第18話 津波

 カリンが指笛を吹くとどこからか鳩が飛んできた。その首につけられた筒から紙を取り出すと、彼女はそれに何かを書いて再び筒の中に戻し、鳩はどこかへ飛んでいった。


 「今のは?」


 「国家魔術師団の本部に連絡を出したんだよ。やっぱり魔女がいるっぽいから応援を寄こしてって」


 「応援が来るまで待つの?」


 「それが悩みどころなんだよね。亀に連れていかれた青年のことも、先に来ているはずのクロガネのことも気がかりだし。でも万全を期した方がいい気もする。かといって待ったところで来れるメンバーがいるかも微妙なところ。魔女の脅威は他にもあるわけだし…」


 「結局どっちなのそれは」


 カリンからはどっちつかずの返答しかない。それほどに判断に困る状況ということなのだろう。


 「俺は突入した方がいいと思うけど。クロガネって人がまだ魔女の元で奮闘している可能性だってあるわけだし。ちなみに海中を潜った亀を追いかけれるの前提で話が進んでるけど、カリンの能力って潜水もできるの」


 「もっちろん。何百人でも一斉に入れれちゃうサイズのシャボン玉だって出せるよ」


 「頼りになるねぇ」


 海中での調査や追跡もカリンの能力があれば現実的なわけか。俺が魚を操作して亀の痕跡を辿ればいいだろうし。


 「じゃあとりあえず海の中を見てみるってのは…」


 俺が今後の作戦を提案しようとしたこの時、突如として海に異変が起きた。沖の方で波が発生し、それが大きくなりながらこちらへ近づいてきている。


 「なんか高波が来てるけど。これまずいんじゃないの」


 「まずいね。逃げるよ!」


 カリンが村の崖の方へ駆け出し、俺も犬に乗ってその後を追う。俺は犬の上で体を後ろ向きに変え、高波の様子を観察する。


 高さは10メートル以上はあるその異常な波に何やら違和感がある。海水だけでなく、小さな物体がいくつも紛れている。


 「あれは…魚?」


 波はそれ単体だけでなく、波を埋め尽くすほどの魚がその波に乗って泳いでいた。


 「まさか魚があの波を発生させてるのか?」


 「魚が!?そんな馬鹿な」


 俺たちは崖上まで逃れることに成功した。俺と違い自分で走ったカリンは少しだけ息切れをしている。


 「フゥ、危なかったね。これは波じゃなくて津波だ。村の下層が沈んじゃったよ。海に出ていたら死んでいたかもね」


 波は崖にぶつかった後に引いていかず、そのまま海面が上昇して冠水した。波の中にいた魚たちは自由に海面を泳ぎ回っている。


 ここで俺はカリンにある予想を伝える。


 「たぶんこの津波は魔女の仕業なんじゃないかな」


 「魔女が!?いやでもたしかに、昔魔女が旧王都を津波で沈めたって話は聞いたことがある」


 それは俺も2年前にお爺さんから聞いたことがある。だが俺にはその話だけでなく、これが魔女の仕業だと確信できる理由がある。それは俺がこの世界に転生する前に、日本で読んだことのある物語。


 「たぶん魔女の名前は乙姫。彼女が魚を操る能力なんじゃないかな」


 「なんでそこまで分かるのさ」


 「昔読んだ物語で聞いたことがある。いじめられている亀を助けた青年が、亀に連れられて海底にある竜宮城ってところに招かれる。そしてそこには乙姫っていう女性がいるんだ。そしてそこではタイやヒラメを始めとする魚が労働している」


 「じゃあ今の状況はその物語に酷似してるんだ。私は見たことも聞いたこともないけど」


 「ここら辺じゃあんまり有名じゃないかもね」


 こぶとり翁と戦った時から、いや今思えばチカラが3枚のお札という能力を使っていた時から、なんなら桃から生まれた俺自体が、元の世界の童話をモチーフにした存在になっている。


 これは偶然なのか、はたまた何者かが仕組んだことなのかは分からない。後者だとしたら魔女と呼ばれる者たちの仕業だろうか。いずれにしても、これからの戦いでは俺の童話の知識が生きてくるかもしれない。


 「たしかにこれだけの魚を操れるのは脅威だね。モモの上位互換みたいだし」


 「あともしかしたら老化の煙を出してくるかもしれない」


 「なにそれ怖い!お婆さんになっちゃうってこと」


 童話の知識があれば対策が取れる。さっき戦ったカニ使いも、臼や栗を動かしていたから、もしかしたら猿蟹合戦がモチーフの人間だったのかもしれない。カリンの足を引っ張ってばかりだと思ったが、俺にも活躍するチャンスはまだまだありそうだ。


 カリンが真面目な表情をして話し出す。


 「この津波が魔女のせいなら、やっぱりすぐにその竜宮城とやらに突入した方が良さそうだね。20年前に津波によって王都が沈んだ。これと同じことをまた起こそうとしていて、この津波はその前段階なのかもしれない」


