第13話 印付きの女性
残された女性は、やれやれと呆れた様子で肩をすくめた。豊満な胸元を強調する動きを伴って、待っていたと言わんばかりに歩を運んでいく。
「やりますわね、アルフレッドさん。仲間の中でも、すぐに見破れた者はいなかったのに」
「ふーん、そうかい」
「でも……ふふ。これでようやく、二人っきりですわね?」
彼女はアルフレッドの身体に右手を伸ばした。指先で首筋に触れて、ゆっくりと撫で下ろす。
全身を踊らせる彼女に対し、拘束された状態のアルフレッドは、彼女にされるがままだ。だからといって、特に動じることもなかった。せっかく至近距離になったのだ、その好機を逃す気はない。
彼女の胸に、刻まれたWoAを示す例の印をハッキリと確認してしまった以上、ただ無為に時間を過ごす気はなくなった。
「そうだな、まずは名前を聞いてもいいか?」
「あらまあ、わたしったら。あなたが素敵なものだから、ついうっかり。失礼致しました。わたしはセアラ、セアラ・バルフォアといいますの。よろしくどうぞ?」
「……ああ、よろしく頼むよ」
「どうかなさいまして?」
妙に間の空いた返答をすると、セアラは受け流すことなく触れてきた。なるほどと内心思いつつも、アルフレッドは悟らせないように微笑を浮かべる。
「いいや、続けてどうぞ?」
「そう……それなら、いいのですけれど、なにかあったら言ってくださいね? 素敵なあなたのお力に、少しでもなれたら嬉しいですもの」
一語発する度に、セアラの手はアルフレッドの顔周辺を舞わせてくる。ついに彼の頬へと辿り着いたころには、背伸びをして甘い声を出し始めた。
「ねぇ、アルフレッドさん? わたしのこと、どう思います?」
「なぜ、そんなことを聞くんだい?」
「なぜってそれは……あなたに興味があるから……に、決まってるでしょう? もう……わざわざ言わせるだなんて、意地悪なお人ですこと。そんなお方のお口は……」
彼女はアルフレッドの首に腕を回すと、静かに目を閉じて顔を近づけ、ゆったりと唇を重ねた。しばらくの時間を置いた後、頬をほんのりと赤らめながら、セアラは口を外す。
「はぁ……ふふ、お上手ですわね。さすがですこと」
「まあね」
「……あら。随分とさっぱりですわね。照れてらっしゃるのかしら?」
「はは、おもしろいことを言うね。けど、残念ながら不正解だ。君には、絶対に俺を堕とせない。つまらないんだよ」
「んな……っ、え……?」
アルフレッドの返答に驚いたセアラは、彼の顔色を見た途端に思わず口元を手で覆った。一瞬のうちに、その顔を絶望に染める。
そんなはずはない。今まで、こんな男はいなかった。美しい女性に甘く迫られ、無理やりにでもキスをされ――堕ちない男はいなかった。アルフレッドのように、顔色一つ変えない男なぞいなかったのだ。
「つまらない、ですって……? どうしてそんな――……」
「単純な話だ。君には魅力を感じない。情熱の欠片もない。無じゃないか、どこまでも」
「そんな、はずは……っ!」
セアラは血の気が去るのを感じ、身を縮こませるように腕をさする。
彼女は自分という女に、絶対の自信を持っていた。ゆえに、こんなにもあっさりと通り抜けられるとは思っていなかったのだろう。だが同時に、焦燥を感じているようにも見えた。
「魅力がない……? このわたしに……? そんなわけありませんわ。信じられません……」
「残念だけどな、今の俺が事実だ。立ち振る舞いや所作は確かに洗練されているかもしれないが、それ以上に君は随分と慣れすぎてる」
「……慣れ、すぎ……」
「心の底では分かってんだろ? そこに真実はなく、願いも救いもないってな」
「……それは、わたしがここにいるから……ですの?」
セアラは恐る恐る、だが迷いなく疑問の言葉を紡いだ。胸元に刻まれた「WとA」の彫り物――丸く囲われたその忌々しい印に、手を当てながら。
「さて……分かってるなら、どうにかすることを勧めるぜ」
ハンター集団WoA内の主要部隊にだけ許される「丸つき」の印。それを持つ彼女が乗っているということは、つまるところその証明だった。それが、彼女自身が望んで刻んだものかどうかは置いておいて。
