第5話 青春バリバリ謳歌野郎
銀杏高等学校は、十色市三校の中でもトップクラスで頭が良い。
校則自由、ピアスオーケー、ただし勉強は自分でちゃんとやれよ、そんな高校だと聞いたことがある。
紫苑の前にいる彼は見たところ、髪は染めているし、ピアスもつけている。
ということは、青春バリバリ謳歌野郎ということだろうか。
紫苑の顔は、どんどん青ざめる。
そんな人の前でクソとか喰らえとか、とんでもなく失礼なことを言ってしまったのかもしれない。
「ああ、あの……すみま、すみましぇん」
不味い。盛大に噛みまくって煽るような口調になってしまった。胸ぐら掴まれてどやされたら一瞬で気絶だ。
「あの、その今叫んだ言葉は、一個人としての意見であって、いやー青春っていいよね! っていう方々の思考を否定する気は全くありませんのでどうがお目こぼしをよろしくお願いします……?」
目を白黒させて言い訳する紫苑を見て、その男子は肩を震わせて笑い出す。
(何笑っとんじゃゴラァ! こっちは必死で弁解してんだろ!)
言えるわけがない紫苑の心の声は暴走中である。
固唾をのんで、男子の笑いが止まるのを見守っていると、男子は笑いながら口を開く。
「……いや、そこ気にするところか? 普通、なんで名前知ってるのかとか聞かね? ははっ……面白」
「……あたしはどうせ普通じゃないですよ」
普通じゃないと言われた苛立ちと、どうせ普通じゃないからという諦めが混ざったように肩を落とす紫苑。
笑われたことを不快に思ったと取ったのか、彼は一度笑うのをやめた。
「悪い。俺は藍野優斗。木犀中学の出身だから、君のことは知っていた」
木犀中学とは、紫苑が不登校を決め込んでいた中学校だ。
木犀町に引っ越してきてから、義務教育なので一応在籍していた学校。
ちなみに一度もまもとに登校したことがない。そんな幽霊生徒の紫苑をどうして知っているのだろうか。
「……同じクラスだったとか?」
紫苑の疑問を察したのか、優斗はかぶりを振った。
「いや。俺は一学年上。今高二」
なんと、先輩だった。敬語を使っておいてよかった。どやされるところだった。
紫苑はそんなことを考える。
では、なぜ一学年上の生徒が紫苑のことを知っていたのだろうか。
「立たないの?」
訊かれて、紫苑は初めて、パンダから転がり落ちたまま、地面に座ったままだと気づく。
パンパンとズボンについた砂を払って、パンダに座りなおすと、優斗と目が合った。優斗はまた笑いだす。
「ぷっ。ははは」
その屈託のない笑顔に、なぜか目を奪われた。
優斗はひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を拭いながら紫苑に尋ねた。
「はあ。面白かった。で? 何があった?」
「何って?」
「何やらメランコリーな表情だ」
「ふざけてるんですか」
どう見てもからかわれているような気がして、紫苑は優斗を睨む。
だが優斗は全くこたえていない様子で像から降り、数メートル先のブランコに座る。
優斗はブランコの上で地面を蹴る。ジャラリと鎖が鳴り、ブランコの振れ幅がどんどん大きくなる。
「星名は来ないの?」
優斗の声が、風に乗って紫苑の耳に届いた。
ブランコに乗って叫ぶ。
紫苑の脳内青春計画が思い出され、思わず紫苑はパンダを乗り捨て、優斗の隣のブランコに座った。
軽く足元の砂のザリザリした感覚を確かめて、恐る恐るこぎだす。五月の、少しだけぬるい風が混ざった空気を切るように、前後に揺れるブランコ。
このまま、モヤモヤした気持ちまで吹き飛んだらいいと思いながら。
しばらく無言でこぐ。
ブランコなんていつぶりに乗っただろうか。
紫苑が保育園のころ。まだ自分でこぎだす力がないとき、母親の紅里にブランコに座った状態で背中を押してもらったときのことを思いだす。
