六章 幹部のゼルヴァン

「キャァァアア!」

「ガ、ガス爆発?」


 体をつらぬくような揺れに、同級生は悲鳴を上げた。


 机や椅子は激しく振動する。炎は教科書をほっぽり出すと、すぐさま窓へ駆け寄った。


「クソ! またか!」


 上空には紫のほうじん。その不吉な模様に重なる形で、きょう状のヒビが、ぱっくりと口を開けている。


「カミゴン!」「赤鼻!」


 テディウルフもゴーグルを起動させた。


「モンスター三体に、てきかん一人カミ! クラスメートを避難させるカミ! 炎も一緒に隠れて、イヴ様を待つカミよ!」


「テメーら体育館に行け! 今すぐだ!」


 炎の威圧した声色こわいろ。半泣きのクラスメートたちはわれ先にと教室から飛び出していった。


『生徒諸君は、体育館に集まってください』


 災害と勘違いしたアナウンスが、避難を呼びかける。


「矢崎! 君も早く避難しなさい!」


 教室を出て行こうとする三浦が、炎に呼びかけた。

 炎は、竹刀しないをひっつかむ。八重歯を見せて笑うと、人差し指と中指で〝あばよ〟のポーズ。


「ちょっと野草に水いてきます」


「ちょ……矢崎!」


「ヒャッホーイ!」


 竹刀しないを握った炎は、窓枠に手をかけ、そのまま大の字ジャンプをした。


 夢ではないと炎は確信していた。今度こそかっこよく敵を倒してみたい。

 負けず嫌いの彼の辞書に、やられたままという言葉はなかったのだ。


 炎はクルンと一回転し、綺麗に着地を決める。


「バカカミか! 相手は幹部カミよ! 一撃でやられるカミ! イヴ様、緊急事態です! ダーククロス幹部のゼルヴァンが出現したカミです!」


 二階で焦っているのはカミゴン。カミゴンはゴーグルに向かって叫んだ。


「ゼルヴァン? そんなコトないはずよ!」


 ノイズの混じった音声は続ける。


「ゼルヴァンはいま裏世界で、……分かったわ。すぐにそっちに向かう。できるだけ時間を稼いで、あたしが行くまで持ちこたえてちょうだい


 イヴは声を荒らげた。





 すまし顔でブレザーのつちぼこりを払った炎。竹刀しないをぎゅっと握り、上空の魔法陣に突き出す。


「幹部だか何だか知らねーけどよ、矢崎炎がビビってると思ったんなら大間違いだぜ? 今度こそズタズタのギタギタにしてやんよ」


 よくりゅうの羽音。


 ゆっくりと空から姿を見せたのは、コウモリのようなこうよくを付けたオーレンたちと、その上に座る男。


「威勢のいい坊主だな」


 わく的なテナーが、炎の耳に届いた。


 むらさきの唇。はくのような血の気のない肌。

 首元にまで届く流麗な黒髪。ゼルヴァンと呼ばれた男は、そんな姿かたちをしていた。


 深い紅榴石ガーネットの瞳には、どこか人間離れした異質さが感じられる。


「貴様が矢崎炎か。私の使い魔の一人が、大変世話になったと聞いてね」


「けっ。そっちが勝手にやってきたんじゃねーか。しつけのなってないモンスターに、ちょっとむち入れたくらいでよ」


 ゼルヴァンは薄く笑い、


「それは結構。どちらにしても、貴様はもう私から逃れることはできない。わかっているんだろうね?」


「高校生のガキ一人に、にわとりみてえにトサカさかたせるのかよ。サンタクロースの敵幹部がどんな奴かと思って来てみたら、とんだド短気野郎じゃねーか。くだらねえ!」


 炎は地面にツバを吐いた。


「サンタクロース」と聞き、ゼルヴァンのまゆわずかに動く。


「〝サンタクロース様〟は人気だねえ」


 はんを開いて彼は言う。


「表世界の人間は、どうしてそんなにクリスマスを好むのだ。実に愚かしい。


 年に一度サンタをわねば気が済まず、ケーキを食べねばしびれを切らし、プレゼントを得ねば憤慨ふんがいする。


 まわしい! 忌まわしいぞ! サンタクロースが偉いわけでもなかろうに!」


「あん?」


「物をくれるからか? 金をくれるからか? 世界中で浮かれ騒ぎおって。サンタクロースめ、しゃくなヒーロー気取りが、人間からの羨望せんぼうを一点に集めやがる!」


 頭の血管を浮き出し、ゼルヴァンがくし立てる。


「いや、俺は別に……」


「矢崎炎! 貴様を倒したら、校舎ごと吹き飛ばしてくれる! シンタクラスの奴らもろとも砕け散れえ!」


 ――ガウルルゥゥウ!


