第7話

 魔法を習う日々が続いた。

 私が転生してきてから二週間が過ぎていた。

 私は家政婦ような仕事をさせてもらっている。


 給料は出ない代わりに衣食住の確保をしてもらえる。

 そして、ニコラの仕事の内容に関しても知ることになった。


「それでは今日もいってきます。くれぐれも外に出ないように」

「わかってるよ。それよりニコラも気を付けてね」


 毎夜ニコラは森の中に出かけていく。

 森の中をさまようアンデッドを退治しているのだ。

 そして、その魂の燃え残りを魔石として回収している。

 魔石は魔法を使う時の火種。

 五年前から何でもかんでも人力だった生活はがらりとかわったという。

 魔導化が進み今では人々の生活に欠かせなくなっているらしい。

 それを売って生計を立てているのだ。


「大丈夫ですよ。私が何て呼ばれてるかご存じでしょう?」

「剣姫でしょ。知ってるけど危ないのは変わりないよね?」

「そうですね。まあ気を付けて行ってきますよ」


 単身ドラゴンを切り倒した手練れの剣士。

 それがニコラだという。

 ドラゴン居るんかいと私は恐れたが棲んでいるのはもっと山の方でまず出くわすこともないらしい。知能も高く人語を話すものも少なくないとか。

 人と敵対するような者はほぼいないらしいけど五年前に何かあったらしい。


「それでは戸締りに気を付けて」


 ニコラは軽く手を振り森に出かけていく。

 私の方は彼女のいない間は魔術書を読んだり家事をする。

 意外と楽しい生活である。

 新しい魔法を習得するたびニコラは褒めてくれるし、最初より料理の腕が上がったようでその都度おいしいと喜んでくれる。

 お金がないことだけが少し不満ではあるもののそこまで生活に困らない。


 もうこのままニコラのお嫁さんになってもいいかも、とか勝手に考えていた。

 そんな新しい日常にゆったり構えていたからいけないのかそれは訪れた。


「すまない。剣姫殿はいらっしゃるか」


 もう夜更けという時間にドアをノックする音が響く。

 私は最初聞き違いかと思ったが再度のノックに出入り口に向かった。


「剣姫殿、居たらご助力いただきたい」


 声は複数、男女の声だ。声音からかなり焦っているのはわかる。

 私はドア越しに会話を始める。


「剣姫様は今は不在です」


 こう答えてしまってからまずいと思った。

 この人たちが悪人でないとは限らないからだ。剣姫不在。

 私一人で複数人に押し入られたらまず勝ち目がない。


「こんな遅い時間にどうしたのですか?」

「森にアストラルが、魔霊が現れたのです」


 アストラル。つい最近知った存在だ。

 アンデッドの最上位。複数のゴーストが融合し一個の意志を持った存在だ。

 人に似た意識を持つものの人を超えた化け物。不死の怪人。


 倒せるものは魔女だけと言われているらしい。

 魔法だけが有効打であり、出会ってしまったらまず諦めろと本にはあった。


「それは本当にアストラルだったのですか?」


 私はそう訊ねた。だっておかしい。

 出会ったら最後だという化け物から逃げおおせることなど出来るものだろうか。

 嘘を言ってる可能性もある。

 それに、ニコラは森にいる筈だ。彼女が気付かないはずもない。


「本当です。人語を話すゴースト。今街の方にも連絡を送りました」

「剣姫様は今は森の中です」


 私はそう答えた。ニコラなら平気だよね?

 そう思った。しかし、なんだか嫌な予感もする。

 彼女一人で対応できるのか。『出会ったら諦めろ』だぞ。


「では私も森に行きます」


 私は家を出ることに決めた。ニコラが心配だからだ。

 魔術の練習に使っている魔石のはまった杖を握る。

 大丈夫。もう人並みだとニコラのお墨付きなのだ。

 私がドアの影から姿を現すと声の主らは驚きの表情を見せた。

 それもそのはず十歳程度の少女が杖片手に森に行くというのだから。


「案内してください。ニコラに連絡します」


 私はそう指示を出した。私の姿に動揺したニコラの同業者たち。

 しかしそこはさすがの手練れ。すぐに動揺を消し森の方に走り出す。


「こっちです。泉の近くに」

「ニコラ、助けて。炎よ。廻れ。燃え爆ぜろ」


 私は空に向けて魔法を放つ。

 これは以前から決めていたニコラへの緊急合図。

 青色の炎は上空で激しく爆ぜ居場所を伝えた。

 私が行ってどうにかなる相手ではないと思う。

 でも魔法しか効かない相手なのだから仕方ない。


「この歳であれほどの魔法。すごいな」


 冒険者の女性が呟く。

 褒めてもらうのはうれしいけど走るのが速い。追いかける身にもなってほしい。


「ここからは静かに。ほらあそこ」


 泉に着くと泉の中心にだれか立っている。

 そう、足場のない場所に立っているのだ。明らかに人間ではない。

 ぼんやりと周囲を光らせている点からも普通の人間でないことはわかった。


「うわあ、多分アストラルなんだろうなぁ。初めて見るからわかんないけど」


 私は小さく毒づいた。あれに挑むのは気が引ける。

 勝てる気がしない。しかし、もうこちらに向かってくる。


「あ、目が合った」


 完全に気づかれた。文字通り宙を滑りながらアストラルは私を目がけ襲い掛かって来た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る