第3話【何もない思い出は思い出せる訳がない】

 時間は少し戻り――


 見送りも集まる中そろそろアイル達が村を出ようというときに、アイルは久しぶりに会った父から、

「母さんの形見だ」

 そう言って手渡されたのは一つのペンダントだった。

 それだけだった。

 他に何の説明もなくアイルの父は去って行った。

 もう会うこともないかもしれない状況で別れの言葉一つもないことに、無口もここまで行くと完全に病気だよな、とアイルは思うことにした。

 じっとペンダントを観察していたら横から長男が、

「裏にお前の祖父の名前が書いてある」

「母の形見なのに祖父の名前なのか……」

「それの元の持ち主がお前の祖父なんだから仕方ない」

 長男の話に引っかかりを覚えながらも、早くに亡くなって記憶もない母が存在すら知らない祖父から貰った物なのかと思った。

「あの人は、何か問題が起きたら、その祖父の名前を冒険者ギルドに出して助けて貰えと伝えたかったのだろうな」

 ポンと渡しただけで去って行った父。

 説明がないとアイルには絶対分かる訳がない話である。

「急に孫だと言って助けてくれるかなぁ」

「お前の父よりはましだろ」

 説得力があった。

 記憶にある限り長兄や次兄に助けられた覚えはあっても、父が何をしてくれたのか全く思い出せない。

「おじいちゃんか……」

「ああ。お前の母の形見だが、その祖父は父の方の祖父だからな」

「ややこしいんじゃない?」

「お前の父が受け取り、お前の母が譲られた。そして、死ぬまで持っていた。ただそれだけだ」

 思い出など何もない身内の手を渡ってきたペンダントをアイルはじっと見つめた。

「売ったらいくらくらいになるかな?」

「壊れているから、廃棄処理代を出すことになるぞ」

 怒ることなく長男は説明した。

「これ、結局何?」

「思い出の品以上の物ではないだろ。裏の名前をメモったら好きにして良いんじゃないか」

 思い出がなければ価値などない物。

「あれに見つかったら、あっと言う間に奪われるから気をつけなよ」

 次男の忠告に従い、ずっと服の下に隠していたおかげで、エリスに奪われずに今のところ所持している。



 都市での生活で見かける華やかな市民の服装にエリスは居ても立ってもいられず、自分の父親である領主が持たせてくれたお金を使って、負けじと華美に装った。装おうと頑張った。

 豪華なアクセサリーの購入で金の大半を失い、安物の化粧で見よう見まねは厳しく、服装に至っては『聖女』の修行が都市に住む理由となっているので神殿支給の服しか着ることが出来ない。それに元々センスの必要ないほどの物の少ない田舎から出たばかりの微妙なセンスしか持っていない。

 結論を言えば、大失敗した。

 当たり前の話だが、どうやってもちぐはぐな格好にしかならなかった。

 エリスは失敗したことを自覚しているので、早く街を歩く同年代の少女達以上に可愛くなるために、金がどうしても欲しかった。

「ダンジョンに、潜る?」

 危険と金を天秤にかけて、あっさり金が勝ってしまうエリスの思考だった。

 ただ、そんなことは声をかけた冒険者が知るよしもない。

「自分で稼いだ方が早いでしょ」

 アイルは見かけたことのない女性冒険者であった。

「見たところ聖女の見習いでしょ。前にも見習いの子が冒険者のパーティーに入って治癒をする修行をしていたし、貴方もやってみたら?」

 エリスに対するアドバイスのようにも聞こえるが、遠回しに自力で稼げと言っているのだ。

「治癒ぐらいできるでしょ?」

 挑発だと流石にエリスも気付いた。

「出来るわよ! いいわ。自分で稼ぐから!」

 挑発された事には気付いても、誘導されたことには気付くことはできなかった。

「私の治癒が活躍できる仕事ってある?」

「まず神殿で許可を貰って来て下さい。その後で冒険者登録をして……」

「何でそんなに面倒なの!?」

 ギルドの職員の説明であっさり投げ出しかけたエリスに、

「お金も貰えて感謝もされて、神殿にも大きな顔が出来るわよ~」

「……直ぐ貰ってくるから、準備しておいてね!」

 肩をいからせながらも、エリスは神殿に走って行った。

 そして、冒険者ギルドはいつもの喧騒に戻った。

 エリスを誘導した女性冒険者は大勢の中に紛れギルドから出て行った。

「女性のことは女性に任せるのが一番だな」

 先日の護衛隊でリーダーをやっていた男がアイルの側に来て言った。

「お前さんが可哀想だとは思ったんだが、俺が出て行ったらあの嬢ちゃん暴走しそうな気がしてな」

 何せこの青年は、エリスには護衛をやっていた間しつこく纏わり付かれていた。

「ありゃ、男が仲裁に入ったら、男を食い潰すまで離れないタイプだろ」

「無理無理。最初に金って叫ぶ女、どんな男も避けて通るさ」

 アイルが何か言う前に、周囲の名も知らない冒険者達が笑いながら言った。

 そう、この時は笑っていた。


 自分で稼げと突き放すことができたと思ったのは勘違いだと、後になって彼らは気付くが、想像以上にエリスは愚かだと知っていたのはアイルだけだった。


 ただそれでも、エリスがダンジョンに潜ると思った時に感じたアイルの若干の不安は、日々の慣れない生活の中では思い出すこともなく、アイル自身から忘れ去られてしまった。



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