第2話 海賊アルフレッド・グレイディ

 複雑な道を何本か抜けると、途端に強い酒の匂いが鼻を衝いてくる。昼間であるのに薄暗いこの通りでは、時間を忘れた者たちが酒を飲み荒らしているのだ。


「あらぁ、アルフレッドじゃないの。一杯いかが?」


 派手な黄色のドレスに身を包んだ女性が、明るい声色でアルフレッドに声をかけた。

 今日もまた、客と一緒に酒を煽っているらしい。しかし、長らく店員を務めている彼女には慣れっこなようで、頬にわずかな赤みがある程度でほとんど酔っている様子はなかった。


「いいや、遠慮しておくよ。むさ苦しい男どもと、こんな明るい時間に交わす酒はないんでね」


 アルフレッドの爽やかな言葉を聞いて、入り口近くに座る一人の中年男がふらふらと立ち上がった。とても酒臭い息を吐きながら、焦点の合いきらない目で彼を見つめる。


「あんだぁ、その物言いはよおッ! おめっ、おれ様を〜、だぁれだと思っとるんじゃぁッ!」


「ハッ。知らないね、こんなおっさん。ここらじゃちょいと有名な武器商人さまが、こんなとこで昼間っから飲んだくれてるわけないからな。さぞお暇を持て余してらっしゃるよーで?」


「ああん? るっせ~んだよ、バ〜カがッぁ!」


 涼しい返事が気に障り、武器商人は酒をラッパ飲みした。ドカンと勢いよく座り直すと、ベロベロな声で「おかわりだぁ!」と叫び出す。


「はいはい、おかわりね」


 追加の酒を用意するために奥へと下がろうとした彼女は、アルフレッドの耳元にそっと囁く。

「……あの人、海軍となにやらあったみたいだから、そっとしといてあげて」


「なるほどな。まあ、大方そうだろうとは思ってたよ。へそくりの没収でもくらったか?」


「さすがね。当たらずも遠からずってトコよ」


「惚れたかい?」


「もう、アルフレッドったら。今度は貢いでね?」


「気が向いたらな」


 手を振り、優雅にその場を去る。この時間の酔っぱらいは面倒な輩ばかりだ、と静かに肩をすくめつつ店を後にした。


 伸びをしながら、かすかに水の音がする方向へと歩いていく。

 船着き場が見えてきたとき、一人の少年がアルフレッドの脇をすり抜けていった。思わず視線が、その特徴的な少年へと向けられる。


 ――真っ白だ。見事に白い。


 少なくとも五つは年下だろう少年の肌は色白く、真珠のような純白の頭髪に、アメジストのような紫色の瞳を持っていた。そして、全身や衣類がボロボロになっていながらも、それらは穢れずに綺麗なままであった。


「はあ……はぁ……」


 キョロキョロと前後左右を気にしながら、白い少年は港町の方へと走り去る。そして、その少年に続いて、二人の男の叫ぶ声が近づいてきた。


「このガキが! 待てえ!」


「……ん?」


 よく知っている声だったため、アルフレッドは首を傾げた。振り返ると、男の走る姿が見えてくる。


 やがて、前を走る図体の大きい褐色の男は、見事に前を通り過ぎていった。アルフレッドに気づかないまま、少年を夢中になって追いかけている。


「…………やれやれ」


「待て、ガキァ――うわあっ!」


 だから、後ろから遅れてくる茶髪の船大工を捕まえて話を聞くことにした。襟首を荒く掴んだ反動で転ばせてしまったが、アルフレッドにそのことを気にする様子はない。それどころか、涼しい顔で状況を尋ねる。


「ジョージ、一体なんの騒ぎだよ」


「アルフ、ちったー俺のさまを心配してくれてもいいだろっ……まあいいや、いつものことだし……。食われたんだよ、リンゴを、俺たちの食料を!」


「さっきの少年に?」


「そうそう」


「ふぅん」


 話を聞きながら、アルフレッドは顎に手を当てて、なにかを考え始めた。少年が走り去った方向を見つめながら、ある可能性を脳内に浮かべる。

 そんな彼の顔を、ジョージと呼ばれた茶髪の船大工が不思議そうに覗き込んだ。


「なに、興味ねーってか?」


「いや、そんなじゃないよ。さっさとおまえも追いかけろ」


「やっぱそうなるよな……分かったよ。捕まえたらどうすりゃ――」


 船大工が走り出す前に、先に走り去っていった褐色の男が戻ってきた。


「すまん、ジョージ。見失った……ん、あ、アルフじゃねえか!」


「おいおい、ボブ。おまえ、いま気づいたんかよ。船長なら、さっきからいたぞ……って、そうじゃなくて! どうするんだよ、これ!」


 言い合いが始まるが、アルフレッドの意識はそこになかった。不愉快そうに目を細め、小道の先を睨みつけて、視線の先にいる特徴のない傭兵たちの会話に耳をそば立てている。


「――……なんとしても見つけ出せ……ヤツは……大事な商品なんだぞ……」


「……ああ……あの海賊に、なんとしても証明しないと……」


 そして、会話内で繰り返される「大事な商品」という言葉に呆れを募らせていた。その会話で、彼ら傭兵たちの正体は見当がついた。だが同時に、妙な違和感が浮かび上がってくる。


「おい、アルフ?」


 けれど、今は考えても仕方がない。

 アルフレッドは意識を部下たちに戻して、ふっと口角を上げた。


「逃がさない方法、あるぜ」


 愉快そうに微笑むアルフレッドに、二人は「は? なんだよ、それ」と顔を見合わせた。彼は続けて、説明を始める。


「考えてみろ。あの少年はキョロキョロとあちこちを見回していた。ここには初めて来たんだろうから、道に迷ってることもあるんだろうが、少年はおまえら以外も気になってる様子だった。どこでもいいから逃げないと、ってな。そんで、そこにいるアレだ」


 アルフレッドは傭兵たちの姿を指で示した。

 その姿を目視して、ようやく二人は合点がいったと頷きを返す。


「なるほど、例の奴らか。あそこの男どもを追えばいいんだな!」


「ああ。奴らのアジトを見つけたら、ボブは中で見張り、ジョージは外で合流のために待機。俺も向かうから、勝手に敵陣の奥には乗り込むなよ」


「了解!」


 二人を見送って、アルフレッドは全身を伸ばした。それから、なんとなくの見当をつけて港の方に足を戻す。


「さてと、あっちに行ったかな」


 彼は、純白な少年に興味が湧いていた。世に絶望してボロボロになっていながらも、心の奥から懸命に生を望む。その様子が瞳の奥に宿っていたように思えたのだ。

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