第31話君が消えてしまうのが怖いんだ
「改めて……魔力暴走についてなんだけれど」
ユーグが、躊躇いながらも、真剣な眼差しで私を見る。
「はい」
憂い顔のユーグを見ているうちに、じわじわと私の覚悟も揺らぎ、心に、不安が広がっていく。
「すまない、こんなに早く……起きるとは思わず。君のそばにいてやれなくて、ごめん」
「ユーグの、せいじゃありません。そもそも、制御することは難しいのでしょう?」
私の言葉に、彼はハッとしたようだった。
「やっぱり、気がついていたんだね……そうだね。
初めて起きた時には……言えなかったが。
私の指輪は特殊で……生まれた時に精霊から祝福を受けて頂いた、魔道具型の指輪なんだ」
「祝福……。改めて見ると、とても美しい装飾ですね」
アリセアはユーグの指輪を見つめる。
「あぁ、あの時、本来なら、君にこの魔道具を譲り受けたかった。
けれど、……これは私の血脈を、感じて初めて使えるもの」
伏し目がちで、痛みをこらえるようなユーグの姿に、
アリセアは彼もまた、苦悩している事に気がつく。
「ユーグ個人にしか……使えない、ということですね」
「そうだね、実際これに似た魔道具開発も行ってはいるが、希少価値が高く、量産がむずかしい」
「希少価値が高いのには、納得します」
「うん、そもそもの再現性が低い代物で、国内でも数えるくらいしかないんだ」
ユーグは、アリセアを、真っ直ぐ見つめながら、ゆっくり説明してくれた。
王族以外でも、各地域の領主に、国民に万が一のために使えるように、配布はしていること。
それでも、絶対的に足りない地域があること。
「しかし、そもそも、市民が魔力暴走が、起きるきっかけは、病気や戦闘の場で、意図せず起きたり、そして魔力がまだ成熟していない子どもや、情緒不安定になりやすい人に向けたもの。まぁ、とにかく……」
そして、ユーグは続ける。
「今ある既存の魔道具は、魔力の乱れを整える優しい“絆創膏”のようなもの。
でも……アリセアの状態は、酷く、それでは対応出来なさそうで、あんな簡易的なものでは、とても……耐えられないだろう」
「ユーグ……。私、薄々……分かっていました。だって、ユーグは、いつだって私のために行動してくれますから」
「君にそう言ってもらえると、嬉しい。けれど、君を不安にさせると思って、なかなか言えなかったんだ。
決して、君を蔑ろにした訳じゃない。
これだけは伝えたくて」
「ユーグ……謝らないでください。きっと、私のために、それでも色々と掛け合ってくれてたんでしょう?」
アリセアは、不安な顔をしながらも、ふわりと笑って見せた。
ユーグに、悲しい顔をさせたいわけではない。
私より傷ついた顔をして……ユーグストの気持ちを思うと、言わずにいれなかった。
「もちろん、有識者には相談もして、魔道具制作も本格的に行わせていたが……。
アリセアの期待には……まだ答えられない」
そう言って、ユーグは、そっとアリセアの両手をとる。
自分の手のひらの温もりで、
アリセアの不安を少しでも取り除こうと、
想いを伝えようとするかのように。
「ユーグ……」
その彼の真摯な心を感じて、アリセアの心はじんわりとほぐれていく。
「そして……アリセアの中に新しく入った魔力を、無理やり取り除くことはできない。
……最悪……心が壊れてしまうかもしれない危険性があるとのことだ。
それだけは、ごめん、いくらアリセアが了承しても、俺は……決断出来そうにない」
「心が……そうなんですね」
私の呆然とした呟きに、私以上に、苦悩した表情のユーグスト。
彼から、私を思う、ひたむきな気持ちを痛いくらい感じて、アリセアは今度こそ、涙が溢れてくる。
「ごめんなさい、……ユーグの気持ちが、真っ直ぐに伝わってきて……」
これは、悲しみの涙ではない。
彼からの、深い愛情が伝わってきてーー。
それに、彼に言われずとも、どこかで、そうなんじゃないだろうかと思っていた。
魔力が簡単に増減できるものでは無い。
きっと、それなりのリスクがあるのだ。
「アリセア……。君を1人にしない。
泣くな、なんて、とてもではないが簡単に言えない。
けれど、ーー俺は全身全霊で君を守ると誓う」
ユーグがそう言って、涙をそっと拭ってくれる。
「っ、……私も、守られるだけじゃなくて、一緒に……」
思わず、ハンカチを握る手に、力が入る。
もちろん、不安もある。
けど、私も自分で立ちたい。
そう言ったら。
「アリセアの、立ち向かおうとする気持ちは、俺にも、痛いほど伝わってくるよ。
守られてばっかりで不安だと、もしかしたら、君はそう思ってない?
けどね、君はまだ16歳の女の子だ。
こんな時くらい、頼ってくれる方が、俺は嬉しい」
「ユーグ……」
「俺は……君の婚約者だ。……頼ってくれないと、存在意義もない」
「本当に……ユーグは、どこまで私を、甘やかすんですかっ。……でも、ありがとうございます」
ユーグの言葉に、先程までの沈んだ気持ちがふっと軽くなる。
こんな時なのに、嬉し泣きをしてしまう。
彼の温かい、私を励まそうとしてくれる気持ちが真っ直ぐに、伝わってくるからだ。
「今、確実な方法としては……おそらく、君に魔力を渡した奴がいたとして、……どうにか探して……除去出来ないか、掛け合うことだろうね」
伝えづらそうに、ユーグは口を開く。
「……厳しい、状況ですね」
今もその人を、見つけれないのに。
また、その前に魔力暴走がおきてしまったら?
ユーグは静かに、私の肩を抱き寄せてくれた。
温かい……。
「……本当は俺も怖いんだ、アリセア」
「…………ユーグ……も?」
その目には、焦りのような、痛みのような色が浮かんでいた。
小さく、呟くように言った声が震えていた。
「君がまた倒れてしまったら。記憶だけじゃなく、君自身が消えてしまいそうで」
言葉の続きを、彼は唇を噛んで飲み込んだ。
「ユーグ……」
彼の腕が、いつもより少しだけ、強くて。
私を包むそのぬくもりに、胸がきゅっと締めつけられる。
私、初めは、自分だけが怖いって思っていた。
でも、私のことをこんなに大切に思ってくれてるユーグも、私以上に恐怖を抱えていたなんて……。
「だけど、大丈夫。俺もいるから、また探そう。今度こそ」
「はい……」
震える声で応えた私を、彼は優しく見つめてくれる。
その視線に包まれるだけで、不思議と胸の奥が少しあたたかくなった。
そっと、彼の手が私の頬に触れる。
そのぬくもりに導かれるように、私は自然と目を閉じる。
ふわり。
優しく、でも切なさを含んだ唇が、そっと触れる。
「んっ……」
ユーグは、私の不安を打ち消してくれるように、何度も、キスをしてくれて。
「アリセア……」
名前を呼ぶ彼の声が、ほんの少し震えていた。
その熱には、愛しさだけじゃなく。
不安も、焦りも、確かに混ざっていて、
それが、……胸を締めつけるほど愛おしかった。
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