第26話

俺たちの、嘆きの砂漠を巡る旅が始まった。


見渡す限り続く、乾いた砂の大地。昼間は、灼熱の太陽が容赦なく照りつけ、夜は、身を切るような冷たい風が吹き荒れる。普通の人間なら、数日ももたずに倒れてしまうような、過酷な環境だ。


だが、俺たちの旅は、驚くほど快適なものだった。


「レオンさん、これをどうぞ。首筋に塗っておけば、ひんやりとして、暑さをかなり和らげることができますわ」


リリアさんが、ミント系の爽やかな香りがする、特製の冷却軟膏を渡してくれる。これを塗ると、まるで体の中から涼しい風が吹いてくるようで、灼熱の暑さも嘘のようだ。


「ふん、夜の寒さ対策ならば、私に任せたまえ」


夜になると、アロイスさんが錬金術で、砂から半透明のドーム状のシェルターを作り出す。このシェルターは、外の冷気を完全に遮断し、内部の温度を常に快適な状態に保ってくれるのだ。


水や食料も、心配はなかった。アロイスさんが開発したフィルターを使えば、空気中のわずかな水分を集めて、清らかな飲み水に変えることができる。食料は、俺たちの畑で採れた保存食と、黄金の果実のおかげで、毎日が豪華なディナーのようだった。


フェンは、その鋭い感覚で、危険な砂嵐や、足場の悪い流砂の場所を事前に察知し、俺たちを安全なルートへと導いてくれる。アンナの肩に乗ったルクスは、夜になると、その体を優しく光らせ、俺たちの進むべき道を、まるで灯台のように照らし出してくれた。


仲間たちの力があれば、この死の大地でさえも、俺たちにとっては快適な旅の舞台となるのだ。


旅の途中、俺たちは、この砂漠でしか見られない、不思議な生き物たちとも出会った。


ある日、砂漠の真ん中で休憩していると、目の前の砂の海が、まるで水面のように波打ち、中からイルカのような姿をした、滑らかな体を持つ生き物の群れが飛び出してきたのだ。彼らは、楽しそうに宙を舞い、そしてまた砂の中へと潜っていく。


「サンドドルフィン……!古文書でしか見たことのない、伝説の生き物だ……!」


アロイスさんが、興奮して声を上げる。


俺が『動物親和EX』で話しかけてみると、彼らはとても陽気で、好奇心旺盛な生き物だった。俺たちの旅の目的を知ると、彼らは面白がって、砂漠の中心部まで、俺たちの道案内をしてくれることになった。サンドドルフィンの群れが、俺たちの周りを飛び跳ねながら先導してくれる光景は、幻想的で、とても楽しかった。


またある時には、巨大な岩のような亀とも出会った。その亀の甲羅の上には、不思議なことに、小さな泉が湧き出ており、その周りには青々とした苔や、可憐な花々まで咲いている。まさに、歩くオアシスだ。


『わしは、オアシスガメ。この砂漠で、渇きに苦しむ小さな命に、ささやかな潤いを与えながら、ゆっくりと生きておる者じゃ』


その年老いた亀は、穏やかで、賢者のような雰囲気を漂わせていた。彼もまた、俺たちの目的を知ると、その大きな背中に俺たちを乗せ、砂漠の中心部へと、安全に運んでくれることを約束してくれた。


オアシスガメの背中に揺られながら、俺たちは、眼下に広がる砂の海を眺める。サンドドルフィンたちが、その周りを楽しそうに泳いでいる。過酷なはずの砂漠の旅は、いつしか、心温まる、不思議な冒険へと変わっていた。


そして、旅を始めてから数日後。俺たちは、ついに砂漠の中心、かつて黒い太陽が落ちたという、巨大なクレーター地帯にたどり着いた。


そこは、これまでの砂漠とは比べ物にならないほど、不気味で、そして禍々しい気に満ちていた。空はどんよりと曇り、乾いた風は、まるで誰かの呻き声のように、ヒューヒューと鳴っている。


