第11話 大ガエル(前編)
翌日、少女達は改めてダンジョンの入り口に集まった。
「今回の目標はいい感じにお宝を見つけたり、魔物を狩って売れそうな素材を手に入れること。とにかく、今はものすごくお金が欲しいの」とセルニチカ。
「アバウトですね」ルムーケは答える。
「仕方ないでしょ、初心者なんだから。そういうアンタはどうなの?」
「ええと、ある程度は調べました」ルムーケは懐から、使い込まれた手帳を取り出した。
「宝物ですが、3層くらいまで行かないと目ぼしいものはないそうです。手取り早くお金を稼ぐなら、高価な魔物の素材を狙うのがいいかと」
「私たちってまだ1層しか知らないんだけど、やっぱりそれ以降って難しいの?」
「私達の実力次第ですが、油断せずにしっかりと準備すれば大丈夫だと思います。他のダンジョンに比べればそこまで──」
「他のダンジョン? アンタ、他のダンジョンにも潜った事があるの?」
「あ、いえ…、本! 本で読んだ事があるだけです!」
「なんだ、本か」
例の兄弟の探索方法を参考にして、少女達は順調に1層目を進んだ。
「あの兄弟はクソだったけど、ダンジョン探索のやり方は勉強になったわ。それとも、初心者でも奥まで行けるくらい1層目が楽なだけだったりして」セルニチカは歩きながら言った。
「1層目は魔物も少ないですし、罠もほとんど残っていません」とルムーケ。
「なーんだ、やっぱりそうなの」
「300年前、異教徒達はわざと1層目を無防備にして帝国軍を引き入れたそうです。そうして油断させた後、2層目以降で猛烈な反撃を行ったとか」
「なるほど、それで罠が少ないのね。で、戦闘がなかった事と魔物が少ない事の関係性は?」
「詳しくは分かりません。壁や床に染み込んだ血肉の匂いや、行き場を失った激しい怨念が魔物を呼び寄せるのかも」
「…聞くんじゃなかったわ」
それから少しして、先頭のザサリナは足を止めた。「何かいる、床を這ってる」少女の視線の先には、
「スライムですね。強くはないですが、身体に張り付かれると厄介です」とルムーケ。
「良い機会だわ、ルムーケ。アンタの力を見せてよ」とセルニチカ。「えっ、わ、私ですか…?」上擦った声でルムーケは答える。
「スライムって弱いんでしょ? だったら1人でも倒せるじゃない」
「その、そうなんですけど…」
「歯切れが悪いわね。私は魔法が使えるし、ザサリナは斧が使える。スライムぐらい楽勝だけど、アンタは無理なの? 私達に余裕はないし、もしそうならパーティ加入の件は考え直──」
「や、やります! やらせて下さい!」
ルムーケはそう言うと前に進み出る。少女は懐から湾曲したナイフを取り出すと、大きく深呼吸をした。
(やれ、やるんだルムーケ!)ルムーケは自分に言い聞かせる。(この人達に捨てられたら、もう他に行くあてなんてないんだぞ…!)
少女はナイフを逆手に持ち、腰を低くしてスライムを見据えた。魔物は相手に気がついたのか、ルムーケに向かってゆっくりと近づいて来た。
少女は頭の中で、スライムを殺す光景を思い浮かべた。ナイフは容易に相手の粘膜を破り、臓物を抉るだろう。最後にブルンと震えた後で、魔物はすぐに動かなくなる…。
「お、おえ…」自分の想像に顔を青ざめるルムーケは、スライムがもう足元にいる事に気が付かなかった。
「ルムーケ、危ない!」というザサリナの声にハッとした時、スライムは既にルムーケの足首に張り付いていた。
「うわっ! こ、このっ!」少女は大慌ててスライムにナイフを突き立てる。「い、痛いっ!!!」勢い余ってナイフはスライムの粘膜を貫通し、ルムーケの足首へと刺さった。
ザサリナはルムーケの許へ駆け寄ると、相手の足首に纏い付くスライムを掴んだ。弾力のある粘膜を引っ張り、伸び切った所を少女は斧で切断した。魔物は力尽き、ボトボトと床に落ちた。
ルムーケは床に座り込むと、ハアハアと荒い息を吐いた。「ご、ごめんなさい…」ザサリナとセーラツィカの視線に耐えきれず、少女は言った。
「私…、魔物を殺せないんです。初めて殺した時の感触が忘れられなくて、殺そうとする度、思い出して動けなくなるんです。ごめんなさい、ごめんなさい…」
セルニチカはザサリナと顔を見合わせると、「はあ」と小さくため息を吐いた。「取り敢えず、今は傷の手当てをするわ」
◇
