第28話


 さて、リリアナは今日も精勤している。

 暁星ぎょうせいの間。夜明けの星にちなんで名づけられた伝統と祝福の意を込めた大広間である。

 今まさに王太子妃主宰の晩餐会が開催され、祝辞の応酬が続いている。



 今日の王太子妃フィリーネは、気品あるローズピンクに金糸と珊瑚刺繍をふんだんに施した華やかな夜会ドレス。艶やかで落ち着きのあるシルク・モアレに太陽の神ソレインの祝福を象徴する円環と羽根をモチーフにした刺繍が大胆だ。デコルテは緩やかなハートカットを描き、肌に溶け込むような薄絹のチュールが重ねられて。そこには微細な金糸の蔦模様が繊細に刺繍され、珊瑚色のビーズがまるで朝露のように輝きを添える。照明の力と相まって顔周りを一段明るく演出するよう想定された、夜会用のドレス。

 正しく主役の装いである。


 王太子妃が微笑んで小さく頷くと、高く結い上げた夜会巻きから流れるようにひと房下ろされた繊細な巻き髪が、耳元から顎の輪郭を縁取ってふわりふわりとゆれる。祝辞の合間に隣の王太子と視線を交わらせて何か一言二言交わす折に、王太子がその巻き髪を人差し指でくるくると弄りながら顔を寄せる。仲睦まじい新婚の王太子夫妻に、会場は祝福の雰囲気で満ち溢れている。






 リリアナはアメリアと話し合ってから、フィリーネの印象が大きく変わっていた。


 以前は、ただただ奔放で自由な女性だと思っていた。だが、王太子の婚約者であった頃からフィリーネはリリアナにも壁を作らずに声をかけてくれたし、それは自分以外の局員に対してもそうだった。内廷局員と差をつけるような言動もなかった。

 自分は不自由をも甘受しながら、王室の一員として平等を心掛け、相手の意思を尊重しようとする姿勢の一貫している人物である。今でもやや過激な発言はあるが。


 これこれこういう予定です、と母とフェルナンデス公爵夫人と連れ立って王妃テオドラに謁見した際、フィリーネも同席していた。王妃もアメリアを長年みてきた経験から「それはよい心がけです」と前向きに返し、謁見自体は平和に終わった。ものの、その後に王太子妃主宰晩餐会の打ち合わせで内廷局との会合へ通う日々の中でリリアナは例の如くフィリーネの発言に大きく価値観を揺さぶられている。


「結婚式は好きにすればいいけれど、子どもは時期を合わせてくれないかしら?」

「殿下?」


 いつの間にやら人払いされていて二人きりになっている。


「なんて呑気な顔をしているのかしら、我が子の側近候補を出たとこ勝負で選べというの?貴族であればどこでもいいというわけではないのよ、ちゃんとやってくれるところじゃないと。」

「ご信頼いただけているのはありがたいのですが…子は授かり物といいますし、こればかりは」

「ちょっと考えてごらんなさい、もし同い年か一つ違いくらいで揃えることができれば、私達の子と一緒に家庭教育を受けさせたいの。バヤルスタンでは年を揃えるように準備するんでしょう?」

「へぁい?」

「なに呆けているの、ミリーだってセディルと同い年でしょう。」

「…ほんとだ!」

 フィリーネは心底呆れたという風に大袈裟に溜め息をつく。

「私だっていつ身籠るかは分からないけれど、できれば一人目は早めにと思っているの。だって若い方が産後が楽だって聞くから。でも一人目ってとにかく大人の中で育つでしょう。他の公爵家にも子どもは生まれているけれど、今から産んでも少し年が離れるし。」


 殿下にはそういう、心を許せるお相手がいたのですか、と聞きかけて。

 そしてリリアナは口を噤んだ。


 フィリーネは少し遠くを見る目で、リリアナに話しかけるようでも、自分に語りかけているようでもあった。

「近くにいて、一緒に楽しんだり、頑張ったりしてくれる子がいたらいいなと思うの。そりが合わなかったら、無理に友人でいなさいとは望まないんだけれど。でも小さいうちくらいは、ね。ずっと一人で、大人の中で暮らしていくのって、つまらないでしょう。」


