第53話騒動のあと

「わたしもききました」

「わたしもです」


 ジェフとクレアも言っている。


 しかし、当のノーラはわかっていない。


 おそらく、無意識の内だったのね。


 だけど、これから少しでも言葉が出てくる可能性がある。笑ったり怒ったり悲しんだりという感情は、ずいぶんと豊かになってきているし。


 そう考えるとうれしくなる。


「ノーラ、意識する必要なんてない。いまのままでも。言葉は、自然に取り戻せる。そうやって笑ってすごしている内にな」


 コリンが彼女の前に両膝を折り、頭をなでた。


 すると、ノーラはごく自然に笑顔になった。しかも、最高の笑顔に。


「アッシュフィールド公爵夫妻が、ノーラの後見人に決まった」

「ほんとうに? よかったわ」


 ヘンリーと顔を見合わせた。


「それから、彼女の身内はいろいろと余罪を立証されてきているので、有罪は確実だ。いずれにせよ、彼らはもう二度とノーラ自身と隣の屋敷には近づけない。ノーラ、屋敷は改築し、管理人を雇う。もちろん、日々の雑用をこなす使用人もな。つまり、屋敷の改築や整備が終ったら、きみはいつでも屋敷に戻ることが出来る。この前コリンが言った通り、屋敷に戻るのもここですごすのも、それはきみの自由だ」

「バーナード。コリンとわたしは、ノーラの後見人というだけであって養父母ではないのね?」

「ああ、当然だ。それでもいいかもしれないがね。だが、そうすると将来それがノーラ自身とだれかさんの枷になるかもしれないからね」


 なるほど。


「よかったわね、ヘンリー。いくら養女でも、兄妹ってことになったらなにかと面倒くさいことになるかもしれないから」

「ちょちょちょ、ちょっと、それどういう意味?」


 真っ赤な顔で慌てるヘンリーが可愛い。そして、やっぱりまだ子どもね。


「まあ、あくまでも書類上のこと。こうして接しているかぎりでは、親子といってもいいのではないか?」

「バーナード、あなたの言う通りよ」

「まぁノーラとだれかさんとでは、どっちが親かわからないがね」

「コリン、なによ?」


 なにやらつぶやいたコリンを睨みつけた。


「それにしても、本物の公爵は大丈夫なの? 勝手にいろいろなことをして」

「そこは気にするな。悪いことをしているわけではない。本人も笑って許してくれる。本物のアッシュフィールド公爵は、カッコよくて心がとてつもなく広い孤高の紳士だからな」

「どうしてクレイグがそんなことを言うの? どうして断言出来るわけ? しかも、まるで親友みたいな言い方をして。本人がきいたら気分を害するわ」

「やめないか、ミヨ」


 クレイグにツッコんだらバーナードに叱られてしまった。


「では、アッシュフィールド公爵家の今後のことだが、大分とそれらしくなってきたので、次なる任務をこなしてもらう。ある国へ行き、様子を探ってもらう。公爵は、元将軍で現在は軍事関係のコンサルタントだという設定になっている。その国で軍事関係のアドバイスをするのだが、将軍だけでなく家族ぐるみで行き、しばらくすごしてもらう。彼の地の様々なことを探る。これが、きみたち全員に課せられた任務だ」

「バーナード、ノーラは?」

「彼女が望むなら。だが、もしかすると危険な場面があるかもしれない」

「それって、もしかしてスパイ活動……」

「ミヨ、人聞きの悪いことを言うな。他国を訪れ見聞を広めるというのだ」


 また叱られた。


 それはともかく、ノーラもヘンリーも王立学園の受験資格を与えられている。学園には寮がある。入学まではここですごし、学園に入学して静かで平和に暮らした方がぜったいにいい。


 まだ子どもなんだし、バーナードのいう他国を訪れ見分を広めるなんてことはする必要はない。するにしても、もう少し大きくなってから正式に留学すればいい。


 もちろん、わたしはいっしょにいたいけれど。


 複雑な思いである。


 そんなことを考えていると、ノーラが手を握ってきた。


 なにかを伝えようと、唇が動いている。

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