第17話 青年の正体
「ここが、アリセアが倒れていた場所だね」
「回廊の一番端……図書館1階正面玄関から数歩の距離、図書館前と言ってもいいですよね」
あれから、何度かアリセアは寮の特別施設でユーグと顔を合わせたが、彼の表情は今まで以上に柔らかくなった気がした。
私はといえば、部屋は違えど一緒に過ごす、気恥ずかしさでしばらくの間、ユーグをまっすぐ見つめることは出来なかった。
「そう。この前訪れた時にも、ここにも念の為寄ろうとしたけど、一緒に行けなかったからね」
「噴水広場での騒動が、ありましたからね」
言いながら、ハッとアリセアが気がついた。
色々あり、ここまですっかり忘れていた。
「あの、思い出したのですが……ユーグ。私、ユーグが公務に行っている間の休日に、実は1人でここに行こうと思ってたんです」
「え?……」
彼の心配そうになった表情に、慌ててアリセアは言葉を続ける。
「あ!でも、偶然にも図書館一帯は封鎖されてて、……それに、私にそっちは通れないって親切に教えてくださった男性がいたのです」
「そうなんだね、1人では危ないから、封鎖されてて逆に良かった」
「はい、私も今思えばそう思います」
それから、思い出したかのように続ける。
「……それでですね。その方に、こう言われたんです」
『アイツが帰ってくるまで近づくな』
「そう言われて……」
妙に意味深のある言葉。
戸惑いの方が大きかった。
ユーグの顔に、緊張が走る。
「アイツ……?その言葉が出るということは、アリセアを知ってる人だったのか、でも、情報は限定的な人にしか伝えてないはず」
不信げなユーグに、私は、あ!と声を上げた。
「……私のことを知っているようでした。元気そうだなって、あとは気をつけるように、と」
「…………、長い、三つ編みの男性だった?」
ユーグが長い沈黙の末、そう呟いた。
「あ!そうです!」
また、大事な情報を後出しにしてしまったことに自分で驚く。
ユーグは眉を寄せ、珍しく感情を露わにした。
「兄だよ。あれは……俺の兄君だ」
「ええっ!?皇太子様!?」
信じられない思いで見つめ返す私に、ユーグは苦く笑う。
皇太子と言えば順当にいけば、この国の次期皇帝である。
お供も1人付けずにこの学園まで来るのだろうか。
私が疑問に思ったのが伝わったのか。
「兄は、私より誰より強いから、本人が護衛のようなものだ。それに。護衛は目立つところにいるとはかぎらないしね」
「な、なるほど……」
確かにただ立っているだけで、妙な貫禄があるというか、手練れな雰囲気がひしひし感じられた。
あの方がユーグの、お兄様。
雰囲気や顔は、全然似ておられない。
「ただの気まぐれか、兄なりに君の事を心配して、様子を見に来たのかもしれないが、その上で気をつけろと言われたということは……」
ユーグの一言に、ざわざわと不安が広がっていく。
怖くて考えないようにしていたけれど。
徐々に、実感が湧いてきて……。
「まぁ、そう不安がらないでいい。兄が私に任せたということは、私たちで事件が解決できる可能性が高まった。悔しいけれどね」
「そう、ですね。それなら、尚更早く解決出来るように、努力します」
「1人で無理はしないで。一緒に頑張ろう」
「あれ?」
「どうした?」
「あ。いいえ、大丈夫です」
あの時、皇太子が仰られていた、"翻弄させるのが美味い”というあの言葉、……ということは、やはりユーグスト殿下を、私が翻弄させている、の意味だったのかしら。
チラッと殿下を見ると、微笑んでくれる。
うぅ……眩しい。
この優しいユーグスト殿下を翻弄している事が、否定、出来ない。
一緒にこの件について探ってもらったり、今の説明の仕方だって、それに、他でも……。
でも、改めてあの男性が皇太子だと考えると。
あの時の言葉一つ一つが、
"兄”から弟のユーグに語るような、私に対して優しさを含む言い方に感じてきた。
それにしても、
「ユーグスト殿下でもそのような表情をするのですね」
今はすっかり眉間に皺が寄ってしまっている。
「あ……いや、ごめん。怖がらせたね」
苦笑するユーグスト殿下に、私は首を振る。
「いいえ」
でも、その方が人間らしくて、私は。
「私は、そのような顔をされるユーグスト殿下のことも、好きです!むしろ、もっと喜怒哀楽見せてくれないかな、と思います。だって、私たちは王族や貴族の前に、人間ですから。その方が、生きてるって感じませんか?」
自然と湧き上がるこの気持ちは……愛しさで。
「笑顔だけではなくて、今後、何かあったなら、怒った顔も、苦しむ顔も、色んな感情を見せてください。悩みがあれば、私も一緒にかんがえますから」
「アリセア……」
言いながら、ちょっと踏み込んだ事を言ってしまったかな、と少し後悔もしたのだけれど。
「アリセア。ありがとう」
ユーグが本当に嬉しそうに笑ってくれたので、本音で話せて良かったのかな。
「兄の事は尊敬してるのだけどね。勝てないなって思う時がたくさんあって」
つい、眉を寄せてしまうらしい。
「そうだったんですね」
ユーグスト殿下でも勝てないって言われるほどの実力を、持つ皇太子様、か。
「では、ユーグスト殿下のライバルってところでしょうか」
「ライバル?」
呆気にとられたユーグスト殿下に、私はふふっと笑って見せた。
「ライバルなら、相手が強いと、気にもなりますもんね」
「……ライバルか、そういう風に、考えたこと無かったな」
「多分、ユーグスト殿下は、いつか兄を越えるぞって、どこかで感じてらっしゃるのでは無いですか?負けず嫌いかもしれませんね」
私の言葉を、味わっているかのように、ユーグは何度か負けず嫌い……ライバル……と、無意識に呟いた。
「ふっ、アリセアがそう言うと、本当にそんな気がしてきたよ」
その泣き笑いのような彼の表情を見て、アリセアは果たしてちゃんと励ますことが出来たのかと不安になったのだが。
手をそっと握られ、ありがとうと彼が言うから。
少しだけ安堵した。
あ、そういえば。
「……噴水事件で、何か進展がありましたか?」
アリセアが、ふと顔を上げてユーグを見た。
「うん、先生方がおっしゃるには、何らかの影響がミクリヤ球に、あったとみている。ミクリヤ球自体は壊れているとか、そういうのでは無いらしい」
「そうなのですね」
では一体何があったのだろう。
沈黙の後、ユーグがポツリと呟いた。
「ところでアリセア、この学園の七不思議って知っている?」
「七不思議って、あ、……確か、音楽室で勝手にピアノが鳴ったり、演習場の魔法杖が、全てばらばらにひっくり返されていたり?」
「そう、ここ何十年の話らしいけど、たまーにそういう事が、実際に起こっているらしいんだ」
「実際に?!誰かのイタズラでしょうか」
他にも七不思議の話を思い出していくも、魔法でイタズラできる、小さな事件の範囲である。
アリセアがうーんと考え込む。
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