第4話 魔法演習場

木枠で囲まれた広々とした屋外演習場。朝の光を受けて、演習服の白がまぶしく反射していた。




「揺れ踊れ、炎の精霊よ、燃やせ、力を我に見せよ」






赤く光り輝く魔法陣が、手のひらの上に展開ーー間髪入れずに炎が躍り出る。




生徒一人一人、横並びとなり、それぞれが目の前の動く四足動物型のモヤに向かって、その炎をぶつけていく。








アリセアも、皆に習うように詠唱をした。




詠唱と共に、瞬時に同じ炎の魔法が発動。


ぶわ、と熱風が巻き起こり、空気が震える。


揺らめく炎が、確かに命を持つようにモヤへと突き進んでいった。






黒いモヤがまるで悲鳴をあげるように空気を震わせ、霧散していく。




モヤは、講師が魔道具によって出した幻影だ。






「もっと早く詠唱しろ!そうじゃなきゃ魔法展開や発動のタイミングが遅くなるぞ!」






もし万が一魔物に遭遇したとして、その1秒が、命取りになるということだろう。




まれに魔法攻撃をするのが遅くなると攻撃を跳ね返したり、突撃してくることもある。






魔法科の講師が、生徒の様子を見て叱咤激励していく。




当たり前だが、講師が出す敵は、いちいち手強い。






それにしても。




「復帰早々、魔術演習って……、私大丈夫かしら」




言葉にならない声で、アリセアは1人つぶやく。




ふーっと、1度、呼吸を整え、アリセアは"言い慣れた”、炎の精霊魔法を展開する言葉をつむぐ。




この旋律は炎の精霊の強さを鼓舞する意味が込められている。


長い髪は邪魔になってはいけないと、後ろで高く結んで正解だった。


様々な箇所の爆風で、アリセアの髪が揺れ動く。




基礎を学び、鍛錬を積んでいくと、攻撃中の熱風の消し方も学べるらしいが、今のアリセアからしたら、夢のまた夢だ。






アリセアは幾度となく詠唱を唱え、攻撃魔法を学んだ。






そして、20分間の休憩を挟み、また、演習が再開された。






「自分のコンディションを鑑みて適度に休憩をとるように」


講師の先生の、声に、皆続々と休憩用のベンチや、床から立ち上がる。




「アリセア、大丈夫か?」




汗を拭いながら、フォートがこちらにやって来た。




悲壮感漂う私の様子に、フォートが苦笑いをしながらベンチに座り込んだ私を立たせてくれた。




「ありがとう」


「無理すんなよ。でも、あと少しだ、な?」




フォートの言葉に、なんとか頷き返す。




20分の休みで先程よりはかなり回復したけど、これから2人1組になっての演習だ。




男女関係なく学べる所がこの学園の良いところであるが、さすがに男女で体力の差が出たり、素質の違いもある。




今度の敵は、あちこちに素早く移動した。




あちらの動きによっては、私たち生徒も走りながら攻撃を仕掛けていく。






「水の精霊よ、きらめく光を受け飛び立て」


ぐっ、と胸の前で握った拳を、今度は手のひらを開けて突き出す。


右手の前に小さな魔法陣が出現し、陣の真ん中から水しぶきが勢いよく飛び出た。




粒子の細かい水滴が頬にかかるが、最後まで的を見つめ集中する。




「アリセア、その調子〜♪」




後方で私の背後を守っていたフォートのわざとらしい気の抜けた声援に、一気に脱力してしまう。




「んもう」




何度かこなして行くうちに、流石に身体が気だるくなっていく。






(静養中は、寝てばかりいたからかな)






アリセアは走りながら彼に呼びかけた。




「フォート!私、離脱します」


「OKー!頑張ったな、そこ座ってな」




アリセアは周りを見渡し、他の生徒の邪魔にならないように演習場の隅に身を寄せた。




ベンチに座っているのは、ほとんどが女性だ。




そうだよね、やっぱり。




「申し訳ないな……」




女性は男性よりも体力がないから、仕方ないことだとは分かっていたけれど、足でまといになるようで、申し訳ないやら、悲しい気持ちになる。






先程まで協力しながら倒していたフォートは、疲れ知らずのようにモヤを次々と走りながら連続で撃退していく。


「風の精霊よ……」






フォートの演習用の服と、つややかな黒髪が、風を受けてたなびく。




唇が小さく動き詠唱が聞こえてくる。




彼の攻撃の反応速度や重みは、他の人と違う。




詠唱スピードが早いのも、一因なのだろうか。




(凄い……)




