第16話 青春が、合わない?
「あ~。星名、これ、食うか?」
少し気まずくなってしまった空気を断ち切るように、優斗が紫苑に個包装のクッキーを渡してきた。
意外なものが目の前に差し出され、紫苑の動悸も収まっていく。同時に、頬の赤みも引いていた。
「クッキー? ありがとうございます」
優斗は紫苑の動揺を察してか、いつの間にか隣を離れ、紫苑の真正面の椅子に座った。
「星名の妄想青春計画。公園で、お菓子食べる、だっけ?」
優斗が頬杖をつきながらそう言う。目の奥が面白がるように光っていて、紫苑は別の意味で赤くなる。
「そ、それは……小学生というのは認めます。小学生で時止まってるんですから。でも! 妄想、計画ではありません! 脳内、青春計画です! 妄想だと変人みたいじゃないですか!」
紫苑の心の叫びに、優斗は「同じだと思うけど」と笑う。
優斗の穏やかな笑いを聞いていたら、紫苑はふと思った。
(でも、お菓子くれたってことは、あたしの妄想を、認めてくれたってこと?)
この紫苑の青春計画は、紫苑による、紫苑のための、無理のない計画だ。普通の高校生に比べたらつまらないだろうし、小学生と言われても無理がない。
でも、ファミレスに行く、のような、誰もが思い描く青春の場所より、公園でお菓子を食べる方がよほど楽だし、楽しい。
もしかしたら、優斗はそんな紫苑の気持ちを、汲み取ってくれたのだろうか。
「星名ってさ、面白いよね」
唐突に放たれた、優斗の言葉。それがどんな意味なのかは分からないが、「変だね」をオブラートに包んでくれたのかな、と紫苑は苦笑する。それほど嫌な気分にはならなかった。「面白い」ということは、みんなの中から見つけ出してもらえた気がするからだ。
「そうですかねぇ。確かにあたしは何にもできないチキンですけどね。だからみんな同じだから、ってなかったことにされると、なんかモヤモヤしちゃう」
自然と、桃子や紅里に言われたことを思い出していた。そのとき褐平に、「同じじゃないから悩んでいるのに、同じと言われると嫌になる」ということを指摘されたことも思いだす。
紫苑は、その矛盾の正体を、まだいまいちつかめていない。
でも、紫苑のへなちょこな青春計画ではない、誰もが思い描くような青春は、してみたかった。ファミレスなんて行けないくせに、青春がしたいと嘆く紫苑に、優斗がいろいろ気を回してくれるのだろうか。
「でもさ、星名はちゃんと断れるんだよな」
紫苑の言葉を聞いたきり黙っていた優斗が、口を開いた。初めて見る、弱気な表情だった。
「俺さ、友達に合わせすぎて、誘い、断れなくなって。ちょっと今しんどい」
彼からこぼれた当然の本音に、紫苑は戸惑う。
つい、今自分が思っていたことを訊いていた。
「あの。さっきあたしがファミレス断ったとき、嫌な気持ちにさせちゃいましたか?」
「え? 何で?」
きょとんと目を丸くする優斗にそっと胸を撫でおろして、続けた。
「だって、断られる人の気持ちは分からないから」
「別に、嫌じゃなかったけど」
「そうですか。だから、ちょっと断ったくらいで離れる人は、友達じゃありません。もし断ったせいで、藍野さんの友達がぜーんぶいなくなっても、大丈夫です。あたしがいますから。言ったからには責任取りますよ!」
ふん、と鼻息を荒くしてそう言い切ると、優斗は大きく目を見開いて、ぷっと吹き出した。
「そっか……そうだよな」
「そうですよ」
「星名が、羨ましいよ」
「……!」
その言葉に、少しだけイラっときた。
「羨ましい? いやいや、やめてくださいよ。藍野さん、あたしの生活知ってるでしょ? 友達いないし、学校もまともに通ってないし。藍野さんの方がいいじゃないですか。友達に困ったことも、学校に行きたくなくなったこともないでしょ?」
熱を出して倒れてばかりの紫苑の何が羨ましいというのだろうか。
そう、冗談交じりで軽く言ったつもりだったのに。
優斗は、ピクリと眉を吊り上げて、重いため息をついた。
「そうだよな。星名には、もう分かんないか」
低い声。投げやりな口調。その中に、怒りが含まれていた。
その途端、氷の塊でも押し付けられたようにひやりとした。
小さな棘の束が、紫苑の心を撫でて、少しずつ削っていく。
紫苑にとっても、たった一言だった。だが、その一言で優斗の目が、暗く、鋭いものに変わる。
「俺、このあとバイトだから。もう行く」
素っ気なく言い捨て、立ち上がる優斗。
初めてこんなに鋭い感情を向けられた。
悲しみと恐怖が押し寄せてくる。
涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえた。
優斗はそのまま、紫苑に背を向け、階段を下りようとする。そして、くるりと振り返り、こう吐き捨てた。
「星名。星名はさ、青春。合わないんじゃないの?」
真正面から殴られたような気分がした。
追い求めた青春が合わないとはどういうことだろうか。
体力をつけさせようとしてくれたり、ファミレスに誘ってくれたり、今まで紫苑に青春が送れるように考えてくれたのではなかったのか。
涙が、膝の上で握った拳の上に落ちる。
よく笑う優斗の、心の影が見えたような気がした。
◇◇◇◇
(やっちまった……)
紫苑にきつい言葉を浴びせてしまった翌日。
高校へ登校中、優斗はミルクティー色の髪をくしゃくしゃとかき回した。
昨日は気が緩んでいたのだと思う。さわさわと揺れる緑の中で二人きり、心が穏やかになった拍子に口にしてしまった、「羨ましい」という言葉。
不登校の妹を見ていたから分かっていたはずだった。普通に学校へ行っている者から羨まれるのは屈辱以外の何物でもない。
試合で勝った者が敗者に、「羨ましい」と言っているのと同じこと。
『みんなだって学校嫌なのに、毎日休めていいね』
『楽できていいね』
不登校の当事者を見る誰もがそう思うだろう。
当然だ。
不登校の気持ちは、不登校にしか分からないから。理解しているつもりでも、本当のことは分かり合えない。
当事者にならなければ、一生分からない。
みんなとは残酷な言葉だ。
人は一人ひとり違う。身長だって体重だって、家族構成や好みでさえ人によって違うのに、全員で揃えようとし、「みんな」から外れたものを叩く。
優斗は不登校になったことこそないが、小学生のころのつらい過去は、まだ優斗の心を縛り付けている。
そこから学んで、中学、高校はできるだけ周りに合わせるようにした。
はみ出ないように、悪目立ちしないように、常に気を張っていればならなくなった。
だから、紫苑が羨ましかった。不登校という大勢から外れた経験。つまり、みんなが出来ていることができなくなったという自覚と経験からか、優斗が学校へ通う上でどうしても譲れない、「合わせる」ということをあえてしようとしない。
普通の高校生からは、少しずれた感覚が今の優斗にとって、一筋の救いのように思えた。
青春を求めてもがき、でも結局ずれてしまう紫苑が愛おしかった。ずれてもいいのだと、紫苑が体現してくれているような気がしていた。
普通、とは何だ、と毎日自問する。
誰が決めたものなのか。
多数派のことのような気もするし、常識のことのような気もする。
自分は普通だと思うことで安心し、普通、つまり多数派に合わせて作られているこの世の中では、時に楽なことでもある。でもそれが時に、数の暴力になることもある。
普通で全てを丸め込み、押さえつけることもできる。
優斗はすっかり考え込んでいて、気が付いたら、銀杏高校へ到着していた。
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