第10話 顔じゃない
「へぐっ、あがっ…?」地の底から響くような轟音に、セルニチカは寝ぼけ眼で天井を見上げた。
「なに、なんの音?」
「下の階層で魔物が暴れている音だと思います。ダンションには構造が逐次変化する可変性と不可変性の2種類ありますが、メグシィルは後者です。ですので、これだけの轟音を出せるくらい巨大な魔物が深層にいるのだと思います」
「へーそう。ザサリナ、アンタって物知りね…」
「私じゃない」再び眼を閉じようとするセルニチカに、ザサリナは言った。「起きて、セルニチカ。大変な事が起こった」
「なによ、もう出発?」
上体を起こしたセルニチカの視界へ最初に入って来たのは、座ってこちらを見つめる2人の少女だった。1人は当然ザサリナで、片方もどこか見覚えがあった。
「えっと、どちら様?」
「あの、数日前にお会いしました。ギルドで」フードのついた丈長のローブを羽織った少女は答える。
「数日前、ギルドで…?」セルニチカは口を開けて相手を見つめる。「あー待って、分かった。仲間にして欲しいって言ってきた子ね」
「そうです! 覚えていただいて嬉しいです!」
「うるさっ…。あれ、ゼケルとルバルはどこ?」
「あそこ」とザサリナは指を差す。
その先には、後ろ手に縛られて壁際にもたれ掛かる2人の青年の姿があった。ゼケルは額にたんこぶを作り、ルバルは判別がつかない程に顔全体を腫らしていた。
「なっ、何っ!? どういうこと!?」セルニチカは慌てて立ち上がった。「2人ともどうしたの? ま、魔物に襲われたの?」
「弟はアタシがやった。セルニチカのリュックを漁ってたから」
(ザサリナがやった? リュックを漁ってたから…?)セルニチカはそう思いながら、自分のリュックと気を失っている2人の青年とを交互に見遣る。
「嘘…。い、イケメンなのよ? 高身長で、おまけに兄弟…」
「そいつら、私の斧を盗もうとした。寝てるセルニチカの首に剣を突き立てて、人質にもした」
セルニチカは青ざめた顔で、自分の首元をさすった。驚愕と恐怖の色が少女の眼に浮かんだ後で、最後に残ったのは怒りだけだった。
「殺してやる…」瞳孔を開きながらセルニチカは言った。「灰になるまで燃やして、それを魔物の餌に混ぜてやる。奴らの排泄物になりやがれ…」
「だ、ダメですよ! ダンジョン内でも法律は有効です、人を殺したら当然罰せられます!」と慌ててローブの少女。
「バレなきゃ問題ないのよ、アンタが誰にも告げ口しなければいい」
「そんな人の道から外れるような事を…!」
「じゃあこうしましょ、アンタから魔物の排泄物になるの」セルニチカはそう言うと、右手の中に火球を作った。
「この子を殺しちゃダメ」ザサリナはそう言いながら、セルニチカとローブの少女の間に立った。
「この子が兄弟の片方を倒してくれたから、斧を取り戻す事が出来た。アタシ達はその子に借りがある」
「田舎者のアンタには分かんないでしょうが、ダンジョンじゃこんなの日常茶飯事なのよ! どきなさい、アンタも魔物の排泄物になりたいの!?」
「落ち着いてセルニチカ、誰も排泄物にはならない。あの兄弟はギルドまで連れて行くから」
「正気なの? あんな事されて無罪放免ってわけ!?」
「今回のパーティはギルドの斡旋だから、訳を話せば向こうが慰謝料を払ってくれる。そうだよね?」ザサリナの言葉に、ローブの少女は頷く。
「セルニチカが寝てる間に色々教えてもらったんだ。アタシは魔物を殺せても、人は殺したくない。この子が言うには、ギルドに報告するのが一番なんだって」
「で、でも、せっかくここまで来たのに引き返していいの? アンタは少しでも早く深層に潜りたいんじゃ…」
「嫌だよ。でも、深層へ潜るには準備が必要だってセルニチカが言った。この件を何とかしないと、ダンジョンに集中できないでしょ」
「そ、そうだけど…」
ザサリナの意見はもっともだった。セルニチカは下唇を噛みながら、2人の青年を見下ろした。