ほかの男子生徒の魔法の威力も強いのだけれど、フォートとは比べ物にならない気がした。








そしてーー授業は無事に終了。




演習を終えたアリセアとフォートは、施設から出て歩き始めた。




「流石に疲れたー。あちこち動き回って、体から汗がとまらない」


と、フォートが、独りごちる。




「その割には楽しそうに演習に取り組んでいるように見えたけれど」




「まぁね。演習は結構得意かな。ストレス発散にもなるし」




演習後は施設の更衣室で、シャワーを浴びることが出来る。


その後、いつもの魔法学園の制服に着替えるのだ。


先程まで結っていた髪も解き、いつもの姿に戻している。




「フォート、最後は足で蹴ってたものね」


その時の彼の蹴り技を思い出して、アリセアは笑う。






あの時、モヤに対して展開していた魔法を、おもむろに引っ込めたフォートに、その時、アリセアは驚きの目で見つめた。




(どうして?……ほかの魔法に切り替える気?)






かと思えば、フォートはいきなり駆け出し、真っ直ぐに幻影に向かっていった。




(まさか、ぶつかるつもり!?)




息を呑んだその時、


その手前で、ぐっ、と踏み込んだ脚に全体重を預け、フォートは下から上へ鋭く蹴り上げた。




その重い衝撃に、モヤはぶわ!!と一気に周りに溶け込むようにして散っていく。






驚きのあまり、アリセアはしばらく目を離せなかった。




思い出すだけでも、心が少し震える。






「あれには、私びっくりしちゃった。でも、先生の、顔、引きつってたわよ」


冗談めかしてアリセアがそう口にすると、フォートは肩を竦めた。






「あいつら実態がないから、蹴ったり殴ったらどうなるか見たかったんだ」




「そこは、私も知れてタメになったけれど」






魔法が枯渇したら、騎士科の生徒のように、肉弾戦をすることもあるかもしれないけれど、基本的には魔法全般科は、魔法での戦い方を学ぶ。




それにしても。




私がもし男性だったとしても、持久力は上がるだろうけど、フォートのような重い打撃は与えられそうになさそう。






今日の、二限に渡っての演習で、彼の戦いのセンスの良さが伺えた。






アリセアは苦笑しながら、左手にある、貴族校舎へと歩いていく。






この後はお昼休憩だ。






「今日はアリセア、なんだか絶好調だったな、無理し過ぎてない?」




ふと思い出したかのように、フォートは笑ってアリセアの顔を覗き込んできた。




その距離が近くて、心臓が跳ねた。






(また……!近い)






「そ、そう?体調は大丈夫よ。でもフォートの方がすごいでしょう、何十体も消していたじゃない」




「まぁ、いつもの数と変わらないけどね」


フォートはそう言って不敵な笑みを浮かべる。




「うっ…」




(失敗しちゃった。……どう会話したらいいか、まだ、掴めないな)




以前のような話し方が彼と出来れば、それがベストなのだけど。




フォートとは近しい関係だったようで、このようにたくさん話しかけてくれる。




彼と話すと、気持ちも明るくなることが多かった。




失敗しても元気づけてくれるし、笑い飛ばしてくれる。




ちょっと調子に乗りすぎな1面もあるのだけど。




根は良い人なのだろうが、精神的にも物理的にも距離が近すぎるせいか、以前の自分はきっとそこが気になって、冷たい態度をとっていたんだろうな。




私はため息をついた。




だからこそ、今回の件が何らかの事件や陰謀の時には、フォートを巻き込まないように、迷惑がいかないようにしたい。








アストリア帝国の国土は広く、普段は美しい景色や幻想的な夜空を持つ国だが、幾つもの領地を内包しているので、何らかの陰謀が渦巻いていても不思議ではない。




ここ近年は皇帝の権威が増しており、表立った揉め事はないが、市民からのあらゆる要望はどんどん膨らむばかり。




話がそれてしまったけれど、学園に戻ってから、私は特に怖い目にあうことは無かった。




そこは安堵してるのだけど。




(……もう、今の私の、素の話し方で、皆とも話がしたいな)




人と関わる時に、冷えた対応をする事に心が痛む。




例え相手が気にしてなくても。




心境の変化ってことで、ダメかしら……。




どうにか上手くいくといいのだけど。






アリセアはそう思いながら、フォートと歩いて行く。




と、その時だった。




ふと、視界の隅でキラリと輝いた気がして、立ち止まる。




「あ……ユーグ……?」






回廊の横から見えたのは、騎士科の演習場だった。




木々の隙間から、向こうの広場の様子が伺えた。




騎士科の生徒は、今日は騎乗訓練らしい。




帯剣もしている。




制服とは違う、ユーグの白いユニフォーム姿に、ドキッと心が跳ねた。




なんだろう、この気持ち。




騎士科にはどうやら女子生徒もおり、その方と何やら話されているようだった。




時折笑うような一幕もあって、仲が良さそうだ。




(ユーグ、なんだか楽しそう……)




