子爵令嬢リリアナの就職活動記録

星のえる

子爵令嬢リリアナの就職活動記録

第1話 不採用通知

 子爵令嬢リリアナ・エルフィンは、今日も一通の手紙を睨みつけていた。

 封蝋には王都魔法産業連盟の紋章。内容は、いつもと同じ。


「誠に遺憾ながら……不採用、ですって」


 息をつき、手紙をそっと机の上に置いた。

 これで何通目だろう。なぜか面接までは進めても最終的にはお断りされるのだ。


 筆記は満点、実技も上々、面接では「しっかり者でお優しい方ですね」とさえ言われた。それでも、不採用。どうしてかって?


(考えたくないけど、“元伯爵家の娘”だからね。)


 エルフィン家は、かつては由緒正しき伯爵家だった。しかし数年前、父ギルベルトの名が国庫不正流用事件の関係者として連行されてから家の状況は一変した。爵位は子爵へと降格、父は禁錮、母は謹慎処分を受けた。名誉は地に落ち、縁談話なんて来るはずもなく。

学友たちはもともと顔見知りの貴族ばかりだし、虐めてくるような性格の子もいないので私の生活はいたって平和なのだけれど、それがまた家族への思慕を募らせる。父は、母は、兄は。皆無事だろうか。獄中で、ひどい目にあっていないだろうか。しばらくは眠れない日々が続いた。


『家のことは何も心配しなくていい。リリアナは学生生活を楽しみなさい。』


 母から、たったこれだけの手紙を受け取った時、リリアナはまだ学院に入学して間もない一年生だった。学院の休暇中に実家へ帰ろうとしたリリアナだったが、母から学院の休暇期間向けプログラムに参加するように言われてしまった。それではと知らせを送らずに冬期休暇でこっそり帰ると、なんと家には母も兄も居なかった。使用人たちは私の姿をみつけて仰天した。二晩滞在したけれど我が家の状況が不安で、学院に戻ってからリリアナはまたしばらく落ち込んだ。それ以来、帰省もせずに勉学に励んできたというわけだ。


 悩みぬいた末、リリアナは家のために働こうと決めた。母から手紙を受け取ったあの日、リリアナは決意したのだ、自分が実家を支えるのだと。貴族子女といえど、今時働きに出るのはごく一般的だ。事業を自ら所有している貴族もいるし、医療院や神殿にも職はある。何が得意というわけではないけれど、魔法も礼儀作法も歴史も、学院で真面目に学んできた。働けるはず、私にも需要はあるはず。リリアナは自分にそう言い聞かせて日々いそしんだ。

 けれど、なかなか現実は厳しい。


 

「クリーム、リリアナ。」


 王立魔法学院の庭園は薔薇が咲き誇り、噴水の水音が優しく耳を打つ。学生たちの憩いの場だ。

 満面の笑みをこちらに向けるのは、伯爵令嬢ミリセント・フェルナンデス。愛称ミリー。栗色の髪をふわりと揺らし、優雅にミルクティを味わっている。


「ミリー、私は落ち込んでいるの。」

「じゃあ落ち込んでるリリアナに、特別サービスでクリーム挟んであげる。リリアナの大好物のクロテッドとカスタードを半々、ラズベリーとクランベリー。」

「ありがとうぅ~」


 ミリーはクリームたっぷりのスコーンを渡すついでとばかりにリリアナの手をとり、するすると指先を撫でる。



「ちょっ…もうっ。ミリー、こんな人目の多いところで、だめよ。」

「じゃあ私のお部屋くる?」


 以前ピクニックの後で疲れていた時に、女同士だからいいよねといってミリーとベッドで一緒に午睡したことがある。それが、いつの間にか抱きつかれて首筋を嗅がれ、腰を撫でられ…

 同性相手に貞操の危機を感じ、慌ててミリーを引き剥がしたのだった。

「部屋なんか行きません。」

「リリアナもいいって言ったよ?」

「それは、拡大解釈というものよ…」


 まるで恋人同士のように隣り合って、リリアナの手を取ってぴったりと席をくっつけている。こういう距離の詰め方をしてくるのがミリーの“平常運転”だ。誰にでもではなく、リリアナ限定なのがまた厄介である。周囲は「仲睦まじいお二人ね」なんて微笑ましく見守っている。


 とはいえ、ミリーは一緒にいて楽しい存在だ。懐っこくて、自由奔放。落ち込んでいる時にはミリーがいつもそばに寄り添ってきてくれた。愚痴るだけ愚痴った後は、ミリーが笑い飛ばしてくれるおかげで気持ちも軽くなる。


「また不採用だったの?」

「……うん。今朝届いた」


「リリアナ、落ち込むことないよ。リリアナが優秀なのは私が一番よく知ってるんだから。」


ミリーはむっとしたように口を尖らせた。


「ねえ、うちに来ればいいよ」


「……え?」

「うち。わたしの家。実家が事業やってるからさ。待遇は、そうね、無期限正規雇用有給年100日で年収はこのくらい?」


 と、ミリーは指を三本立ててみせた。三本、つまり──


「三百万?」

「三千万!」

「は?!」

「わたしのリリアナ、もっといくらでもおねだりして?」


「ふふ、何言ってるのよ、ミリー…ありがとう。」

 リリアナはミリーが慰めてくれているのだと解釈した。ミリーは至って真面目に続ける。

「ねえ、本当に考えておいて。リリアナは経営学も政治学も数学も得意でしょ。マナーも完璧だし、なんでも任せられるわ。それに…リリアナと離れ離れになるなんて、考えたくない。ね、返事はいつでもいいから。」


「ふふ、分かった分かった。」


 リリアナは目を細めて笑った。ミリーの提案はとんだ冗談だけれど、その優しさに救われた。


 舞踏会──王立魔法学院の卒業記念舞踏会は、生徒にとっては“初めての社交場”でもある。誰と入場するか、誰とファーストダンスを踊るかは自由なのだけれど、恋人同士や仲の良い同性同士で誘い合うのはよく聞く話だ。


 もちろん、今のリリアナには舞踏会の準備は負担だ。

(舞踏会…お小遣いでドレスは買ったけど、アクセサリーがまだなのよね…)

 就職活動で頭がいっぱいで、舞踏会の準備にはなかなか身が入らない。リリアナが嘆息したのを見て、ミリーは上目遣いで尋ねる。


「ねえリリアナ、ネックレスのこと覚えてるよね?」

「余ってるから、って話?でも借りるなんて、悪いわ。高価なものなのに」

「いいの、リリアナが身につけてくれたら嬉しいから!」

「もう…おうちの方が承諾しないわよ」

「うちの親?もうオッケーもらってるけど?」

「えっほんとうに?」

「ついでにリリアナをフェルナンデス家に迎える話も承諾済み。」

「もう、全部冗談なのね」

「ほんとだもん!」


 ミリーがぷんすか怒る。リリアナは思わず笑った。

「ネックレスは、本当に貸してもらえると助かるわ。イミテーションを買おうかと思っていたの。」

「どんなネックレスでもリリアナならサマになるだろうけど。でも今回は私のリリアナをとびきり素敵に演出したいから。だから任せて、ね?」

「うん。嬉しい。」


 ミリーは満面の笑みでリリアナの手を引き、甲にキスをした。本来ならば婚約者同士のやりとりではあるものの女生徒同士なのでじゃれ合っているように周囲から見られているくらいだが、リリアナはやはり少し恥ずかしい。やめてよ、と慌てるリリアナに、ミリーは更に上機嫌になるのだった。

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