第4話 “通う”が当たり前じゃない世界へ

人間あまり自意識過剰になるのは良くない。僕は昨日覚悟したのさ。友人に入学早々舞台に立たされるのだと。おっとみんな気づいただろうか。僕の恥ずかしい間違いに。

「大丈夫だよ、杉山。頼むのは竹内にしようと思ってる。」

下げ続けた頭の上から降ってきた言葉に押しつぶされて更に頭がめり込んだ。


僕の脳みそを心配してくれるかい?大丈夫。残念なことに変わらずポンコツだ。昨日聞いたドルガバスクールのことだってどこかに落としてきた。



「よしよし。今日はチーム戦だ。青木今日は話を聞いて明日どっちの意見がこのクラスの考えか決定してほしい。」


「ク、クラスのですか?」

青木が狼狽えるシーンを見ることなんて絶対にないと思っていたが意外にも見ることができた。


「そうだ。クラスのやつの主張を聞いてこのクラスの結論を客観的に見て判断してくれ。だからといって周りの意見に流されろという話じゃない。あくまでこのディベートで決めるんだ。」


「…はい。」

おそらく学年トップを争う秀才が入学1週間足らずでこんなに死んだ目を見せるなんてどんなクラスだ。


「さて〜、一応ヘルプを2人とも発表してくれ。」

立ち上がる竹内。下を見る僕。


「僕、天野のヘルプは竹内にお願いしました。」

天野も立ち上がる。そして五十嵐も…。あれ。五十嵐以外に立つ人が居ない。


「私はホームスクーリングを実際にしている白石さんにヘルプをお願いしました。」

クラスがざわつくが鬼は知っていたのかスマホをぷらぷらさせた。


「よーし。白石さんに繋がったぞ。白石さんすみません時間取ってもらって。白石さんは今日からだから改めてこれまでの流れを浅野。纏めてくれ。」


「はい。今まで『中学校に行くべきか』というテーマで、三度議論を行いました。天野さんは“行くべき”、五十嵐さんは“行かなくてもいい”という立場です。天野さんは集団行動で学ぶ社会性、五十嵐さんは個性を磨く多様性を重視し議論しました。2回目は主に天野くんが資料を集め実際の中学校のあり方を元に議論を発展させていきました。3回目は天野くんは、“今の学校をもっと柔軟にすれば通いやすくなる”っていう制度の中からの改革の提案。五十嵐さんは、“通わない選択肢もあっていい”っていう、制度の外からの視点を出してくれました。最終的には、“どう学ぶか”が一番大事なんじゃないかっていう話になっていきました。今回はお互いに仲間を連れ改めて学校に通うべきかを討論していきます。」


「よし。白石さんは大丈夫かな。」

鬼教師がツノを隠してにこやかに問いかける。


「はい。緊張してるけど大丈夫です。」

こうして今日も新しいメンバーを混ぜて開始した。


「僕たちは、“通うこと”にはまだ意義があると考えています。中学は、知識を得る場であると同時に、“他者と関わる訓練の場”でもあります。偶然の出会いや、意見の違う相手と対話すること。これは一人では得られません。」

天野は1人じゃないのが自信になっているのか今日は手には何も持っていない。


「加えて、通うというのは“制度の恩恵”を受けることでもあります。無償の教育、栄養バランスの取れた給食、保健室やカウンセラーといった支援体制。それらは学校という場に集まっているからこそ成り立つんです。」

竹内が続く。


「でも、その“恩恵”は平等。勉強の進行だって一緒で同じことをみんなでしなければならない。それに、学校という場が“安心できない場所”になってしまっている人もいる。そこに無理に通わせる意味はあるのかな?」

でも制度の恩恵ってかなり大きいよな。家族じゃない人と食事する機会や食事への理解。学校以外で学ぶ機会なんてあるのか?お母さんの料理お手伝いすることはあるけど毎日給食のように作るのなんて絶対難しい。でも僕は通うことができているからそう思えているのかも。


「私は小3からホームスクーリングで学んでいます。ワークショップや図書館、時にはオンライン授業を活用して学んでいます。自分で計画を立てて学ぶからこそ、時間の使い方も、興味の深め方も身につきました。今は中学2年生の範囲を勉強していて寧ろ先取りができているし自分のペースで学べるので理解も深められます。空いている時間にはワークショップで海外の人と話すことで知識を深めることもできます。」

凄いとは思うけど…僕には絶対できない。同じ状況になったら勉強せずゲームとかしてる気がする。白石さんって勉強家なんだな。


「それは君の家庭環境や意欲が整っていたかというのも大きいと思う。ホームスクーリングは、家庭にかなり依存する仕組み、全員に等しくその環境が与えられているとは限りません。経済面など家庭環境は様々です。だからこそ平等に学ぶ機会が必要です。」

