第20話 亀を助けた青年vs.魔女乙姫

 モモクレスとカリンが竜宮城周りの海流に手こずっている頃、すでに浜辺のガラス亀と青年は竜宮城内に到着していた。


 巨大ウツボの玄関を通った青年は、ガラス亀に乗せられたまま城へ入り、吹き抜けをショートカットして最上階の広間まで通された。円形の広間の周囲は壁ではなく、天井まである巨大水槽で囲まれており、その中では多くの魚が泳ぎまわっている。


 彼を海水から守っていたガラスのバリアが消え、青年は地面に降りる。海の中でもこの空間には空気があると一安心しながら、出迎えてくれた一人の女性と目を合わせる。まず声をかけたのは女の方だ。


 「よくぞいらっしゃいました。私はこの城の主の乙姫というものです。どうやら浜辺で亀を助けてくれたようですね。ぜひそのお礼をさせてください」


 乙姫と名乗る女性は、エメラルドグリーンの着物を着て、髪を頭の上で2つの輪にして結んでいる。そして水のような羽衣が背中にプカプカと浮かんでいるという風変わりな容姿をしていた。


 亀は乙姫に人撫でされると、広間の扉を出て今来た道を戻っていく。そしてひとりでに扉が閉じた。この大きな広間に青年と乙姫の2人になってしまった。


 青年と乙姫の間には大きなテーブルがあり、その上には多種多様な魚料理が皿に乗って運ばれてくる。運んでいるのも魚だ。空気中を泳ぐ魚が胴体の上に皿を乗せて給仕をしている。なんとも異様な光景。薄気味悪ささえ覚える。


 さらには給仕だけでなく、青年の周りを群れを成して優雅に舞い泳ぐ魚たちもいる。不思議な状況だ。どれも青年をもてなすためのものだ。


 しかし青年は一向に言葉を発さず、席につこうともしない。ただ目だけを動かして周囲の状況を伺っている。2人の間にはただ魚が料理を机に乗せる音だけが響く。


 痺れを切らした乙姫が再び口を開いた。


 「緊張されているのですか。さあ遠慮なさらずに、どうぞおかけになってくださ…」


 言い終えるより先に、浦島が目の前のテーブルを蹴り飛ばした。勢いよく飛ばされたテーブルは乙姫にぶつかりそうになるが、彼女は片腕でこれをいなして、自分の後方へ受け流す。料理がちらばり、テーブルは砕ける。魚たちは慌てて散っていった。


 ようやく青年が口を開く。


 「腹の探り合いは不要だ、海の魔女よ。俺の名はトキウラ・シマタロウ。お前に連れ去られた人々を、妹を取り返しにきた!」


 トキウラが魔女に指を向けて啖呵を切る。これを真顔で受け取った魔女の口元がみるみる歪んでいく。


 「なんだよぉ~。じゃあまどろっこしく猫を被る必要はないわけだ」


 魔女が魔力を展開し、臨戦態勢に入る。肌に突き刺さるようなオーラがトキウラの元まで届く。


 だが彼はこれに一切屈せず、自身も魔力を解放した。そして持参していた釣り竿から、刀を引き抜き魔女に突撃する。


 「仕込み杖…いや、仕込み竿といったところか」


 トキウラの刀が乙姫の首元まで迫る。だが魔女が刀の方へ手を向けると、突如そこから大きなタイが現れた。普通のタイではないらしく、その固い鱗に刀が弾かれる。


 「魚を出す能力か!?」


 「さあ、どうだろうね」


 乙姫はもう片方の手をトキウラの方へ向けると、今度はそこから20匹ほどのピラニアが現れて彼に襲い掛かる。


 青年はなんとか刀でこれを迎撃するが、うち漏らした1匹に腕をかまれて、そのまま大きく後ろに後退した。ピラニアを握りつぶして捨て、腕の傷口を確認する。魔力で防御したはずなのに、しっかりと歯型を残されて血が流れ出てきている。やはりただの魚ではないと彼は再認識した。


 「そんな実力で私に挑みに来たのか。おろかな猿め」


 「まだこれからだ」


 トキウラは左手に握っている釣り竿、つまり仕込み竿の刀の鞘だったものの先端をくるくると回しだした。巻きついていた釣り糸がほどけていく。正確には糸ではなく、細い鎖だが。


 鞘を振るってこの鎖の先端をヒョイと自分の背中に回り込ませると、彼の背中に背負っていた小さな金属の錨と釣り針が接続した。


 彼が竿を振るうと、錨付きの鎖が魔女に襲い掛かる。


 魔女は余裕を持って横に跳んで回避した。


 「危ない危ない。変則的な二刀流か。面白い」


 トキウラはこの右手に刀、左手に釣り竿型モーニングスターを持って戦う。モモクレスの団子やカリンのシャボン玉のような特殊能力は持たず、ただこれらの武器に魔力を込めて攻めるだけだ。


