第14話 嘘吐き(後編)

「おっ、男の人…!?」とルムーケは目を白黒させる。


「男…」ザサリナはそう呟きながら、妖艶な笑みを浮かべる死霊術師を眺めた。「で、男だと何か問題でもあるの?」


「大アリよ!!!」セルニチカは死霊術師を指差す。「死霊術師ってのは、女の仕事って相場が決まってるの! 男の死霊術師なんて聞いた事ないし、アンタ偽物でしょ!」


「そうなの?」ザサリナは死霊術師に向き直る。


「まあまあ、落ち着いてお客さん。大声出すと、隣近所にバレちゃうから」笑みを絶やさず青年(?)は答えた。


「確かにこの業界は女が多いね。社会階級とか身体構造とか理由は色々だけど、あの世とこの世を繋ぐのは女の方が向いてる。でも、男にも出来ないって訳じゃない。実際、今じゃ教団の祭司だって男が殆どだろ? 安心してよ、腕は確かだから」

「私たちを田舎者のマヌケだと思わないで! そんな卑猥な服を着た男の言葉なんて、信じるわけないでしょ!」


「そんなこと思ってないですよ、お客さん。帝都に行ってみて下さい、死霊術師の4割は俺みたいなヤツです」

「えっ、て、帝都…?」


「そう、花の帝都。男がこんな服を着るのだって、帝都じゃ普通ですよ。イケメンで名うての第3皇太子殿下なんか、四六時中俺みたいな格好って話です」

「こ、皇太子殿下が…?」


「そう、花の皇太子殿下。当然お客さんは田舎者のマヌケなんかじゃないし、都会の流行ぐらい理解できますよね?」


「うっ…、ぐっ…」逡巡の後で、セルニチカはへたへたとその場に座り込んだ。「あ、当たり前でしょ…」


「ですよね」青年はニッコリと微笑む。


 ちなみに、話に出てきた第3皇太子は女装と乱痴気騒ぎに熱中するあまり、母帝の命によって去勢され、文字通り『女』になったという。


「仕事の話に戻ろう、ご用件は?」


「召魂よ、霊を呼び出して欲しいの」と不機嫌そうにセルニチカ。


「召魂ですか、どうもどうも」死霊術師はザサリナをジッと見つめる。「それじゃあええと…、お代は金貨100枚かな」


「き、金貨100枚!? 嘘でしょ!」とセルニチカ。


「お客さん、落ち着いて。銀貨1000枚でも大丈夫だから」

「そういう問題じゃなくて、家が2軒建つくらいの金額がおかしいって言ってんの! 酷いぼったくりだわ!」


「そうは言うけど、数が数だからね」

「はっ? 数?」


「だって、金髪のお客さんが背負ってるモノを使って呼ぶんだろ? どの魂を呼ぶかは知らないけど、数千はある候補の中から選ぶのは俺でも難しいからね」


「す、数千個の魂…?」セルニチカとルムーケは、ザサリナの背負う斧へと視線を向ける。


「違うの?」と青年。「凄いね、それ。人間とか魔物とかの魂が、ごっちゃになってモノと結びついてる。相当殺ってるね」


「ザサリナ、それってアンタのお父さんから貰ったのよね…?」セルニチカの言葉に、ザサリナは「あっ」と小さく声を漏らす。


 父親の過去を娘は殆ど知らず、冒険者だったという事すら旅立ちの日に知った。冒険者なら当然魔物を殺すし、時には人も…。


「お父さんはおいくつ?」という死霊術師の問いに、「41のおじさん」とザサリナ。


「じゃあ安心だ。人の魂が混じってるのは深い所で、浅瀬は魔物ばっかだから。少なくとも、100年は人の血を吸ってない。きっと、前の持ち主がエグいヤツ連中だったんだろうね」