数々のWoA部隊を壊滅させてきたアルフレッドたちの戦いが、これでひと段落するのだ。残念ながら、心がそうスッキリするわけでもないが。
「そう言われましても、わたしにはどうすることもできませんわ。生きるためには、こうするしかないの。わたしもキムも……」
「なら、この話はここまでだな。俺には賛同はおろか、同情だってしちゃやれない。あんな子どもにまで偽りを演じさせて、自分は嫌々ながらも快楽を感じてるんだからな」
「〜〜……っ」
図星をつかれ、セアラはわなわなと震える。瞳を潤ませ、今にも溢れそうな涙を堪えていた。
元より、いくら彼女の色気が増していこうとも、アルフレッドには関係なく、終始「なんとも、もったいないことだなぁ」と思う程度でしかない。けれど、観察していくうちに印象は違うものになっていた。
葛藤に歪む彼女の表情は、まだ彼女の心が折れたわけではないことを物語るようだった。本当に望んだことでないのなら、少しくらいは言葉もかけてみたくなる。
「そんな顔をするのなら、一度しっかり考えた方がいいんじゃないか。本当にこのままでいいのなら、俺は止めないけどさ」
我ながら女性に冷たくしすぎてしまったと思ってはいるが、むしろ今は少々手荒であろうとも、早く奴らと縁を切ってほしい。
刻印をかき消そうとしたかのように、爪で引っ掻いた肌の痕を見れば尚更だった。
「……失礼しますわ……っ」
少年と同じく、セアラも目尻に涙を浮かべて去っていこうとする。
「ああ、待った待った」
「……今度はなんですの?」
「ある石を知ってるかなと思って。いわゆる、いわくつきの宝石なんだけど」
「いわくつきの宝石、ですか」
「そう。色は赤で、形は雫のような宝石さ。そこになにが秘められているかは、今は重要じゃない。大事なのは、この海域で狙っている海賊が多いということだ」
「…………」
セアラは表情を歪めて、胸元に手を持っていく。黙ったまま、どうにか考えを巡らした。
一方、アルフレッドは彼女の反応に一切触れず、ただ静かに確信を抱く。
目当ての石がついたネックレスは、すぐそこにあるな――と。
「もし知っているなら、あれには触れないようにしたほうがいい。もし持ってしまっているのなら、早々に手放すのを勧めるよ」
「……海に捨てるというのは?」
「海賊が狙ってることを踏まえても、あまりおすすめできないな。そもそもが、いわくつきの宝石なんだぞ。石がそいつを覚えているかもしれない。巻き込まれたら堪らないだろ?」
アルフレッドの言葉に、セアラは胸元のドレスを掴む。その奥に仕舞われた宝石ごと、ぎゅっと手を握った。
「忠告、感謝しますわ、グレイディさん。もし見つけたら、そのように……」
「あぁ、あえて船長室にそのまま――なんてのもありかもしれないな?」
やや被せるように告げると、彼女は明らかに動作を止めた。大振りな反応ではないが、手応えとしては大きいものである。
「で……では、今度こそ失礼しますわ」
アルフレッドから逃げるようにして、セアラは縮こまりながら走り去る。ようやく、一人きりの空間に戻った。
「つまんないな。本当に、つまらない。もっとちゃんとしたところで生きろよ、二人とも」
キムという少年もそうだが、特にあのセアラという女性の場違い感は大きい。彼女は、アルフレッドらが目の敵にするWoAの集団にはまるで似合わなかった。
天性の顔立ちはあるだろうが、この悪環境の中でも失われない美しさが確かにある。それを保てる意識の高さと、なにより気品の溢れる振る舞い。それらがあれば、こんなどん底以外にも居場所は山ほどあるだろうに。なんともったいないことか。
質のいいドレスを着ていても、生地に年季が入りすぎているように。
艶やかな殻を持っていても、中身は疲れて朽ちかけているように。
年若そうであるにも関わらず、自身を省みない――そんな雄への立ち振る舞いが、抜きん出て板に付いてしまっていたのだった。
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