 フィリーネの目には何が映っているのだろうと、リリアナは思いを馳せる。子を産まねばならない、国の存続のために。しかし子を産めば、その子には生まれた時から重荷がのしかかる。もしかしたらフィリーネも経験したかもしれない孤独を我が子に課すことになるのを、フィリーネ自身が最も危惧しているのかもしれない。


「…結婚式が、急いで蜜月開けのころですので、そのあとであれば」

「結婚式の準備はどう?」

「めぼしいプランナーを見つけまして、あちらもよい宣伝になるからというので、良いようにやってくれると思います。」

「それは華々しく催されそうな予感ね。」

「もう身を任せます。」

「仕事ができるほうがいいんでしょ、リリアナは。」

「そうですねぇ、正直すっきりしました。適材適所です。」

「私の支度にはあんなに活き活きとサンプルの説明をしていたのに。」


 フィリーネの言葉に、リリアナは苦笑いしかできなかった。

「仕事ならいいのですが、自分のことになるとだめで。」

「ふうん。」

 おもしろいわねぇと感想を述べて、フィリーネは優雅に紅茶を口に運んだ。





 金糸を編み込んだレースの上に、クリスタルのベースに華やかにほほ笑むピオニー・コーラルチャーム。桜色のアストランティアやジャスミンの蔓、白藤とスイートピーが脇を固めて、女神のブーケのように、これ以上ないというほどに華やかに、煌びやかに高くいけられている。ルミナシア・セレスティはもちろん候補の中にあったものの、王太子妃フィリーネの写真が出回ったことで一気に人気の花材となった。ハッピーウェディングの花として盛んに取引されるようになったことで供給が追い付かないということで、今回は見送ることになった。


 招待客の手には白葡萄の冷製スパークリングワイン。サンヴァルメリア王国南部の高原で採れた、香り高い品種の葡萄から作られている。あれと最後まで選定に迷ったのはローズエッセンスを加えた、淡いロゼのスパークリングだった。どちらもフィリーネの好みだったらしく、しかし甘味が決め手となってロゼのほうはデザートの際に提供されることになった。

 ウェルカムドリンク一つとっても、積極的に情報収集を行って資料を作成したり産地と連絡をとったり、たしかにリリアナは自分でも不思議なほどにやる気に満ちていた。これは何故なのだろう。

 今までの経験から、これが産地を潤し、国内産業へ寄与するだろうと思えたからだろうか。おそらくそれはとても大きな動機である。

 それとは別に、もう一つ。リリアナはなんとなく、自分を自分で見つめる。


(人のお世話をするのが、好きなのよね。)


 誰かが喜んでいるのを見るのが嬉しい。

 誰かの役にたてたと感じると嬉しい。

 『自分のために』よりも『誰かのために』のほうが自分は頑張れる性分なのだろう。リリアナはそう、自己分析をした。


『おもしろいわねぇ。』

 フィリーネの一言は全くその通りだと、リリアナはおかしくなって口角が自然と上がった。






 さて、大盛況のうちに晩餐会も終了し、一連の公式行事を締めくくる戴冠補儀の支度が始まるまで、数日の有閑が訪れた。

 季節は春。窓の外には柳の新芽が揺れている。

 間もなくリリアナがミリーと出席した学園の卒業記念舞踏会から一年が経つ。リリアナにとって、今までの人生でもっとも時の流れを早く感じた一年であった。


 のんびりと報告書を作成中のリリアナに、オスカーが「ちょっといいかい」と声を掛ける。てっきり戴冠補儀の相談かと思って気軽に返事をすると、思いのほかオスカーが気を遣いながら別の部署まで一緒にきてくれという。

 なんだろう?と首を傾げながら、リリアナはオスカーに続いて総務局人事課の課長室へと入っていった。

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