ほんのり、胸が苦しくなる。






けれど、アリセアはそれが何かまだ分からなかった。




ユーグストは、騎士科に所属なされていると聞いていたから、今日はここでずっと訓練をしていたのだろうか。




「あれ?ユーグスト殿下に見惚れてる?」




「きゃあ」




フォートが茶化すように笑い、突然視界に割って入ってきた。




アリセアは、驚きとともに、反射的に仰け反ったが、


その反動で大きく足を滑らせ、転倒しかける。




「っ……!」




「うわごめん、そんなに驚くとは思わなかった」






フォートにとっさに腕を掴まれ、倒れそうになるのを支えられた。




「もっ、心臓に悪いからやめて」






別の意味でドキドキしたアリセアだったが、下を向いて胸を押さえていると、急に目の前が影り、視界に馬の足が見えた。




「?」






アリセアが視線を上げると。




「アリセア」




金色の髪に、穏やかな表情の彼。




なんと先程まで遠くにいたユーグだった。




馬に騎乗したまま、こちらにやってきた彼だったが、演習の後のせいか、恐ろしく艶やかな色気ある雰囲気で。




いつもとは違い、髪をかきあげた姿だった。




男性なのに、色気があるって、反則のような気がする。




「ユーグ」




「殿下、ご機嫌麗しゅう」






おどけたような声で礼をするのは、アリセアの横にいたフォートだった。






「あぁ、久しぶり。2人とも教室に戻るところかな?悪いけどアリセアを、貸してくれる?」




「貸すもなにも、彼女は私のものではありませんので」




「そうだね、……私の婚約者だ」






……??




どうやら2人は知り合いらしい。




普段の彼らを知らなかったが、笑顔なのに何となく不穏な空気を感じる。




アリセアが、2人の会話に不安を感じ始めたその時。





「アリセア、おいで」



その声に、反射的に彼の手を見る。


そして視線を上げた瞬間——


彼の表情が、目に映る。




とろけるように、優しく、甘く。




まるで恋人にだけ向けるような微笑み。




アリセアは驚き、それでも、一瞬で顔を真っ赤に染めあげる。






(いつもユーグは、こんなに甘いのかしら)




戸惑いながら、恥ずかしさで目を伏せ、それでもどうにか彼を見上げた。






「っ……」




ユーグストはそんな私を見て、目を細めて笑ってきて。




(どうしよう、恥ずかしい)




「は、はい。し、失礼します……」




その気持ちを押し殺しながらも、ユーグストに手を取られ、


なんとか彼の馬に乗り込む。




「横向きで座って。楽な姿勢でいいよ」




言われるままに体勢を整えると、自然に、彼の腕が背へとまわる。


まるで、包みこまれるような感覚に、胸がきゅうっとなった。






演習用とはいえ、馬の体格はしっかりしていて、目線も高い。




「わ……高い」




周りが見渡しやすいが、馬がとまっていても、少しだけ揺れるのでなかなかに不安定で不思議な感覚だった。




「体勢、きつくない?」




耳元で囁かれた低く優しい声に、肩がビクッと震えた。






(考えないようにしていたけど、やっぱり近い)






2人乗りってただでさえ目につくのに、相手が殿下である。




アリセアは、言われるがまま乗ってしまったことを少しだけ悔やんだ。




(なんとなく、周りの方の視線が……痛いような)






それに、異性として妙に意識してしまって、自然に身体に力が入る。




「……体勢は、大丈夫です」




なんとか答えると、彼はさらに優しく言う。






「私に掴まって、落ちないようにね」




「は、はい」




殿下の前だと、自然と言葉が敬語に戻る。








深呼吸をひとつする。




だ、大丈夫、大丈夫。




気持ちがようやく落ち着きかけたそのとき、ふと思い出す。




(あ、フォート……!)




慌てて彼のいた場所を振り返ると——




彼はすでに少し離れたところにいた。


こちらにヒラヒラと手を振りながら、まるで何も気にしていないように笑っている。




フォートの、耳元にある赤いピアスがひときわ輝いていた。




(気を使わせてしまったかな……)




アリセアは心の中で謝った。








***




フォートはしばらく歩いたあと、振り向いた。






先程よりも遠くなっていく2人をみて、肩をすくめるように呟いた。




「……ま、確かに……俺のじゃないけど」




一拍置いて、少しだけ視線を伏せる。




「……なんかしゃくだな」






フォートは溜息をつき、教室へと向かった。

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