第13話 嘘吐き(前編)
ザサリナの視界は、ぼんやりとした白い色に縁取られていた。
道の向こうから1台の荷車が近づいてくる。大量の木材が乗った車を曳いているのは馬ではなく、1人の少女だった。
(夢か)ザサリナは思う。荷車を曳いているのは他でもない、幼少期の自分自身だった。
道端の木立の陰から、子供達が数人駆け出して来た。「うわっ、ザサリナだ!」とその内の1人。
「アイツ、オークと人間のハーフなんだぜ。だから怪力なんだ」
「そうなの? 私のお兄ちゃんはゴブリンだって言ってたよ」
「毎晩墓地に行って、死体を掘り起こしては喰ってるってさ」
荷車を曳く少女が睨み付けると、子供達は「走れ、握りつぶされるぞ!」と笑いながら走って行った。
(嫌な夢…)ザサリナはそう思いながら、まだ幼い頃の自分を眺めていた。
辺りが静かになった後で、木の陰から1人の少年が顔を出した。少年は唾を飲み込むと、道の真ん中へと駆け出した。
「き、君! オークの血を引いてるって本当?」
少女は立ち止まり、さらに鋭く相手を睨み付ける。少年は臆する事なく、「か、カッコいい目だ…」と眼を輝かせた。
「俺、ヤーノ。将来は冒険者になりたいんだけど、良かったら一緒にどう? 魔物のハーフなんて滅茶苦茶カッコいいし、絶対強いよ! すごく力持ちなんだよね? 足速さはどれくらい? 水中で息を止められるのは何分? 今度、腕相撲対決しようよ! そういえば俺、デカいザリガニが大量にいる穴場知ってるよ!!!」
(ああ、そっか…)うるさい少年の脛を蹴り上げる少女を見ながら、ザサリナは思う。
(あのバカは最初からあんな感じだった。だからこそ、アタシなんかを好きになってくれたんだ)
眼を覚ますと、視線の先には見慣れた宿屋の天井があった。食人植物の時とは違って身体は動かせるが、ひどい倦怠感がある。
頭を動かすと、椅子に座っていたルムーケと眼があった。
「身体の調子はどうですか?」という相手の問いに、「ちょっと疲れてるけど、悪くはないよ」とザサリナは答える。
「セルニチカはどこ?」
「セルニチカさんなら外出中です。何があっても、ザサリナさんを外に出すなって命令されてます」
「信用ないな」
「あの…、ザサリナさん」
「ん?」
「すいませんでした。私、何の役にも立てなくて、お2人の足手まといで…」
「足手まといじゃないよ。アタシもセルニチカもこの街のダンジョンに詳しくないから、色々教えてくれて助かってる」
「そう言っていただけると嬉しいです、でも──」
「ルムーケ」
「は、はい」
「許してあげるから、代わりにちょっと外を走ってきてもいい?」
「あっ…、それはダメです」
◇
セルニチカは1人、メグシィルの街中を歩いていた。
死者の魂を呼び寄せるには、煩雑な手続きと莫大な資金がいる。ただでさえ厄介だというのに、この街の礼拝堂は冒険者の死体に手一杯でそれどころではない。
そんな時、人々は死霊術師を頼る。死霊術師は安価で蘇生や召魂を引き受けてくれるので、冒険者のみならず一般市民にも重宝されていた。
死霊術師の殆どは異教徒であり、関わりを持っただけでも教団の処罰対象となる。だがセルニチカがそうであるように、人々はそれでも死霊術師を頼ることが多かった。
そんな教団の『敵』が、白昼堂々と街中に姿を現す訳はない。死霊術師に関して、セルニチカは実家の店に出入りする旅人達から多少の情報を得ていた。
まだ日が高いのにも関わらず、少女はとある酒場に入ると、まっすぐカウンターへと向かった。
「こんにちは、『親愛なる敵』を探してるの」
セルニチカが小声でそう言うと、店の主人は「消えな」とだけ言って背中を向けた。方々の酒場を巡って、少女は似たようなやり取りを繰り返す。
ある時は完全に無視され、ある時は巨大な用心棒に追い出され、ある時は冷水をかけられた。
(なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!?)
