第5話

 夕暮れ、私たちは目を覚ました。

 全身が痛い。ニコラに絞められてろくに眠れていない。

 美少女に抱きしめられ殺されかけるとは思いもしない。だが、幸いにして私はまだ生きている。

 そうなれば今後の話をせずにはいられない。


「私お金は持ってないんだよね」

「そうでしょうね。子供が、それも裸に近い状態で森をさまよっていたものがお金など持ちようがないでしょう」


 ニコラは私の言葉にそう答えた。ならば今後どうすべきかは自然と知れた。


「言っておきますが、あなたを養う気は私にはありませんよ?」


 ニコラはそう宣言する。当たり前だ。ただで衣食住を満たせるはずがない。


「わかってる。そういうわけで少しばかり都合してもらえませんかと」

「お金をくれといわないところは評価しましょう」


 私でもそこまで図々しくはない。借りたものは返すつもりだ。


「でもあなたに貸したお金が戻ってくる気がしませんが? 返す当てなどないでしょうに」


 そうなのだ。私の今の肉体は十歳前後。幼いとまではいかないけど小さな体だ。

 それにこの世界のことがよくわかっていない。できそうな仕事は限られる。


「どんなことでもして返すから」

「体でも売るつもりですか? やめておきなさい。最初のうちはよくても骨までしゃぶられ、ろくなことにはなりません。すぐに身を亡ぼすだけです」


 流石にそんな方法は考えてはいなかったのだがニコラの一言に口をつぐむ。

 この世界は少しばかり私には厳しい世界のようだ。

 私の考えていた方法はもっと別のことだった。


「貴女の仕事を手伝わさせて」


 そう、ニコラの仕事を手伝うこと。どうやらこの家はニコラの持ち家らしい。

 異世界の仕事がどんなものかわからないがかなりの高給取りのようなのだ。

 家事でも何でもできることはやってみたい。


「冗談はほどほどにしなさい」


 ニコラはひどくまじめな顔で私の言葉に返した。


「冗談じゃないよ。私にできる仕事があったらやらせてほしい」


 ニコラの仕事はどんなものか知らない。その補助をできたらと思ったのだ。

 炊事洗濯はあまり経験がないけどできなくはない。

 一人暮らしのようだし家事は滞っているようなのだ。流しに使った食器が残されている。


「小さなその体で何ができるというのです?」


 確かに今の私の体は幼い。でもこの世界にはかの世界にはなかったものがある。


「なら魔法を教えて、それがあれば私にもできることがあると思うの」

「なるほど、魔法ですか……」


 ニコラは何か考えるそぶりを見せた。小さくつぶやきながら考えを巡らせている。


「確かに魔法があればなんとかなるかもしれませんね」

「本当? よかった」

「ですがそう簡単に身につくものでもありませんよ?」

「大丈夫、頑張るから」


 私は両手を握ってやる気をアピールする。その様子にニコラはやれやれという表情を見せた。


「先ずは魔石を用意しないとですね」

「魔石……綺麗だね。その蒼い石」

「人の魂の残り火を封じた石です。いわば人の命の輝きともいえるでしょう」


 石の中をのぞくとゆらゆらと蒼い炎が揺れているように見えた。


「先ずは魔石を持ってその中の火を掴みます」


 石を握る。その中に何か温かいものを感じる。これが魔力か。

 火を掴む。その力を掬いだすイメージをした。突如目の前に小さな星が浮かぶ。


「な、もうそこまで出来るのですか?」


 ニコラは驚いている。その星をじっと見つめると何か言葉が頭の中に浮かんでくる。


「浮かべ。思い。慈愛。眠り。解け」


 私の口が勝手に言葉を紡ぐ、あとは一瞬のことだった。

 目の前の星は薄紅に染まる。それは激しく瞬くと目の前に立っていたニコラに当たった。

 ニコラの表情は驚愕に変わり、その後ふっとその瞳からは輝きが消えた。


「ちょ、嘘でしょ。ニコラしっかりして」


 私の魔法が暴発しニコラを貫いた。私は青ざめる。

 私の声に反応したかのようにニコラは数歩たたらを踏むが何とか倒れずに持ちこたえた。


「だ、大丈夫?」

「はい、ちょっと驚きましたが。怪我の類は無いようです」


 それでも私は心配になって彼女の体を触ってみる。どうやら怪我はないようだ。

 いったいどんな魔法だったのだろう。


「すごいです、ステラ。初めてでこんな魔法が使えるなんて」


 ニコラは自身が魔法の的になってしまったことも構わず私を褒めてくれる。

 


