『虚構ノ星』*
@altosandayo
『少年のような何かについて』*
「君は、君のこと、分かっているのかい。」
夏の空気が溶けだして溢れた夕立ちを背景にして、金色に熱く肌を刺す西日をスポットライトにして、強く胸を締めつけるような雨の匂いをBGMにして。
目の前の少年のような何かは、そう僕に問いた。
少し泪の混じったような少年の声が、ゆっくりと トタン屋根のバス停に広がって、響いていく。この恐ろしい程にありふれたなんの面白みも無い空間が、たった一人の少年の一声で不思議な程に知らないものになっていた。
「 」
ふと、答えようとしたんだ、その少年の問いに。でも何故か声帯が言うことを聞かなくて。僕が脳内で組み立てた答えは、その一瞬の間に夕立の背景に掻き消されてしまった。
それから 先程からこの目の前の何かを "少年" と呼んでいるけれど、この言葉は間違ったものだと思う。だってこんなに落ち着いた声で、こんなに不気味で、こんなに澄んだ瞳で、こんなに僕と変わらない普通の男子中学生なんて、知らないから。
別にガタイが言い訳でも凶器を持っている訳でも無いのに、その少年からは、どうしようもない恐れがあった。
「何なんだよ、お前は。」
やっと自分の声帯が本来の役目を果たしてくれたと思ったら、随分とまあ拍子抜けな、ありきたりな言葉が漏れ出てしまっていた。
でも今の僕はその少年が怖くて怖くて、心の内では何処か逃げ道を探していたのだろうから。相手の正体を知ることによってその恐怖心をおさめようとしていたのなら、その言葉は間違っていないのだろう。
「俺の事?」
その少年はそう言い放つと、 "いかにも少年らしい" キョトンとした顔で僕を見た。まるでそんな質問をされることなんて全く予測していなかったかのよう。それから少年はふふっと笑って、そんなことどうだって良いじゃないか、と言う。
その答えを聞いた時、僕は心底ふざけてると思ったんだ。だって目の前のあなたが誰かなんて、あなたにとっては大した問題ではないのだろうけど、僕にとってはとても重要なのだから。
そんなあなたに少し腹を立ててむっとしていると、次に少年はこう口を開いた。
「そんなに怖い顔をしてくれるなよ。じゃあ俺のことは "少年" とでも呼ぶと良い。ね、これなら君にも理解し得るだろう。」
目の前のあなたが自分に呼べと言った名は、なんたる偶然か、先程僕が心の内であなたを指し示していた言葉だった。でも同時に必然のようにも感じてしまって、少し気味悪くて、まるであなたが僕とは違う生き物であることを脳裏に刻み込まれていくように感じた。
"少年" 確かに目の前の何かにぴったりな単語だ。
あどけなさと、どうにも形容し難い不安定さと不気味さがよく似合う。
「さ、次は俺の問に答えておくれよ。」
そう聞かれ、最初にあなたが僕に言い放った、あのよく分からない質問の答えをなんとか捻り出そうとする。考えるのは苦手だ、答えなんて用意されたものだけで十分だろうに、わざわざ間違っているであろう考えを引き出すなんて意味が分からないから。
「よく分からない。」
よく分からない。僕のお粗末な脳ではそれ以上もそれ以下も出てくることは無くて。何処から湧いて出てきた感情すらも分からないけど、何故か少し悔しかったのだ。
「俺は、話すのが好きなんだ。今は分からない方が議論はもっと面白くなる。
君も今日は急ぎの用事なんて無いだろう。少し付き合っておくれ。」
確かに今日は用事なんて無い。本当ならここで何故それを知っているのかと相当気味が悪くなるものなのだろうが、この時の僕はまだそこまで頭が回っていなくて。唯、目の前の "少年" に魅入っていたんだ。
꙳☄︎⋆꙳
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