第30話翳りある貴方の眼差し


「アリセア……実は、君に言っておくことがある」

真剣な瞳で見つめてくるユーグスト殿下。


きちんと向き合いたい。

だけど、徐々に不安な気持ちも込み上げてくるのは事実で。

一体何を言われるのだろう、そう思っていると。


「元々、……というか、私たちが小さい頃。君は、俺のせいで魔力がほとんどなくなってしまっていてね」

「え?」


彼の言葉に、唖然とする私に、すまない、と彼が悔やむように謝った。


「あの時、王宮で、君に話すのを躊躇って、途中でやめてしまった話は、この事なんだ。」


「あの時……皇后様たちに、ご挨拶に伺った時、ですね」



「あぁ。……幼い頃、俺の傍にはよく精霊獣が遊びに来てくれてね。何故見えるのか……は分からなかったが

とても懐いてくれていたよ。

きっと、剣をくれたタイミングを考えても、あの子がくれたのかなと思うことがある。」


「あの剣は……その精霊からの、贈り物かも?」


「そうだね。……その子が、王宮に忍び込んだ別の精霊獣と対立したらしくて、その攻撃に巻き込まれたのが……君なんだ」

言いづらそうに、口を開いたユーグ。


「わ、私が……?」


「君が、俺に懐いてくれていた精霊獣を庇って……。」

ユーグの言葉に、かすかな震えを感じた。

「その攻撃を受けた代償か、………魔力の大半が無くなってしまっていた。」


代償……。

そんな事があるっていうの?


「きっと、それが無ければ、君は今此処にいなかったかもしれない。……何故、君にも精霊獣が、見えたのか。それが、はっきりとは分からないけれど。波長があったのかもしれないね?」


あの時ユーグが伝えるのを躊躇っていた理由が、今、ここに来て、分かった。


そんな事が自分の身に起きていたとは……。


当時の大変な事態を知るも、一番に考えたことはーー。


「ユーグは……無事だったんですか?怪我は……?」


驚いたように、ユーグの瞳がわずかに揺れる。


「アリセア……こんな時にまで、他人の心配をするんだな」


ふっと、優しく微笑む。


「大丈夫。俺も、精霊獣も無事だったよ。それ以来会えていないが、きっとどこかで見守ってくれているだろう」


その言葉に、緩んだ気がした。

無意識に入っていた力が、抜けていく。


「それなら、……良かった……」



「残った魔力でも、アリセアは『生活に困らないし十分』と言ってくれていたのだけれど」


ユーグは、私以上に痛みを抱えているかのような傷ついた表情で、今までどれほどの責任を感じていたのかが分かる。


「残った、魔力……確かに魔力が増えて魔力暴走が起こっていますが、それ以外で考えると、生活には困っていないと思います」


「そう言ってくれて、ありがとう。だが、……その頃から、君の身体の魔力は"器”に対して、少ない状態だった。多少はあったから、この学園にも入学は出来たんだ」


「そうですよね、この学園は、ーー魔法適性がないと入れない……」


困惑しながらも、微かに微笑する私の頭を撫でてくれる殿下。

まるで、安心させるかのような仕草だ。

そばに居てくれるだけでほっとする。


「不安にさせてごめん。そんなアリセアの状態を、

……フォートが、君と会った時から、

魔力があまりないことは見て分かっていたとしたら」


「そんな、……そしたら、復帰した時にはもう?」



驚きで声を失う。


「違和感を覚えるだろうね。

俺なら一度違和感を感じたら、

その者を注意を払って観察する」


とユーグストが言った。


さらに、続けて。

「彼も、アリセアをずっと傍で観察してたに違いない」

「あ……初めての演習の後……彼、言ってたんです」


< アリセア、今日絶好調だね >


私はすっかり言葉を失ったかのように、何も言えない状態となってしまった。


「私の魔力が増えたということは……つまり、演習でも、以前の私より魔力の持久力が上がっているということ。それに、誰よりも早くフォートが気がついた?」


先生ですら何も言わなかったのに。


「そうだね。そしてもう1つ。

……君が自分の変化に気が付いていない様だった。

だから、逆に……」


「……"記憶に関する違和感”も感じた?」


ユーグの言葉を受けて、導き出された回答に言葉が出なくなる。


「もともと、倒れたあと、君の魔力が増えていた事に気が付かなかったのはこちらのミスだ。今回……魔力暴走を、演習中にも、引き起こしてしまった。すまない、アリセア」



「そんな、ユーグの責任じゃありません。誰も増えてるなんて思いもよりませんよ!……私も記憶を無くしてしまっているから、魔力が向上しているなんて自分でも気が付かなくて」


「優しいね、……そんな所に俺は……」

ユーグは一瞬言葉をため、「ありがとうアリセア」と言った。


「きっと、アリセアの変化に、誰よりも早くフォートは気がついた」

「っ……」

きゅっと唇を噛み締める。



「それなら……私、いつか、ちゃんと話をしたいです。フォートに」

そう言って、ゆっくりと、起き上がる。

ユーグがその意志を尊重してくれ、何も言わずに背中を支えてくれる。


私は真っ直ぐにユーグを見て言った。

逃げない。

ごまかさない。

大事なことだから、ちゃんと向き合いたい。


「記憶を失っていたとはいえ、心配してくれていた彼を、私がまるで蔑ろにしていたようで……それに、彼に色々と助けられていたことにも、やっと気づきました」


クラスメイトの名前が分からない時。

自然とその方の名前を呼んで教えてくれたり。


不安で教室にいられない時は、いつの間にか近くにいて、寄り添ってくれていたように思う。


ただ、何も考えずに暇つぶし程度に、私にまとわりついてくるだけだと思っていたけど、……実は理由があったの?


私は、フォートの事を、何も知らない。

だからこそ、彼とも本当の意味で、きちんと向き合いたい。



「そうか……」


ユーグの顔に、ほんの少し影が差す。

それでも私は、視線を逸らさずに告げた。


「私、もう一度きちんと彼に顔を向けれるように……なりたいんです」


「……それが君の望みなんだね」


「はい」


彼の許しを待つのではなく、自分の選んだ言葉で、自分の選んだ相手に向き合いたい。

私は、そう思った。


ユーグは瞑目するように目を閉じ、やがて小さく頷いた。

「君の意志を尊重したい」


だけど、そういった後、ユーグの表情が、ほんの一瞬だけ曇ったように見えた。


「……念の為聞くけど、君の魔力が暴走しかけた時、近くにいたのはフォート……だけだよね?」

「え?」

「いや、……なんでもないよ」

彼の言葉の意味が掴めずにいると、ユーグはそっと私の方に手を伸ばした。

「アリセア……こっち向いて」

「え、あ……」

戸惑いながらも顔を向けた瞬間……。


「んっ」


唇に触れる、柔らかくて一瞬の感触。

目の前には伏し目がちなユーグスト殿下がいて。


「消毒……一応ね?」

「ぇええ?!」


目を丸くして驚く私に。

ようやく彼が、いつものようにふっと微笑んでくれた。

だけど、まだ、彼には翳りがあって。


「消毒って……どういう意味ですか?」

私が困惑しているのに、ユーグは、それには答えない。

「ユーグ?……」

何か、隠しているの?



「アリセア。体調が……きつい時にもう少しだけいいかな。伝えることがある……まだ、大丈夫?」

ユーグストは、しばらくの間、沈黙を保っていたが、おもむろにそう切り出した。


「は、はい。……聞かせてください」

不安もあったが、真っ直ぐに見詰め返した。

どんなことも逃げない。

その覚悟で……。


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