリア帝国とやり合っていた時のことだ。
マーヤはそのとき十五歳。魔法使い見習いとして後方支援に配属されていた。
ルメリアでは、十四を超えた貴族の子は戦に関わるのが常でな……」
帝国の軍勢は桁違いだった。
新型の兵装に、重装歩兵、強化魔術。
ルメリアは第一陣をどうにか退けたものの、十万の本軍が来ると、戦況は一変した。
そんな中、ひとつの部隊だけが異彩を放った。
マーヤが支援していた部隊だ。
「あの子は、七つもの神韻魔法を操れるだけじゃない。
なにより、どんな状況でも心を乱さず、澱みなく詠唱できる。
その安定性が何よりの武器だ。普通、十五の少女にそれはできん」
支援を受けた部隊は異様な統率と粘り強さを見せた。
その噂はすぐに軍司令部に届き、マーヤは見習いでありながら、作戦の中枢に据えられた。
「それは政治的な判断でもあった。
名家の娘を持ち上げ、失敗すれば責任を押し付ける。名誉と引き換えの盾よ」
本人も家も反対したが、「国の危機」と言われては、拒むことはできなかった。
マーヤは必死だった。
貴族として、国の民として、そして何より自分を慕ってくれる領民を守るために。
フィオラリス家は彼女を守るため、戦場に割り当てられてなかった若い騎士たち三十人ほどをかき集めて警護団を結成した。
皆、戦争に参加することのできない名ばかりの下級の貴族や、没落貴族ばかりだった。
しかし、マーヤの警護団と支援する部隊は、奪われた砦を奪還し、帝国軍を押し返すなど目覚ましい活躍を見せた。
人々は彼女を「ルメリアの歌姫」と讃え、敵は「悪魔の詠女」と呼んだ。
だが転機は突然訪れた。
彼女の力の源となっていた
戦局は一気に崩れ、ルメリアは厳しい条件で休戦を余儀なくされた。
巨額の賠償金に、屈辱的な条約――。
そして、敗戦の責任はマーヤとその警護団に押し付けられた。
「軍も民も、あの子を讃えていた口で、今度は罵り始めた。
“ルメリアの歌姫”は、国内でも“悪魔の詠女”と呼ばれるようになった。……人とは、言葉とは恐ろしい」
「まだ十五の子供だったのだ。真面目で、正直で、言われた言葉はそのまま受け入れてしまう。
だからこそ、すべては自分のせいだと思い込んでしまったんだろう」
「だが、貴族社会も同じだ。疑いや嘘を晴らすことができなければ、その責を背負うしかない」
ガレリオは遠い目をした。
「今の警護団は、そのときの生き残りだ。
あの戦場で、彼女とともに生き延びた没落貴族の若者たちだ。
……彼らは覚悟を決めている。自分たちの誇りと、領民と家族を守るために。命を賭けてな」
言葉が尽きると、部屋には沈黙が落ちた。
胸の奥が冷たいもので満たされていく。
怒りか、悲しみか――凛人にもわからなかった。
ただ、ひどく重い感情だった。
(――ふざけんなよ。あいつのせいじゃない。誰よりも国のために、命がけで戦ったのに……)
(誰が悪いかも分からないまま、全部一人で背負わされたなんて……)
あの少女は、いつだって笑っていた。
怒っても、拗ねても――いつでも、正しくあろうとする瞳をしていた。
「……くそっ。そんな顔、一度も見せなかったじゃねえか……」
凛人の胸には、悔しさと怒りが混じった感情が渦を巻いていた。
(だったら、俺が守ってやりたい……)
(何だっていい。あんなにも、人のために頑張ってる奴なんだ)
(せめて――支えになってやりたい。そうでもしなきゃ、あまりにも報われないじゃないか…)
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