確かに。週1の塾の月謝が高いってよく母さんが悲鳴をあげている。学校の授業ってそう考えると凄いな。


「毎日同じ時間に登校して、同じ内容を学ぶ。それが合わない子にとっては学業が疎かになったり、“自己肯定感”を奪う場所になることだってある。」


「もちろん、今の学校が完璧だとは思ってない。だからこそ、始業時間の自由化や選択制のカリキュラム、柔軟な出席制度など、“制度の中での多様化”を進めるべきだと考えてるんだ。」

竹内と白石さんがメインで話し合っているのを天野がまとめた。


「でもその“中での多様化”に限界があるから、“外の選択肢”が必要なんじゃない?フリースクールやホームスクールを、正式な教育の選択肢として認めていく社会が、これからは必要なんだと思う。」


「それでも“社会的接触の総量”が減るリスクは無視できません。学校はただの学習の場ではなく、“社会性を育む場”です。集団の中で他人と摩擦し、折り合いをつけていくこと。それをどうやって代替するんですか?外の選択肢は学校に通っていても触れることができます。でも逆はできません。」

竹内の話は客観的であり冷徹に思う。正直実際学校に通えていない子を目の前にしてよく話せると思ってしまう。


「“摩擦”が必要なら、学校じゃなくても経験できます。私たち、地域の演劇グループに入ってるんですけど、年齢も立場も違う人と協力する機会がたくさんある。しかも、強制されないからこそ、本当の意味での責任感が育つ。」


「でもそれは、“選べる人の特権”じゃないかな。社会制度として保障されていない以上、誰でもできるわけじゃない。だからこそ、“通う学校”を改善して、まず誰もが安全に学べる場所にすることの方が、現実的だと思う。それに、結局演劇グループは演劇を肯定する人しか集まらない。世の中には演劇を否定する人も一定数いる。その時点でもう摩擦は減っているとも言える。」

確かに。集まるコミュニティによって自然と人を取捨選択しているのかもしれない。


「“通う”を当たり前にする社会じゃなくて、“選べる”のが当たり前の社会を作る。それが理想です。どんな学び方でも、子どもたちが“私はここでいい”と思える場所を選べるようにすべきです。」

五十嵐さんがそう発した直後、アラームが鳴った。今日は拍手はならなかった。言葉は止まったけれど空気の中で話し合いは続いているようなそんな気がした。


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【今回の要点】

ディベートのテーマ:「中学に通うべきか」〈第4回・チーム戦〉

▶ 今回はチーム形式でのディベートが行われ、“通うべき派”(天野・竹内)と“通わなくてもよい派”(五十嵐・白石)に分かれて主張が展開された。

▶ これまでの個人戦から一歩進み、より具体的な制度論・実例・生活実感に基づいた議論とな


天野くん・竹内くんの主張(通うべき派)

▶ 中学校は学びの場であると同時に「他者との関係を築く訓練の場」である。偶発的な出会いや対話が成長の機会となる。

▶ 学校に通うことによって「制度的な恩恵」(無償教育、給食、保健体制など)を享受できる。これは個人差の少ない平等な支援でもある。

▶ 現状の学校制度に課題はあるものの、「制度の中で多様化する」ことで解決を図るべき(柔軟な始業時間・選択制カリキュラム・出席の自由度など)。


五十嵐さん・白石さんの主張(通わなくてもよい派)

▶ 画一的な教育は合わない子もおり、無理に通わせることで自己肯定感を損なうリスクもある。

▶ 白石さんは自身のホームスクーリングの体験を紹介し、自律的かつ先取り型の学習の可能性を実例として示した。

▶ 通う/通わないという選択肢があってこそ、「私はここで学ぶ」と思える場所を選ぶことができる。

▶ 地域活動やワークショップなど、“摩擦”のある学びは学校外でも成立しうる。


竹内くんの反論

▶ ホームスクーリングには家庭の支援力や経済状況に依存する要素が大きく、誰もが選べるものではない。

▶ 制度として保障されていない以上、それを前提にするのは「選べる人の特権」に過ぎず、まず学校そのものを改善する方が現実的。

▶ 学校という異質な他者と否応なしに出会う場こそ、「偶発的な摩擦」を経験できる希少な環境である。


【次回に向けたポイント】

▶︎ 青木くんによる「このクラスの考え」の提示


【書記のひとこと】

今回は“言葉の説得力”と“生活の実感”がぶつかるような議論でした。白石さんの話は正直にすごく魅力的だったし、竹内くんの冷静さには信頼感がありました。私は「どちらが正しい」というより、「どうしたらもっと選べるようになるか」を考えるべきなんじゃないかと思いました。


書記:浅野由依

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