「髪だけでも燃やしちゃダメかしら…?」
◇
少女達は1日がかりで、ゼケルとルバルをギルドへと運び込んだ。
ローブの少女が証言者になってくれたお陰で手続きはスムーズに進み、兄弟は牢屋送りとなった。
「ていうか、何でアンタは起きてたの?」
受付で細かい事務処理を待つ間、セルニチカはザサリナに言った。「私にはもう効かないから」ザサリナは答える。
「味と匂いから察するに、小さい頃、アタシが不眠症になった時に父さんが作ってくれた薬草汁と一緒だと思う。耐性がついて、今じゃ全然効かない」
「そ、そう…。でも、知ってるんだったら何で言わないのよ」
「ダンジョンで寝るのは初めてだし、そうでもしないと熟睡出来ないのかもしれないって思ったから。セルニチカこそ気づかなかったの? 身分不相応のモノを持ってると目をつけられるって、セルニチカが言ったんだよ」
「だからこそ、私はちゃんと布で斧を隠せとも言った」
「布を外さないと戦えないよ。もしアタシが斧を庇って戦ってなかったら、今頃セルニチカは魔蝙蝠の毒にやられてた」
セルニチカはカウンターに頬杖をつくと「遅いわね、なにやってんのかしら」と話題を変えた。
「お待たせ致しました、今回の件の慰謝料です」目付きの悪い受付嬢が奥から出てくると、銀貨の詰まった袋をカウンターに置いた。
「今回は誠に残念でしたね、心中お察しします」
(まるで他人事ね)そう思いながらセルニチカは袋を受け取る。(紹介相手の犯罪歴ぐらい調べろっての)
ギルドを出た後、少女達はその足で酒場へと向かった。
「お金は戻ってきたけど、ドッと疲れたわ」料理を待ちながらセルニチカは言った。「流石にこれからダンジョンに潜るって言うのは無理だからね」
「うん、分かってる」ザサリナは頷く。
「また仲間を募らないと。あー、めんどくさい。男って顔じゃないのね…」
「その話なんだけど、この子をアタシ達のパーティに入れるっていうのはどう?」
ザサリナはそう言ってローブの少女を振り返る。ローブの少女は緊張した面持ちで、両膝に手を付いていた。
「この子も仲間を探してるらしいし、ちょうどいいと思って」
「そういえば、兄の方を倒したのはアンタだって話だけど…」セルニチカは訝しげにローブ姿の少女を眺める。
「どうやって倒したの? アンタ、私達と同じような初心者に見えるけど」
「それはその、えっと…」ローブの少女は口早に答える。
「通路の脇に水飲み場がありますよね? 私、水受けの下で寝てたんですけど、どうやら寝てる間に通路側に飛び出してたみたいで、誰かに蹴られたと思って飛び起きたら、男の人達が倒れてたんです。多分、私に躓いて転んだんだと思います」
「どう?」とザサリナ。「どう? じゃないわよ」とセルニチカ。「呆れた、本人はなんにもしてないじゃない」
「お願いします! 誰も私とパーティを組んでくれないんです! 炊事、洗濯、荷物持ち、なんでもやります! ど、どうかお願いです! 私、どうしてもダンジョンの深層まで行きたいんです…」
ローブの少女は「うっ…、うっ…」と肩を震わせ始めた。「ちょっと前のセルニチカみたい」というザサリナの言葉に、セルニチカは「どこがよ!」と声を荒げる。
周囲の視線が集まっていたのに加え、偶然とはいえ自分達を救ってくれた恩人を無下にする事も出来ず、セルニチカはため息混じりにザサリナの提案を受け入れた。
「あ、ありがとうございます…、馬車馬の如く働きます…!」ローブの少女はそう言うと、セルニチカの足元に縋った。
「そんな事しなくていいから離れて! てかアンタ、名前はなんて言うの?」
「ルムーケ、名前はルムーケです。気軽に『おい』とか『お前』って呼んで下さい」
「アンタ、私の事をなんだと思ってるのよ…」
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