半日の内に2層目へと続く階段に面した広間(即ち、例の兄弟に斧を盗まれそうになった因縁の場所)へと辿り着き、少女達は荷物を下ろした。
「あの、お2人はどうしてダンジョンに?」食事の準備をしながらルムーケは言った。
「ちょっとした探し物よ」セルニチカは鍋を掻き回しながら、見張りについているザサリナをチラと眺める。「そういうアンタはどうなの?」
「私も探し物です、同じですね」
「魔物もろくに倒せないのに、ダンジョンで探し物なんて出来るの?」
「それは…、うう…」
ルムーケの探し物とは一体何なのか、セルニチカは気になった。だがそれを深く尋ねるのであれば、自分達の探し物についても話さないと公平ではない。
ヤーノの骨の事を隠す必要はないが、それはザサリナ本人の口から聞くべきだとセルニチカは思った。
翌朝、セルニチカとザサリナは床を震わせる激しい振動と、何かが崩れ落ちる音に飛び起きた。
「な、何が起きたの!?」というセルニチカの問いに、「お、恐らく地震かと!」と見張りをしていたルムーケは答えた。
「マズいマズいマズい…」寝起きの髪を振り乱し、セルニチカは大急ぎで荷物をまとめ始める。だがそうこうしている内に、揺れは徐々に小さくなっていた。
「収まった」天井を見上げながらザサリナは言った。「じゃあ朝ごはんにしよう、お腹空いた」
「アンタ、バカじゃないの!? 私達、危うく生き埋めになる所だったのよ! 早くダンジョンから出ないといけないのに、悠長にご飯なんて食べてる場合!?!?」
「一昨日も似たような揺れがあった、もっと下にいる魔物が暴れてるって。だから今のはきっと地震じゃない。だよね、ルムーケ?」
「た、多分…」とルムーケ。「冗談じゃないわよ」と口早にセルニチカ。
「魔物が暴れたって建物は崩れるでしょうが! なんだか、前よりも揺れが激しくなってる気もするし。アンタ、目的を達成するより先に圧死しても良いの?」
「セルニチカ、お願い」ザサリナは相手の目をジッと見つめる。しばらく見つめ合った後で、折れたのはセルニチカの方だった。
「…今度揺れたら、その時は即座に地上へ戻るからね」
◇
少女達は遂に第2層へと足を踏み入れた。
第1層と違って天井を支える柱は太く高くなり、柱と柱の間には顔や腕が剥落した像が彫り込まれていた。
「本来の神殿は第2層までだったようです。要塞化する際に大半の神像は別の場所に移されましたが、神聖な場所とあって異教徒達の抵抗は苛烈を極めたと言われています。帝国軍は第2層を制圧するまでに、1000人の死傷者と3ヶ月を費やしたとか」
(なんで第2層を歩いてる最中に言うのよ…)手帳を片手に語るルムーケに、セルニチカはそう思いながら眉を顰める。
「水の流れる音がする、かなり大きい」ザサリナは言った。
「異教徒達は地上の水源から管を通して水を確保していたそうで、ダンジョンの所々に水飲み場があるのも彼らのお陰です。ひょっとしたら、大きな水道管が近くを通っているのかもしれません」
「水浸しの所があったりしたら嫌よね。濡れるし、デカくて不気味な魔物って大体水の中じゃない? 火も使えないし」とセルニチカ。
「このダンジョンだと、水没区画があるのは第3層以降です。素材に高値が付くような魔物なら第2層にもいますし、今回は大丈夫だと思います」
「へーそう、なら良いけど」
だがルムーケの予想は外れていた。少女達が足を踏み入れた天井の高い広間の床は、どこからか湧き出る水によって浸かっていた。
「普通に浸水してるけど」というセルニチカの言葉に、ルムーケは慌てて手帳と地図とを見比べる。
「多分、今朝の揺れで水道管の1つが壊れて、そこから漏れ出しているんだと思います」
(しょうがない…)足を濡らす覚悟を決めて歩き出したセルニチカの腕を、ザサリナが掴んだ。
「部屋の奥に、何かがいる」そう言った少女の視線の先を、セルニチカとルムーケは凝視する。
並び立つ列柱の合間に、巨大な影が蠢いていた。それはこんもりと膨らんだ山のような形をしていて、地を這うように四つ足で動いていた。
「お、大ガエルだ…」
ルムーケの言葉に、セルニチカは杖を水面へと落とした。大ガエルはいきなり動きを止めたかと思うと、少女達の方に向かって大きくジャンプした。
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