あのときも、紅里はスーツ姿だった。仕事で忙しかったけれど、よく公園には連れて行ってくれた。
最近は、紅里とゆっくり話す時間もない。
学校であった楽しかったこと、悲しかったこと。楽しかった記憶は今のところないが、それを含めて全部話したかった。
でも仕事から疲弊して帰ってくる母親に、マイナスな感情はぶつけたくなかった。
家に帰ったら、学校から早めに帰ってきてしまったことに対する、桃子のお小言が待っているのだろう。
紫苑の脳内青春計画。隣のブランコは友達のはずだった。でも今は紫苑の顔を見て笑うような男だ。
どこで紫苑は道を間違えたのだろうか。紫苑の思う高校生。「普通」の高校生。
毎日学校に通って、一日中勉強して、キツイ部活の練習を終えて家に帰ったら宿題をやって……。休日は、部活で汗を流すか、友達と遊びにいったりなんかするかもしれない。
対して、紫苑はどうだ。
学校がない日は家でレポートをやったり、桃子の手伝いをしたり。あとはアイドルの動画を眺めてニヤニヤしたり……休日も同様である。
どう見ても若者の生活ではない。体力や学力に雲泥の差があるし、そんな人たちと同じ土俵に立って受験したり働いたりできるとは到底思えなかった。
普通に学校へ行っている人たちよりも価値が低いのではないか……そう考えたことは一度や二度ではない。
ブランコに乗って嫌な気分が吹き飛ぶかと思いきや、ブランコと同じように、心が振り子のようにわさわさと揺れただけだった。
(こんなはずじゃあ、なかったのにな……)
このままじゃ何も変わらない。変えなければいけないのに。そう焦れば焦るほど、もがけばもがくほど、どんどん底なし沼にはまっていくような。
目頭が熱い。涙の粒が、ブランコが前に出たときに、パラパラと後ろに散った。
「……どした?」
紫苑の涙を見たのか、優斗がブランコを止める。つられて止まった紫苑は、膝の上で握りしめた手の甲に、大粒の涙を落とす。声は上げまいと、唇を強く噛んだ。
「あたし、不登校だったんです。今は通信通ってますけど。ブランコは……友達と乗るって決めてて。彼氏欲しいね、って叫ぶって決めてて……でも今はあたしと百八十度かけ離れた青春謳歌野郎にめっちゃ笑われて……。ほんと、クソ喰らえです……」
「えっと……俺、すげえ酷いこと言われてる気がするけど、合ってる?」
「合ってます合ってます……。それで、友達になりたいなって思った人には暴言吐かれて、学校の先生は病人にケチつけやがって……」
紫苑の暴走に、優斗の顔はだんだんと引きつっていく。
だが、紫苑はそれに気が付かない。
紫苑は感情の高ぶりから、顔をガバリと上げて、優斗に泣き顔をさらした。
「あの! あたしの青春計画はどうなってしまうんでしょうか⁉ 一生脳内に留めとけ馬鹿! って言うんでしょ⁉」
被害妄想が暴走を始め、思わず紫苑はブランコから立ち上がり、優斗の腕を掴んでいた。
掴んだ後、我に返る。
優斗との距離が限りなく近い。彼の長い睫毛の一本一本がはっきりと見えて、紫苑は赤面した。
「ごごごご、ごめんなさい!」
飛び上がるようにして距離を取った反動で、ブランコの周りを囲う柵に尻をぶつけた。
「痛った!」
コロコロと忙しく表情を変える紫苑に対して、そんな紫苑をにこやかに眺める優斗。
明らかな余裕の違いを見せつけられたような気がして、悔しくて紫苑は優斗を睨んだ。
それに全く堪える様子もなく、優斗はすっと真顔に戻ると、神妙な面持ちでこう言った。
「なあ。星名の考える青春って、ずれてないか?」
「はっ?」
一体この男は何を言い出すのだろうか。
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