セルニチカは苛立ち、何度も足元の小石を蹴った。だがその都度ベッドに横たわるザサリナを思い出し、少女は次の店に向かって歩いた。
12軒目は、裏路地にある小さな酒場だった。客は髪の長い女が1人だけで、右手に酒瓶を掴みながらテーブルに顔を伏せている。
「こんにちは、『親愛なる敵』を探してるの」カウンターに立つ主人に、セルニチカは言った。
初老の男は困ったように眉を顰めると、「悪いね、お嬢さん。俺は何にも知らないよ」と答えて目を逸らした。
少女はカウンターに両手を置いて、「はあ…」とため息を吐いた。
(疲れた、でも行かないと…)セルニチカがそう思って入り口に向かおうとした時、ちょうど2人の男が店に入ってきた。
「なんだ?」男の片方はそう言うと、少女に近づいた。「こんな場所にどうした? 失恋でもして、ヤケになったか?」
「ちょうど良い、愚痴なら俺達が聞いてやるよ!」ともう片方の男。
「ごめんなさい、急いでるんで…」セルニチカが脇をすり抜けようとするのを、男達は制止する。
(…鬱陶しい、燃やしてやろうかしら)
少女がそう思った時、後ろの方から「ちょっーと待ちな!」と声がした。「その子は私と約束してんのよ、横取りしないれ」
セルニチカと男達はその声に振り返る。「なんだ、ヨギリアの相手か…」男の片方がそう言うと、2人はあっさりとセルニチカから離れて行った。
唖然とする少女に向かって、ヨギリアと呼ばれた女は手招きをする。
女の顔にセルニチカは見覚えがあった。冒険者ギルドへ行く度に見掛ける、目つきと愛想の悪い受付嬢だ。
「あの、助けてくれたのはありがたいけど…」相手に近づき、セルニチカは言った。「まあ、座って」とヨギリア。
女の頬は赤く、目はいつもと違って潤いを帯びていた。酒臭い息に我慢しながら、セルニチカは向かい合って座った。
「飲む?」
「飲むわけないでしょ」
「怖いねぇ」
「お礼は言ったわ、用がないならこれで──」
「お探しの相手の居場所なら知ってるよ」
セルニチカは眼を見開いて動きを止めた。辺りを見回してから、少女はテーブルに身を乗り出す。
「…教えて、お金ならある」
ヨギリアはニヤリと笑うと、少女の耳元に顔を近づけて囁いた。
「お金はいらないよん」情報を提供し終えた後で、酒をジョッキに注ぎながらヨギリアは言った。
「例の兄弟の件は私の落ち度だからね、これはそのお詫びってことで」
「あ、ありがとう」
「良いの良いの。それより、君って魔法使いでしょ? お姉さん、こう見えて魔法が使えんだ。色々と教えてあげてもいいんだけどなー?」
「ありがとう、でも結構」セルニチカはそう言って立ち上がった。
「待って待って! ずっと思ってたんだけど、可愛いよれ。今からお姉さんの部屋に来らい? 天国を見せてあげちゃうよん」
少女は何も言わず、足早に店を出て行った。「…フられた」ヨギリアはそう呟くと、ジョッキを掴む。
「あんまり悪いことしてると、信仰審理官に捕まって鞭で打たれちゃうよ?」
女の目は鋭さを取り戻したが、ジョッキの中身を飲むとまたすぐに蕩けた。
◇
数日後の昼、ザサリナ、セルニチカ、ルムーケの3人は入り組んだ裏路地にいた。用心の為に、ザサリナは斧を背負っている。
ヨギリアの言っていた建物まで辿り着くと、セルニチカは教えられた通りのリズムで扉を叩いた。
鍵の開く音に続いて、中から「どうぞー」という低い声が聞こえてきた。少女達は顔を見合わせると、ゆっくりと足を踏み入れる。
中は薄暗く、狭い通路には芳香が漂っていた。突き当たりまで進むと、右手にカーテンで仕切られた部屋があった。
奇妙な形の文様が織り込まれたカーテンを上げて、少女達は中を覗き見る。
「いらっしゃい、どうぞどうぞ。今日は蘇生ですか? 召魂ですか? それとも死体を踊らせますか? ささ、何なりと仰って下さいね」
「き、綺麗…」ルムーケは思わず呟く。「ホントだ、美人」とザサリナ。
「どうもどうも、お姉さん達もお綺麗ですよ」と機嫌よく死霊術師。
死霊術師の着ている服は地肌が透けて見えるほどに布地が薄く、首元とヘソの部分は、そもそもとして布がなかった。
柔らかそうなクッションの乗った寝椅子が壁に沿って並んでいて、死霊術師は客に座るよう促した。
ザサリナとルムーケが素直に従う中、セルニチカは立ったまま相手を凝視する。少女の心の中に、微かな違和感があった。
厚化粧の顔にキツネのような笑みを浮かべて、髪の長い死霊術師はセルニチカを見つめ返す。疑惑の視線が相手の肩へと滑った時、少女は「あっ!」と叫んだ。
「あ、アンタ! もしかして男っ…!?」
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