「ほ、褒めても何も出ないよ」


 褒められて少しうれしくなってしまった私はそんな言葉を返す。

 思えばこの時すぐに異変に気付くべきだった。ニコラは全然大丈夫じゃなかったのだ。


「いいえ、ステラは可愛くて賢くて完璧です。私のステラは最高です」


 なんだか様子がおかしい。そう思った時だった。

 ニコラの瞳の中にはハートが飛んでいた。その瞳が見つめるのは私の瞳。


「もう、支払いなんてどうでもいいので私のものになりませんか?」

「ふあ? どういうこと?」


 ニコラはそんなことを言い出した。いうが早いか私をお姫様抱っこで抱え込む。


「ちょ、ニコラ。どうしちゃったの?」


 私を抱えたまま寝室に向かうニコラ。さっき起きたばかりの寝室は薄暗い。


「一生貴女のことは守るので私のものになってください」


 気づいた時にはベッドの上に押し倒されていた。


「ちょ、何言ってるのニコラ?」


 はあはあと荒い息をしながら服を脱ぎだすニコラ。

 ここでやっとニコラの目的がわかり私は戦慄を覚える。ニコラがやばい。


「ま、待って。そういうのはまだ早いでしょ? 私たち昨日会ったばっかりだし」

「いいえ、時間なんて関係ありません。この思いは永遠です」


 ニコラはそんなことを言い出した。完全にマウントを取られた状態。


「こうしましょう貴女は仕事を手伝う。もし手伝えなかったときはその体で払ってください」


 とんでもないことを言い出した。


「(うわあ、もうだめだぁ)」


 何か魔法の暴発でニコラの好感度が最大に振り切れているらしい。

 その時、握っていた魔石がきらりと光った。


「そうだ、魔法でおかしくなったなら魔法で戻るかも」


 そう思いもう一度魔石の中の火を掴む。

 すると唱えるべき呪文がなぜか自然と頭の中に浮かんだ。


「浮かべ、思い。眠り、目覚め、解き放て」


 碧に部屋が瞬く。次の瞬間ニコラの胸を魔法が貫く。その衝撃でニコラは後ろに倒れ込む。

 気を失ったようだ。そのことにホッとする。


「ふう、よかった……って。いや、だめでしょ。ニコラ、大丈夫?」


 倒れたニコラの体をゆすってみる。幸いにして彼女はすぐに目を覚ました。


「あれ、私どうして寝ていたんでしょう?」

「覚えてないの?」


 私がそう訊ねるとニコラはしばらく考え込んだ後、顔を真っ赤にした。


「なんだかとんでもない夢を見ていた気がします」

「そ、そう。他に体に変化はない?」

「そうですね、特に変わったところはないみたいです」


 その言葉にホッと胸をなでおろす。どうやら元に戻すことに成功したようだ。


「どうやら心操魔法が暴発したようですね……」


 ニコラは考え込むようにそう呟いた。


「チャームの魔法でしょうか? かなり高位の魔法なのに素人が?」

「もう本当に大丈夫なの?」


 先ほどの変わりようから落ち着いた気はするが魔法のことはさっぱりわからない。


「なんだかすごく疲れました。魔法の練習はまた明日行いましょう」

「そ、そうだね。お腹もすいたでしょ? 何か作るよ」

「そうですね、少し休ませてもらいます。食材は好きに使ってください」


 ニコラの許可のもと籠に入っていた食材で簡単なスープを作る。

 かなり遅めの夕食をニコラと取る。


「おいしい。誰かの手料理などいつぶりでしょうか」

「そうなんだ。お口にあったならよかったよ」

「もう夜ですね。これから行っても夜明が近い。仕事は明日の夕方からにしましょう」


 夕方に起きたばかりで寝れるかなと思うが朝になったら魔法の練習をしてそれから森に向かうことになった。


「魔法は使えてるんです。すぐに使いこなせますよ」


 朝が来るまでベッドで休む。私も今日はくたくただ。

 ベッドに入って横を向くとニコラと目が合う。とたん彼女は顔を赤らめる。

 先ほど襲われかけた身としては同じく顔が熱くなる。

 彼女はゴロンと寝返りを打つと私のいる側とは反対を向く。私に背を向けたのだ。


「大丈夫。魔法のせい、魔法のせい」


 ニコラは何か小さくつぶやいている。声が聞こえるということはまだ寝てはいないのだろう。

 私も先ほどのことを思い出してドキドキで眠れない。


「私のものになれば一生守る、ね」


 その言葉に少しときめいてしまった自分が許せない。

 私たちはお互いに悶々としたまま眠れぬ夜を過ごしたのだった。

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