そして、そのクレーターの中央には、小高い丘ほどの大きさの、黒く、そして不気味に脈打つ、巨大な結晶体が鎮座していた。


「あれが……『嘆きの核』……!」


アロイスさんが、息をのむ。


あの結晶体こそが、この大地の生命力を吸い続け、死の砂漠を広げている元凶なのだ。その周りの砂からは、大地の苦しみと悲しみが、直接俺の心に伝わってきて、胸が締め付けられるようだった。


『レオン……あそこから、すごく嫌な感じがする……。でも、あの中の、ずっとずっと奥の方で、小さな光が……泣いてる……』


フェンが、俺の腕の中で、体を震わせながら言った。


「ええ。あれは、大地の呪いが凝り固まったもの。ですが、フェンちゃんの言う通り、あの中には、この土地が本来持っていた、清らかな生命力が封じ込められていますわ。あの呪いを解き放ち、生命力を解放することができれば、この大地は、きっと……!」


リリアさんの瞳にも、強い決意の色が宿っていた。


俺たちのやるべきことは、一つだ。


「よし、行こう。みんなで、この大地を癒してあげよう」


俺たちは、嘆きの核へと、ゆっくりと歩を進めた。


核に近づくにつれて、足元の砂が、まるで生きているかのように、俺たちの足にまとわりついてくる。それは、大地の怨念なのだろうか。だが、俺たちの歩みを止めることはできない。


核の真下にたどり着き、俺は、村長さんからもらった伝説のクワ、『ガイアの恵み』を、力強く大地に突き立てた。その瞬間、クワから温かい光が溢れ出し、俺の体を通して、この丘で出会った全ての人々や動物たちとの、温かい絆の記憶が、大地へと流れ込んでいくのを感じた。


「リリアさん、アロイスさん、お願い!」


「はい!」

「任せろ!」


リリアさんとアロイスさんは、この日のために準備してきた、特別な浄化のエッセンスを取り出した。それは、『追憶の花』の持つ記憶を癒す力、『音楽を奏でる花』の持つ調和の力、そして、俺たちの畑で育った、ありとあらゆる薬草の生命力を凝縮させた、究極の秘薬だ。


俺は、そのエッセンスを伝説のジョウロ、『天上の雫』に注ぎ、そして、嘆きの核に向かって、祈りを込めて振りかけた。


キラキラと輝く雫が、黒い結晶体に降り注ぐ。


その瞬間、俺の祈りに応えるかのように、フェンとルクスが、天に向かって、高らかに鳴いた。


二匹の体から放たれた、聖なる光と、癒しの光。その二つの光は、空中で一つとなり、俺が集めた感謝と絆のエネルギーと融合し、天を衝くほどの巨大な光の柱となって、嘆きの核へと降り注いだ。


ズウウウウウン……!


核は、まるで苦しむかのような、地響きと共に、その禍々しい脈動を激しくさせる。だが、光の柱は、その力を緩めることなく、優しく、そして力強く、核を包み込み続けた。


やがて、核の激しい脈動は、ゆっくりと鎮まっていき、その表面を覆っていた黒い色が、まるで雪が解けるかのように、薄れていくのが見えた。禍々しい気は消え失せ、代わりに、清らかで、温かいエネルギーが満ち溢れてくる。


そしてついに、嘆きの核は、その呪縛から完全に解き放たれ、眩い光と共に、音もなく砕け散った。


その中から現れたのは、巨大な、そして美しい翠色の宝石……いや、それは、まるで生きているかのように、穏やかに、そして力強く鼓動する、『大地の心臓』だった。


『大地の心臓』が、トクン、と最初の鼓動を打ち鳴らす。


その脈動は、波紋のように大地を伝わっていった。


すると、どうだろう。俺たちの足元で、乾ききっていた大地に、ピシリ、と亀裂が走り、その隙間から、清らかな水が、こんこんと湧き出し始めたのだ。


その水は、あっという間に小さな流れとなり、小川となり、そして大きな川となって、死せる砂漠を潤していく。


湧き出した水が触れた場所から、茶色かった砂は、みるみるうちに豊かな黒土へと変わり、そして、その土から、小さな緑の芽が、次々と顔を出し始めた。

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