 角を生やしたオーレンの一体がきばき、猛犬の勢いで炎に突進した。炎は大きく振りかぶり、


 ――バッキィィン!


 刀身全体でモンスターの体当たりを受け止めた。


 足は肩幅に開き、右足を前に出し重心を低く構える。左足はグラウンドの土をしっかりと踏んだ。


 竹刀しないは荷重でしなるが折れはしない。


 顔面を刀でさえぎられ、低姿勢のオーレンは身動きが取れなかった。翼を苦しそうにばたつかせている。

 まるで、ペガサスの猛進を受け止める神話場面のようだ。


「どうした、オーレンさんよお。その程度か?」


 炎はスゥと肺に酸素をめた。


 左足をすべらせ、後ろに引く。上体を外側。刀身を斜めに傾けると、モンスターのたいが前へつんのめった。


 ――ジャッ!


 竹刀しないが風を切ると共に、モンスターの牙が折れる音。


「――まさか!」


 炎は全身のバネを開放する。背中から太もも、ふくらはぎまでの筋肉が連動。彼の体を空中へと押し上げた。


 炎は竹刀を頭上に構え、全身の筋肉を腕に込めて、


「でやああ!」


 渾身こんしんの一撃をモンスターのとうちょうへかましてやった。


 ――ズズーン!


 体格差をまったく感じさせない炎の剣圧。あまりに強い衝撃が、モンスターを脳を震盪しんとうさせるのだった。


「物理攻撃だけでここまでとは……。貴様……一体何者……」


「自己紹介はしたろ? 俺は矢崎炎。チョット剣術が得意な、普通の高校生だよ。


 さっきから聞いてりゃ、訳わかんねーコトぬかしやがって。だーれがサンタを好きだって? だーれがクリスマスに憧れてるだと?


 テメーのその決めつけが、鼻から気に食わねーよ!」


 炎は本気で怒った。


 だが、その炎をゼルヴァンよりも驚いて見つめていたのはカミゴンであった。


 カミゴンはアニメのように目玉を突き出させ、


「ギョエエ! どーなってるのカミ! チート持ちよ、チート!」


 さすがのカミゴンも、炎がここまで強いとは想定していなかった。せいぜい刃物でモンスターに傷をつける程度だろうと思っていた。


『武器がりいんだよ!』

 商店街での彼の言葉は、あながち照れ隠しではなかったのだ。


「フハハハ! そうか、矢崎炎。私は貴様を勘違いしていたようだな」


 得心とくしんしたのはゼルヴァンも同じだった。


「シンタクラスの有能なメンバーが、こんなところに潜伏せんぷくしていたとは。なら、少し力を開放しても良かろう」


「裏世界の人間は、話が通じねーヤツばっかかよ……」


「――奈落縛鎖<インフェルノ・チェイン>!」


 オーレンたちの背に生えていた翼が変形していく。


 彼の呪文と共に現れ出たのは、へびのような細長い触手たちだった。


「何だ?」


 表面にたくさんの目が付いた無数の触手は、上から、わきから、正面から、一斉いっせいに炎めがけて襲い掛かった。


 炎は飛び退いてから両脇をめる。両眼で軌道を読み、耳で気配を感じ取って、


「でええい!」


 触手の一本をぎ払った。


 思いのほか軽い。


 まるで空のペットボトルを殴ったようだと炎は感じた。これも、日ごろの鍛錬たんれんたまものだろうか。


 炎は微笑し、二方向から迫る触手も受け流す。


 それからは、一瞬たりとも休めない攻防が続いた。


 触手は千切れて消え、また生えてくる。


 しなやかな手首の返し。素早い腕振り。炎はかんきゅうはさまず、次々と触手を払いのけていく。


「これなら、なるのスピードの方が、よっぽどか上だぜ」


「クハハハ、そうでなくてはな!」


 炎はこうてきしゅの名を引き合いに出し、威勢を張った。


 だが、払っても払っても、触手はいて出てくる。


「どういう理屈だ……キリがねえ!」


 炎の足さばきが次第に乱れ、動きが鈍くなっていく。両腕がしびれてくるのが分かった。


 彼にすきが生まれた。


 いちじょうの触手が閃光せんこうのごとく伸び、炎のちゅうだんの構えを崩したのだ。


「ぐおォ……!」


 腹部に突撃した鈍痛。足腰の力が抜け、炎の体は宙に浮く。触手によって軽々と持ち上げられ、彼は背中から地面に叩きつけられた。


 ――ガはッ!


