第2話 失せ物探し

 風に誘われるまま都会を離れ、遠くへ移動する。

 あまりあの場所には居たくなかった。ほんの少しだけ物悲しい気持ちになるから。


 羽を休めるために降り立ったのは、閑静な住宅街。そういえば「閑静な住宅街」という言葉も使われ過ぎてありがたみが無くなったなと思う。昔は高級住宅街を指す言葉だと認識していたのだが、俺の認識が間違っていただろうか? 元々こういうものだったと言われてしまえば、そんな気もしてしまう。

 まあ、どうでもいいことである。


 

 木の上から辺りを見回していると、庭で何かを探すような仕草をしている老婆を見つけた。なんとなく気になるので近づいてみると「困ったわ……」とブツブツを呟きながら、地を這うように移動している。


『ご老人。何かお探しで?』


 こちらからの呼びかけに驚いた彼女は、サッと顔を上げると辺りを見回した。

 顔を見ると、比較的整った顔立ちに丸い眼鏡。短めに整えられた波打つ髪は、自然な白髪と合わせて上品さを醸し出していた。


「気のせいかしら……」


 口もとに手を当てながらそう呟くと、また下を向きながらキョロキョロと視線を彷徨わせる。


 比較的大きな家と庭。そこの住人と思われる者が必死になって探す物。興味がわいてきたので、姿を見せて話を聞いてみることにした。


『これで見えるか?』


「まあ!?」


 再度の呼びかけに反応し、こちらを見た老婆は「うわぁ!?」でも「きゃー!?」でもない言葉を発した。

 驚いて目を丸くしたその表情を見て、チチチッと声を出し笑ってしまった。口が半開きなのも仕方ないだろう。これで尻もちでもついていれば、リアクションとして満点に近い点数を与えているところだ。


『で、先ほどの質問だ。何をお探しで?』


 突然のことに動揺しているようだ。俺が人間であった時、同じような状況になっていれば、目の前の彼女以上に驚いていただろうと思われる。

 なので気持ちは理解できるし、あちらからの返事を黙って待つことにする。


 少しして漸く落ち着いたのか、彼女は口を開いてくれた。


「あなたが話しているのよね? 私夢でも見ているのかしら……。それとも、お迎えがやって来たの?」


『生憎と俺は死神ではないのでお迎えではないな。だが俺は悪魔だ。探してほしい物があるのなら、見つけてやることもできる』


「悪魔……。ずいぶんと可愛らしい悪魔さんだこと」


 微笑みながらこんな言葉を返されてしまった。死んだあと悪魔となった俺よりも、おそらく彼女の方が年上。甘んじてこの言葉を受け止めよう。

 それにしても何となくわかってはいたがやはりこの姿、悪魔としての威厳が足りないようだ。「可愛らしい」と表現されるほどに……。

 自ら選べていたらよかったのだが、与えられたものなので我慢するしかない。


『どうする? 別に対価は必要ないし、それに願わずとも良い。ただ純粋に何を探しているのか気になっただけだからな』


 この問いかけに、ほんの少しだけ悩む素振りを見せた後、彼女はこう口にした。


「どうせ老い先短いのだし、悪魔さんにお願いしてしまおうかしらね。見つからずに心残りのまま死んでしまう方が悲しいわ」


『その方がいいだろうな』


 俺と彼女。お互いの意見は一致した。



 失せ物はありきたりだが、亡くなった旦那に貰った指輪なのだとか。どうやら加齢により細くなった指にサイズが合わなくなって抜けてしまったようだ。リサイズということも考えはしたようだが、やはり少しでも何かが変わってしまうというのは気持ち的に受け入れられなかったと話してくれた。ただ「こんなことになるなら、サイズを調整してもらえばよかったわね」とも語った。


 願い事自体は単純なもの。感覚に導かれるまま進むだけ。簡単なお仕事。

 移動を開始すると、まず庭に出るための窓ガラスへと辿り着く。後ろからついてきた老婆に窓ガラスを開けてもらい、建物内へと侵入する。本来、開けてもらう必要はないのだが、これも雰囲気というもの。久しぶりの人間らしい行動がなんとも楽しい。


 そのまま進むと、なんとキッチンの冷蔵庫の前へと来てしまった。

 振り返ると老婆は、ハッとした表情を浮かべていた。何か思い当る節でもあったのだろう。


「たしかに料理の時は指輪を外すわ」


 そう言いながら冷蔵庫の中を探っていく。

 上の方から開けようとするので、チチチッと鳴き『下の方だな。野菜室とかじゃないか?』と教えてやる。

 するとキャベツを包んだ新聞の中から指輪は見つかった。

 こういったものは、存外単純なところで見つかったりするものだ。


「こんなところにあるなんてね……」


『これなら俺に願わなくても料理の時に見つかっていたかもな』


「いいえ。気づかずに新聞紙をそのまま捨ててしまっていた可能性もあるわ。ありがとう。悪魔さんにお願いして良かったわ」


『そうか』


 満足そうな笑みを浮かべた彼女の表情は、最初に見た時よりも活き活きとしていて若く感じられた。


 このあと食事に誘われたのだが、断っておいた。この姿のままでの食事では、テーブルを汚してしまう。かといって人間の姿で対応するつもりもない。

 残念そうにする老婆に『大切な物ならばもう無くさないように宝石箱にでも仕舞っておけ』と語りかけ、庭から飛び立った。


 風に乗ると彼女の家で移ってしまったローズマリーの香りが、俺と一緒に移動を始める。

 こちらが見えなくなった後でも手を振り続ける彼女は、いつまで俺の事を覚えているだろうか?

 ふとそんなことが頭をよぎった。

 彼女の年齢を考えると、認知症となり案外近いうちに忘れることになるかもしれない。それもまたよし。今日の出来事だって単なる気まぐれなのだから。




【後年、この失せ物探しを願った彼女は一冊の絵本を出版した。題名は『キャベツと青い鳥』というなんとも力の抜けるようなもの。しかしながらこの本は大ヒットとなる。不思議なタイトルであるのに、なぜかリアルに綴られる彼女と青い鳥のやり取りは読む者の心を掴んだ。当然彼女自身の絵心や文章力もあってのことではある。絵本の中には、青い鳥に見つけてもらったという指輪も描かれている。宝石箱の中には指輪と共に、その青い鳥が落としていったとされる羽も大切に仕舞われていた……】




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