 「たしかに。魔女が何かを計画してる今なら隙もありそうだし」


 俺たちは来るか分からない援軍は待たずに2人で突入する決心をした。

 しかしまだここには問題がある。


 「それでこの荒ぶる魚の群れは、モモの知識でどうにかできないの」


 俺たちの眼前の海では魚が四方八方に泳ぎ、トビウオのように空に飛びまくっている。まるで俺たちが海に入るのを拒絶しているかのように。中にはサメなんかも混ざっており、今海に入るのは大変危険そうだ。なんなら陸にいても、水中で助走をつけた魚たちが俺たち目掛けて飛んでくる。ガッツリ殺意がある感じだ。全て犬がはたき落とすなり、噛みつくなりして迎撃してくれている。


 カリンは俺にこれだけの魚をどうにかしろと言う訳か。


 「無理だね。こんなの俺が知っている話にはない展開だし」


 「幸先悪いね」


 そもそもこの物語の主人公は亀に連れ去られる浦島太郎だし、それはさっきの青年に当たるだろう。俺たちはシャボンで侵入する非関係者。もうそこから原作と異なっている。


 それに俺の能力でこの量の魚全てを操作するのは無理だ。途中でエネルギーが切れてしまうだろう。


 カリンのシャボン玉で海に入っても、これでは鮫に襲われて喰われるのがオチだろうし、どうしようかな。


 「ん?あれは…」


 動き回る魚の群れの奥に、1匹の巨大ジンベエザメがいる。体長20メートルほどの群を抜いて大きなその魚だけ、泳がずにじっとこちらを見ている。カリンもそれに気づいた。


 「あれ?あの鮫だけ他のとちょっと違うね」


 「気になるな。それに強そうだし、あいつに案内させよっと」


 俺はそのジンベエザメに向かって黄団子シハイを撃つと、パクっと食べてくれて操作が可能になった。


 ジンベエザメがサメたち他の魚を蹴散らしかき分けながら俺たちの元へ寄ってきた。


 「やった!こんな大きな鮫がいるなら、この海でも渡って行けるね」


 「じゃあ魔女の居城の真上まで運んでくれ!」


 俺たちを背に乗せたジンベエザメが、俺の指示に従って真っすぐ沖へ進みだす。この鮫の背に乗っていると、他の魚から襲われることもなかった。


 「俺の指示を聞いてちゃんと動き出したってことは、こいつはちゃんと魔女の居場所を理解してるわけか」


 「ちょうどいい子がいてよかったね」


 カリンがシャボンで潜水すると言い出した時から、亀の追跡を魚に命じるつもりだったが、案内だけでなくボディガードまでできる鮫が見つかるとは幸運だった。


 「しかし犬も飛び乗ってついてきたけど、こいつも海底につれていくのか…」


 俺は後ろでお座りをしている犬を見ながら考える。俺が勝手に操作している犬を海底に、しかも魔女がいると思われる地まで連れて行くのは無責任すぎる気がした。カリンがこれに意見する。


 「可哀そうなのは分かるけど、海底に操作できる動物がいなかったら困るし、連れていける戦力は少しでも多い方がいいでしょ」


 犬が肯定するように「ワン!」と吠える。

 そういえばこいつは、魔女の手下のこぶとり翁、その手下の山姥の触手に松明をくくりつけられて苦しめられていたんだったな。こいつ自身にも魔女との因縁はあるわけだし、協力してもらうことにしよう。


 「そうか。じゃあよろしくな。でも無理はするなよ」


 ジンベエザメは物凄いスピードで海を進んだ後、突然泳ぐのを止めた。


 「目的地に着いたか。この下に竜宮城があると」


 「じゃあ今度は私の出番だね」 


 カリンは楕円形の大きめのシャボンを生成し海上へ浮かべる。乗用車くらいのサイズだ。人間2人と犬1匹は入れるだろうが、これで酸素は足りるのだろうか。まさか想定していないってことはないよな。俺は心配になって聞いてみる。


 「これで酸素足りるの」


 「水中から酸素を取り込んで、いい感じにしてくれるからそこは大丈夫」


 「そんな大雑把でいいの。なんか心配なんですけど」


 自信ありげに腕を腰に当てているので、たぶん大丈夫なんだろう。そう信じよう。

 酸素を海水から取り込めるなら、シャボン内の二酸化炭素も外に出してくれるはずだ。きっとそうだ。


 俺たちはジンベエザメの背中からシャボン玉に飛び入ると、海底に向かって沈みだす。その前にジンベエザメには護衛の指示を出すのも忘れない。


 「ちゃんと沈むんもんなんだ。浮力とかありそうだけど」


 「シャボンを自由自在に操るのが私の”流泡遊戯”の能力だからね。浮かぶも沈むも思うがままだよ」


 シャボンを襲おうと魚が群がってくるが、それはシャボンの周りを旋回するジンベエザメによって防がれている。ジンベエザメが漏らした魚は俺が黒団子ダンガンで迎撃する。俺の団子は水には弱いので、カリンのシャボンでコーティングしてもらってから撃つ。


 こうして沈んでいると少し離れたところの海水がキラキラと煌めていることに気づいた。


 「あれも魚か。しかも鱗がガラスでできてる」


 「その反射で海上の光を下に運んでるわけだね」


 このガラス魚の群れの遥か下に、巨大なガラスの箱が、これまた巨大なクラゲに支えられて海中に浮かんでいた。そしてその中には赤い城が入っている。


 「あれが竜宮城だな」


 「魔女の居城…」


 赤く美しい、和風な屋敷といった見た目だ。ガラスの魚がもたらす光を浴びていることで、神秘さが際立っており、俺たちはその美しさに息をのむ。

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