「何してる炎! 避難しろ!」


 体育館から大声で呼びかけるのは、友人の一人。名前はけん


 ゼルヴァンが攻撃するたびに、大きな地鳴りが起きる。健太はスロープの手すりにつかまり、必死に声を掛けた。


 言うまでもなく、健太にオーレンは見えない。


 彼には、炎がグラウンドでしん者と取っ組み合いをしているようにしか映らなかった。


「どうしたの健太君」

 心配そうに顔を覗かせたのは、雪乃だった。


「炎の奴、練習のし過ぎで、おかしくなったのかもしれねえ。俺、ちょっと行ってくる!」


「待ちなさい、二人とも!」


 教師の制止を振り切って、健太と雪乃はグラウンドへ飛び出した。


「ヤバイカミ! ヤバイカミ! 急いで竹刀しないに魔力を付与しないと、応戦できないカミよ! でも生徒がたくさん見てる中で、派手に動き回るわけにもいかないし……そうカミ!」


 カミゴンは教室中をドタバタと走り回っていたが、ひらめいたとばかり炎のスポーツバッグをひっくり返した。


 教科書、タオル、リストバンド、制汗せいかんスプレーなどがゴチャッと出てくる。

 カミゴンは軽くなったバッグを、着ぐるみのようにかぶった。


「赤鼻、今行くカミよー!」





「や、やる……じゃ……ねえか」


 横隔膜おうかくまくめ付けられる感覚。


 呼吸しづらくなっているのが炎には分かった。口元をぬぐうと、手の甲に血。


「口内を切ったみてーだな……」


 ゼルヴァンの攻撃は思った以上のダメージを与えていた。


「矢崎、確かに貴様は強い。だがな、裏世界のモンスターや上位幹部たちは、こんなものではないぞ! 貴様はサンタという存在をめすぎだ!」


 繰り出された触手。かん一髪いっぱつ上体をらして避けた炎だが、


 ――バキィィイイ!


「――! ……テ、テメっ!」


 無慈悲にも、竹刀をそのむねの中心から、真っ二つに折ってしまった。


「次は生徒と行こうか! さあ、矢崎炎、反撃しないと本当にやられてしまうぞ」


 武器を破壊したゼルヴァンは、そのままモンスターの触手を体育館の方に差し向ける。


 視線の先には駆けてくる健太と、彼を追いかける雪乃。


「二人とも来るんじゃねえ!」


 炎の枯れた声は届かなかった。


「うわああ!」「キャアア!」


 片足をつかまれる感覚に襲われ、健太と雪乃は浮遊した。竜巻たつまきからめ取られるように軽々と。


「何だ、このからっ風!」


「健太君のエッチ! パンツ見ちゃダメ!」


 逆さりになった雪乃は、同じ体勢の健太にビンタをかました。


 無気力に垂れたスカート。雪乃は下着を両手で隠そうとする。


「いや、そういうつもりじゃ……」健太は弁解をあきらめ、視線を雪乃のイチゴパンツから外すのだった。


「お前ら、余裕そうだな……」


 炎は宙づりの二人にあきれた。しかし、二人がパニックにおちいっていないのは吉報きっぽうである。


 彼はをチラ見し、納得して立ち上がった。精一杯の皮肉を込めて彼は叫ぶ。


「ゼルヴァンてめえ! それでも悪の組織の幹部かよ。サシで勝負する度胸もねー奴が、ヒール気取りやがって。ダチに手え出すだ? 正々堂々、一対一で勝負しやがれ!」


「口達者たっしゃなところだけは認めてやろう。だが、威勢でどうにかなると思っているなら、もっと賢くなった方がいい」


「俺はよ、一応どくりょくでオーレンを撃退したんだぜ?」


 炎はゆらりと上半身の力を抜いた。


「じゃ、すけが加わるなら、どうする?」


 ニヤッ。


「何を言っている」


「まだ気づかねえのか? 俺の相棒、オオカミの登場によ!」


 とつじょ、校舎の下駄箱が激しく揺れ動いた。


「赤鼻あ! 受け取れカミいー!」


 かん高い声とともに、白いスポーツバッグが弾丸のように飛び出した。


 カミゴンは全身の力をしぼり、〝小箱〟を炎へ放り投げる。太陽光に反射して、虹色のリボンがキラリと光った。


「ナイスタイミング!」


 炎は飛び上がって、例のプレゼントをしっかりとキャッチした。


「そ、それはレア度の高い、マジックボックスじゃないか! 矢崎、貴様、どうやってそれを」


 ――ズザァァア!


 バッグで前の見えないカミゴンは、盛大に着地を失敗。グラウンドをソリのようにすべり、炎の前で止まった。


「プファ! 魔素ソル付与ふよ済みカミ。イヴ様のはからいなのだから、きっと役立つオモチャが入ってるカミよ!」


「何もしなけりゃ、どうせ全員おぶつだ。オモチャだろうが何だろうが使い倒して、奴に一泡ふかせてやるぜ」

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