 地味なようだが、相手してみるとこれがかなり恐ろしい。団子もシャボンも彼の圧倒的な物理攻撃の前では意味をなさないかもしれない。これは乙姫の未知の能力にも同じことが言える。


 (手の平から魚を出した乙姫は、おそらくは搦め手タイプの魔術師。式神と思しき亀もまた出払っている今、奴にとって俺の攻め偏重の戦い方はかなり厄介なはず。勝機はある)


 トキウラはそう考えた。そしてこの二刀流で再び攻め始める。


 「この建物に入ってから1人も人間を見なかった!それどこから気配も感じない。一体どこにやったぁ!」


 トキウラは怒り叫んだ。


 「さあどこだろうね。最近ここに侵入してきた国家魔術師も同じことを聞いてきた。そんなに他の人間のことが気になるもんかね。まあお前もあいつと同じように、軽くひねってやるよ」


 「国家魔術師…ったく。使い物にならん連中だな」


 彼がそう吐き捨てるのも無理はない。


 先日彼が漁から帰ってくると村人が消えていた。もちろん彼の妹も。


 そして彼は自分の足で周囲の村などを回って調査したところ、人々を誘拐する山姥を見つけた。そいつを軽く制圧して人々を解放する。彼はその人たちからの礼も受け取らずに、この山姥狩りを繰り返した。


 その結果、この人が攫われる事件の規模の大きさと、山姥たちがマツハマ村に人を集めていることに気が付いた。規模の大きさからおそらく魔女が関わっていることもここで察していた。


 マツハマ村の近くで一人泣いていた少年を保護し、家族が亀に連れ去られたという情報を聞く。


 そして先ほど亀に襲われていた女性と少年を逃がし、自分が亀に連れられてここまで来た、というのがここまでの彼の顛末だ。


 つまり彼は国家魔術師の力を一切借りず、己の力だけでここまで辿り着いたのである。そんな彼が国家魔術師を非難するのは当然だろう。


 彼の妹には左目の横に古い切り傷がある。解放した人々にその特徴を聞いたが、誰も心当たりはないようだった。すでに亀によって海の城に連れ去られたと考えるのが自然だろう。しかし城に来ても、妹どころか人っ子一人見当たらない。


 本来は魔女と戦うつもりはなく、妹だけでも助けて逃げるつもりだったが、その作戦が失敗に終わった。故に今彼は、妹の居場所を聞き出すために、無謀ともいえるこの戦いに身を投じているのだ。


 トキウラは魚の猛攻を掻い潜り、何度か乙姫の目の前まで近づくことができたが、そのいずれの攻めでも乙姫に一太刀浴びせることはできなかった。出現した魚は飛び出て終わりでなく、空を飛んでトキウラの背後を脅かしてくることもあった。徐々に彼の体に傷が増えてくる。


 だが収穫もあった。何度も至近距離から魔女を見たことで、彼女の能力の一端を理解した。


 「お前の能力が見えたぞ。その水の羽衣に大量の魚の卵が入っているのが見えた。それを孵化して飛ばすのがお前の能力だ」


 「ほう…それに気づいたのはお前が初めてだ。だがだからといって何が変わるでもない」


 その通りだ。手の平から出るにしても、卵から出るにしても、トキウラが取れる戦法は攻め続けることのみ。


 しかし能力がバレたことによる動揺か、乙姫の攻めが一瞬は怯んだ。この隙をトキウラは見逃さない。


 一気に間合いを詰めて魔女の首を狙う。


 魔女はとっさに1匹の魚を放った。だがトキウラはこの鱗の切り方ももう学習した。これを切り伏せながら、乙姫の首を狙う算段だ。


 だがここでトキウラはあることに気づいてしまった。いや、気づけた。


 魔女が今放った魚は小さめのカジキだった。それ自体は問題はなく、彼が気になったのは、そのカジキの左目の横には古い傷跡が刻まれていたことだ。


 「ナギサ…」


 トキウラの思考が止まり、切っ先が鈍る。そしてそのまま彼の肩はカジキの角のようにとがった上あごに貫かれてしまった。”纏い”で守れば貫かれることはなかったかもしれないが、彼は自分の直感から最悪の事態を想定し、このカジキを傷つけまいと”纏い”を使えなかった。


 トキウラは肩からカジキを引っこ抜くと、そっと地面に置いた。

 膝をつくトキウラを魔女がニヤニヤと見下ろす。


 「おやおや、知り合いだったかな?」


 「貴様…まさか!」


 魔女は両の手を広げて、勝ち誇ったように言い放つ。


 「そう。察しの通り、私の魔術”不快な未熟者ディープ・ブルー”は

人間を海洋生物に退化させる。ここいら一帯にいる魚は全て元は人間だったのさ」


 魔女の恐ろしい能力に戦慄し、トキウラから血の気が引いていく。

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