第7話 神韻魔法と凛人の恥
「じゃあ、
マーヤと護衛の兵士二人に連れられ、凛人は駐屯地の外れ――草木が茂る小高い丘の上に来ていた。
凛人が魔法を理解していないこと。そして、発動は偶然だった可能性が高いこと。
マーヤはそう判断し、もしもの暴走に備えて、人の少ない場所まで誘導したらしい。
「ここなら、万が一何か起きても大丈夫」
マーヤの言葉に促され、凛人は音叉――ユル=ノトを手に取った。
(なんか、見られてると緊張するな……)
思い返すのは、異世界に来てから何度か口ずさんだ、あのメロディ。
自分の曲、『いるべき場所へ』の時に作った悪魔の音階と言われるロクリアンスケールを使った、どこか不安を感じさせる旋律だ。
凛人は小さくつぶやくように口ずさんだ。
「……迷い始める」
……何も起きない。
沈黙。マーヤたちも、ぽかんとした顔で凛人を見ている。
(うーん、なんかちがう……)
凛人はあの時の状況を思い出してもう一度、今度は音叉を軽く鳴らして、基準音を耳に入れる。
――ポーン。
やはりこの音叉は体の中まで響く、不思議な共鳴を感じる。
静かに響いたその音に合わせる様に、再びフレーズを紡いだ。
「迷い始める……」
その瞬間だった。
凛人の手元から、淡い緑色の光の粒子がふわりと立ち上がる。
粒子は空中を舞いながら、彼の手を中心に幾何学的な魔法陣を描き出していく。
驚く凛人の背後、駐屯地の馬小屋のほうから大きな嘶きが響いた。
馬たちが一斉に暴れ出し、杭を引き抜きそうな勢いで暴れている。
兵士たちの叫び声も遠くから聞こえてきた。
「なんだこれっ!」
思わず凛人は音叉を手放す。
すると、魔法陣は音もなく消え、光もふっと収束していった。
駐屯地の騒ぎも徐々に収まりつつあるようだ。
「……今の、何?」
マーヤが低い声でつぶやく。
その顔は青白く、真剣そのものだった。
「そんな魔法、見たことも聞いたこともない。……あなたの国に伝わる魔法なの?」
「いや、だから言っただろ。日本には魔法なんてないって」
「じゃあ、その旋律は……?」
困惑の表情を浮かべたまま、マーヤが凛人に問う。
凛人は気まずそうに、ぽりぽりと頬を掻きながら答えた。
「えっと……俺が、作った」
途端に顔が火照っていくのがわかる。
作曲家として多少の経験は積んできたとはいえ、自作のフレーズをまじまじと他人に評価されるのは、やっぱり恥ずかしい。
赤面したのなんて久しぶりだ。
普段は被り慣れた大人の仮面も、音楽に関わる時は容易く剥がれてしまう。
作曲で食べていってるプロの人たちは違うんだろうな、と思う。
性格的な部分も多分に影響してるのだが、凛人はなんにせよ自己評価が低い。
コンペ作家としてなかなか採用されない凛人は、プロの作曲家へのコンプレックス混じりの憧れが非常に強い。
自然と、昔の記憶が蘇ってきた。
学生の頃、初めて自作の曲をバンド仲間に聴かせた、あの日。
ギターの伴奏と、本当は歌詞もあったけど、ラララで歌った仮歌。
録音したレコーダを再生しバンド仲間に聴かせた。
自分が作って自分で歌ったものを他人に聴かせるという行為が凛人には恥ずかしすぎて、仲間に聴かせている間、部屋の布団をかぶっていた。
仲間の評価はイマイチで、結局その曲はボツになった。
しばらくは、あのときの微妙な空気を思い出しては、ひとり布団の中で
「ぬおおおーーー!!!」
と頭を抱えて転がっていた。
……恥ずかしさのあまり死にそうになり、当分の間、曲作りから遠のいた。
だが結局、曲を作りたいという熱がまたふつふつと湧いてきた。
それまでは「曲を作る」ということを何も知らずに感覚に頼っていたので、それからは基本的な音楽理論を学び、曲を書き続けた。
やがて、プロの作家がたくさん在籍する作家事務所に認められるようになった。
今ではようやく、自分の音楽に少しは自信を持てるようになったのだ。
(まあ……あの頃よりはマシ、か)
ちら、と顔を上げると、マーヤたちは凛人のバンド仲間とはまた違った意味で、実に複雑な顔をしていた。
マーヤは、どこか怯えるように、青ざめた顔で言った。
「その魔法……他の誰にも見せないで」
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