 少女達は顔を見合わせると、ホッと安堵の息を吐く。ザサリナは懐からヤーノの骨が入った小袋を取り出すと、死霊術師の前に置いた。


 青年は丁重に袋を持ち上げると、中を覗いた。「なるほど、わかった」と死霊術師。「これなら銀貨5枚でいい、早速やる?」


 ザサリナが頷くと、死霊術師は準備に取り掛かった。


   ◇


「最初に言っておくけど」絨毯の上に、呪符が所狭しと描き込まれた布を広げながら死霊術師は言った。


「絶対に相手の魂を呼べる訳じゃない。どんなに優秀な死霊術師でも、10回に1、2回はしくじる。上手くいってもいかなくても魂に傷がつくから、召魂は1回きりだと思うこと」


「傷がつきすぎるとどうなるの?」とザサリナ。


「色々悪いことになる。天上に帰れなくなったり、理性が無くなって悪霊になったりする。俺は魂の安全第一だから、面会時間も最小限でやらせて貰ってる。それでもいい?」


 ザサリナは小さく息を吐いてから、「やって」と言った。青年は布の上にヤーノの骨が入った袋を置くと、その上に両手をかざした。


 低く唸るような声で呪文を唱えると、部屋の中の小物がガタガタと揺れ始める。どこからともなく吐息のような冷風が吹き、大勢の話し声や足音が聞こえた。


 ルムーケは目を閉じて耳を塞ぎ、セルニチカは震える手でザサリナの腕を掴む。ザサリナは身じろぐことなく、小袋を見つめていた。


「…んあっ!?」


 不意に青年はそう言うと、ゆっくりと視線を宙へ向けた。「降りて来た、本人かどうか確認してくれます?」


 少女達もおずおずと宙を見上げる。青白い光に全身を包まれた誰かが、横たわるように中空に浮かんでいた。


「ヤーノ…」


 ザサリナは立ち上がると、宙に浮かぶ人影へと両手を伸ばす。手は相手の身体を通り抜け、虚空を掴むだけだった。


「ヤーノ! ヤーノ! ヤーノってば!」


「え、ザサリナの声…?」少年は眼を開けると、中空で上体を起こした。「俺、もう幻聴が聞こえるくらいヤバいのか…?」


 ヤーノは辺りをキョロキョロと見回した。最初に死霊術師と眼が合い、少年は思わず「うわっ、すごい美人…」と呟く。「どうもどうも」と青年。


 次にセルニチカと眼が合った。「は? セルニチカ? もしかして、ここって夢の中か?」


「夢じゃないわよ、アホ」と相手を睨みつけながらセルニチカ。「信じられない、彼女がいる前で他の女の容姿を褒めるなんて」


「か、彼女がいる前?」そこでようやく、少年はザサリナの存在に気が付いた。「う、うわっ! ザサリナ、ホントにいたのか!?」


 少女の足元は涙で濡れていた。「ザサリナ、なんでそんなに泣いてんだよ…? ほら、ハンカチやるから──」


 胸ポケットを探ろうとして視界に入った自分の身体に、ヤーノは目を見開いた。宙に浮き、どこもかしこも青白い光に包まれている。


 試しに青白い光に触ってみると、まるで冬の夜のように冷たかった。


「あっ、そっか…。俺、やっぱりダメだったんだな」


 嗚咽の中でザサリナは頷いた。あの骨を使ってヤーノの魂を呼び出せたという事実には、2つの意味があった。


 1つ、あの骨はヤーノであるということ。2つ、やはりヤーノは死んでいるということ。


「話には聞いてたけど、死んだらこんな風になるんだな…。魂だけの存在ってヤツか、すげー!」


「呑気なこと言ってんじゃないわよ」とセルニチカ。「苦労してアンタを呼び出したザサリナに、お疲れ様の一言もないわけ?」


「ざ、ザサリナが苦労して? どういうことなんだ?」

「アンタの骨が指の分しか返ってこなかったから、残りを見つける為にダンジョンへ潜ってるのよ。あの骨が本当にアンタかどうかを知りたかったから、魂を呼んだってわけ。召魂代を集める為に、私達死にかけたのよ」


