第30話スイーツを食べすぎた者の末路

 クレイグが「作り手の為にも味わって食べなければ」と言っていたけれど、味わって食べたら逆に口から出てしまう。だから、出来るだけ無心になり、とにかく口の中に詰め込んだ。

 たいして噛まず、ひたすら飲みこむ。


 まるで飲み物を飲むように、ケーキを飲むようにして食べ続けた。


 少しでも油断すると逆流してしまう。何かを食べて胸がムカムカするなどという経験は、これが初めてかもしれない。


 こんなにつらく苦しいことなのね。


 飢えに苦しむのとは違う苦しみに耐えながら、ひたすら詰め込んだ。


 そして、お皿にのっていたケーキがすべてなくなった。


 コリンもクレイグもヘンリーもノーラも、ただ声もなくわたしを見ている。


 へへへっ! どうよ? わたしでもやるときはやるのよ。


 ちょっとだけ自分が誇らしい。


 でも、ちょっと待って……。


「レディ、レストルームは屋内右手です。吐いた後、これを飲みなさい」


 喉の奥から詰め込んだ物が溢れてきた瞬間、チャールズの横に立っている男性が近づいて来ていて、薬包を差し出していた。


 その顔に見覚えがあるけれど、吐き気をガマンするのに必死でそのときには思い出せなかった。


 コリンがついて行こうと言ってくれたけれど、その男性が付き添ってくれた。


 そうして、トイレに行って吐いた。


「顔を見たことのないパティシエさん、ごめんなさい」


 謝りつつ泣いた。


 吐瀉物と涙を出し尽くしてから、薬包を服用した。


 胸のあたりに爽やかさが広がり、ほんのわずか気分の悪さがおさまった。


 そして、レストルームを出て付き添ってくれた男性を見たとき、彼がドレス店でコリンと話をしていた頬に傷のある男性だということに気がついた。


 彼に大丈夫だということとお礼を言い、席へ戻った。


 席でぶちまけなくってよかった。


 男性に心から感謝せずにはいられない。


 席に戻ると、大ボスとコリンとクレイグがなにやら話をしている。


 もともと座っていた席に着席すると、ヘンリーが「大丈夫?」と小声で尋ねてきた。それから、ノーラはわたしの手を握ってきた。


「二人とも、心配してくれてありがとう。大丈夫よ」


 小声で答えると、二人とも安心したようだった。


「レディ、気を遣わせて悪かったな」


 突然、大ボス「マーダー・チャーリー」が謝ってきたのでドキリとした。


「い、いえ。わたしの方こそ、せっかくの好意をとんでもないことになってしまって」


 恐縮しきりである。


「それにしても、ケーキを腹一杯食った後にあれだけまた食ってしまうとはな。それは、吐きたくもなる。よく食えたものだ」

「ほんとうに申しわけありません」


 これでまた、わたしは自分の黒歴史を更新してしまった。


 あとでコリンになにを言われるか、と考えると憂鬱になる。


「ミヨ、おまえのことは知っているぞ」

「はい? あの……、知られるような何かとんでもないことをしでかしていましたか? ああ、たったいましでかしたことをのぞいてですが」


 なんてこと。大ボスがわたしのことを知っているなんて。


「ろくでなしのバイロンの姪っ子で、ろくでなし家族の借金返済の為に街で使い走りをしている。だろう? 健気だから、安全で簡単な使い走りを破格の賃金でやらせてやれ、と息のかかっている連中に命じていた」

「ああ……」


 それ一語しか出てこなかった。


 まさか悪の大元締めみずから、わたしの稼ぎのサポートをしてくれていただなんて。


 意外というよりかは、神の奇蹟だわ。


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