「ま、マジか。でも、どうしてそこまで…」

「ザサリナがアンタを愛してるからに決まってるでしょ! それぐらい察しろ、バカ!」


 ヤーノは目と口を大きく開けてザサリナへと向き直る。「今の話、全部ホントなのか?」という相手の言葉に、泣き腫らした目で少女は頷く。


「マジか…」少年は自分の首をさすった。


「ごめんザサリナ、俺なんかの為に。あのさ、俺の骨は気にしなくていいよ。放っておいたら土になる。俺は幸せ者だよ、ダンジョンが墓場なんだから」


「──つき」不明瞭なザサリナの言葉に、「え? ごめん、なんて?」とヤーノ。


「嘘吐き! 嘘吐き嘘吐き嘘吐き! アンタは最低の嘘吐き! 帰ったら一緒の家に住もうって言ったのに!!!」

「それは、ホントにごめん…」


「許さない。アンタと違って、アタシは絶対に約束を破らない。アンタの骨を1つ残らず見つけ出して、村に持って帰って、庭にお墓を作って、一緒に暮らしてやる。絶対に、絶対に…」

「俺と一緒に暮らすのが、そんなに楽しみだったのか…?」


「それ、ホントに言わないとダメ?」とセルニチカ。


「ヤーノ、教えて。アンタはどこで、どんな風に死んだの?」と涙を拭いながらザサリナ。「うーん、どうだったかな…」ヤーノは腕を組んで考え込む。


「凶悪な魔物を狩るってことで、4層まで行ったのは確かなんだ。標的を見つけたのはいいんだけど、ソイツが滅茶苦茶強くてさ。なんか凄いブレスを吐かれて、俺は吹き飛ばされた。気づいたら、天井が高くて明るい場所に1人でいた」


「もっと詳しく話せないの?」とセルニチカ。


「ご、ごめん。戦ってる時に明かりが消えて何が何だか分からなかったし、頭を打ったせいか記憶が曖昧なんだ。俺自身、自分に何が起こったのか分からない」


「痛かった…?」と不安そうに尋ねるザサリナに、「全然!」とヤーノは微笑む。


「最後の方なんて感覚が麻痺してたし、ザサリナの肩パンに比べれば全然痛くなかった。それに、俺には幸運のブレスレットがあるから。ほら、ザサリナがくれたヤツ。俺は確かに約束を破ったけど、あのブレスレットは最後まで離さなかった。アレがあったから、俺は笑いながら死ねたんだ。…多分だけど」


 せっかく拭った涙が、再びザサリナの目に溢れ始める。「ああ、泣くなって!」とヤーノ。


「泣かないでくれ、頼むよ。お前の泣き顔を見せられるくらいなら、死ぬんじゃなかったな…」


   ◇


 ヤーノの全身を包む青白い光が強くなり始めた。「申し訳ないけど、時間切れだ」と死霊術師。


「えっ、もう?」ヤーノは慌てて青年を振り返る。「あの、君は死霊術師だよね? もう一度ザサリナに会う事は出来る?」


「オススメはしない。呼べば呼ぶほど魂に傷がつき、最終的には自我を失って、大事な人を襲うことだってあり得る」

「なるほど。じゃあ、これが最後なんだな」


 少年はザサリナを振り返ると、相手の鼻先に顔を近づけた。


「ザサリナ、この際だから俺の本音を全部言う。お前の全部が大好きだ。周りはお前のことを筋肉質だとか、傷だらけとか、日焼けしてるとか言ってたけど、だからこそ俺は好きだ。


 怒りが長引く所とか、すぐ腹を空かせる所とか、歌がド下手な所も大好きだ。ああ…、マジで時間も言葉も足りない! それぐらいお前の事が好きだ、好きで好きでたまらない。本当に、本当に俺の人生は幸せだったよ…!」


「ザサリナ!!!」少年は叫ぶと、実体のない唇を相手のそれに重ね合わせた。少女は実体のない相手の首元に腕を回すと、嬉しそうに目を閉じる。


 死霊術師は「ひゅう」と口笛を吹き、ルムーケは「あわわ…」と目を白黒させた。


 ザサリナが目を開けた時、もうヤーノはいなかった。部屋の中から冷気は消え去り、少女達が入ってきた時に嗅いだ芳香が戻って来た。


「アタシも、ヤーノの事が大好きだよって言えばよかった」ザサリナは呟く。


「はあ…」とセルニチカはため息を吐く。「それ、ホントに言わないとダメ?」


 少し間を空けて、ザサリナは「そうだね」と答えた。

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