二箱目 悪いけど、いきなりボス戦カミ

五章 学級委員とクラスの女神

【用語】魔素ソル

 魔素ソルは、サンタのエネルギーカミ。サンタは魔素ソルを使って魔法を発動させる。だけど、魔素ソルじゅうてんは、が限度カミ。覚えておくカミよ。 





「絶ッ対に出るんじゃねーぞ。出たらコロす」


 炎はぬいぐるみをスポーツバッグに詰め、フシューと蒸気を吐いてこぶしを作った。


「赤鼻ってば照れちゃってえ。実はオデを大好きで、一緒に学校に連れていきたいと思ってたカミよね。素直になればいいのに。一緒に戦闘した仲カミ。喜んでカバンの中に詰められようじゃないか。デュフフ、デュフフフ」


「っせー!」


 ボガッ!


 次の日の朝。炎はいつものようにたくを済ませ、玄関で靴をいた。


 違うのは、バッグの中にぬいぐるみがいること。

 よくしゃべるカミゴンを何とか黙らせて、教科書や部活用品の底の底にしまい込んだ。


 それもこれも、シンタクラスにならない条件に、カミゴンの要望をしぶしぶんだのが原因であった。


 あれから、炎とカミゴンはしばらく言い争った。


 炎が携行けいこうを拒否したのに対し、カミゴンは自分の主張をがんとして譲らず、むしろわめきちらし、炎の母親が小動物を飼っているのか見に来たほどだった。彼は仕方なく引き下がった。


「ハァ……。ヤンキー気取ってるこの俺が、カバンに〝おとグッズ〟仕込んでるなんて知れたら……」


「多様性の時代カミよ。ぬいぐるみで逐一ちくいち気にする方がおかしいカミ」


 ファスナーを閉めたバッグの中で、カミゴンがくぐもった声を出した。


「静かにしてろって、言ったろーが!」


「あらあら、どうしたの? 動物の鳴き声がした気がするんだけど……。野良のら犬は拾ってきちゃ〝メッ〟て、あれほど言ったのに」


「えっ、あっ、その、気のせいだ。じゃ、行ってくる」


「いってらっしゃーい」


 母親の見送りから逃れるように、炎は急いで家を出ていった。降りしきる雪に傘をさして、国道沿いの歩道を進む。





 国道沿いの町並みは、今日も変わらなかった。


 コンビニから始まり、右手に銀行、左手に洋食のチェーンストア。それを過ぎると最初の信号。

 交通安全とか、デイライトをと書かれた警察署を通り過ぎ、歯科クリニックと保育園が続く。

 スーツ姿の母親が子を連れ、お願いしますと登園していた。


 えんじゃのガラス窓には、季節よろしく、サンタやキャンディケインのペーパークラフトが飾られている。


 一連の景色を過ぎると、ようやく広尾高校の校舎が見えてきた。





「遅刻は許さん!」


 校門前に立ちたるは、生徒指導『鬼の塚本つかもと』。


「よう、塚本ちん。突っ立ってるだけだと、雪だるまになるぜ」


「またお前か……」


 炎の言葉に塚本は肩を落とした。


「いい加減、余裕ある登校を心がけろ!」「チャイムが鳴ってないだけ、マシってモンだぜ!」


 炎が塚本の腕をするっとくぐり抜けて下駄箱に向かった瞬間、


 ――キーンコーン……


「やべっ」


 炎は全力疾走に切り替えて教室へ向かうのだった。塚本は彼の背中に向けて、


「それから、どくマークのネクタイも、ピアスも、ヘンテコなサングラスも校則違反だからな!」



 ✦ ✦ ✦



「――というわけで、来週は特別学習です。海岸線のゴミ拾い、福祉施設の訪問などの中から、二年三組が務めるのは、保育園のお手伝いです」


「えー」


 学級委員の女子生徒が黒板の前で説明をはじめると、クラスの男子からブーイングが起こった。


 明らかに面倒くさそうな顔をしている。


「皆さん静かにしてください」

 細長メガネが彼らに注意した。


「サンタクロースの人形は手芸部が準備してくれたんです。皆さんはメッセージカードを書くだけですよ。簡単ですから、明日までにやってきてください。質問のある人は?」


 彼の名前はじょう たく。学年一の秀才で、学級委員を務めている。彼は厳しそうにメガネを押し上げ、クラスを手際よく回していた。





 朝から遅刻ギリギリの炎だったが、なんとか朝のホームルームにすべり込んでいた。


「それじゃお前ら、カードの内容まとめとくようにな」


 担任が一言えて教室を去る。


 広尾高校の特別学習は、毎年ボランティア活動と決まっていた。クラスそれぞれに目標が決められ、全員何かしらの形で活動に加わらないといけない。


 今年は吉か凶か、特別学習にまでクリスマスイベントがからんでくるのだった。


「カードの作成か……」


 炎は、いよいよフラストレーションを抑えられなかった。配られた花模様のポストカード。

 シャーペンを二度回転させるも、クリスマスが苦手な炎に、上品な言葉が思いつくはずもない。


 席が最後さいこうの炎は、ちらりと他生徒の書き方を盗み見た。


 前席の女子生徒は、クラスの女神、白川しらかわ ゆき。炎がひそかに思いを寄せる相手だ。

 長い黒髪が照明で、つややかに輝いている。

 紺のセーラー服に赤リボン。小柄で、左目の泣きボクロが可愛らしい。


 彼女はきれいな字で『メリークリスマス! サンタさんたのしみだね!』と書いていた。

 動物の絵も入れ、愛らしいカードが出来上がりそうだ。


 ほかの生徒もながめてみたが、雪乃と似たり寄ったりの文面だった。





「クリスマスカードカミか、赤鼻の高校はいきカミねえ!」


 カードをスポーツバッグにしまおうとファスナーを開けた時、中から小声が聞こえてきた。


「てんめえ、三秒とも静かにできないタイプだな?」


 バッグの隅で、弁当の具のようにちぢこまるカミゴンに、炎はツッコミを入れた。


 カミゴンは気にする素振そぶりもなく、彼のカードを受け取って解説を始める。


「クリスマスカードを難しく考える必要はないカミ。クリスマスやサンタを受け付けないなら、そう書けばいいカミ」


「どういうことだよ」


「そもそも『クリスマス』とは、歴史上の人物名がなまったものカミ。『サンタ』も同様。表世界の人間たちが、自分たちの都合で勝手に使い始めた設定カミ」


 カミゴンはムクッと起き上がると、目にもとまらぬ速さで窓際へ移る。


「赤鼻の高校は、グラウンドも体育館も広いカミね」「こら、動くなって、バレるだろうが!」


「ちょっとくらいイイカミよ。誰も見てないし、見られても生徒の私物だと思われるのがオチカミ」と雪乃の背を指さす。


 カミゴンは小声のまま続けた。


「だから、自分が書きたいように書くカミ。保育園のちびっ子たちへの文章カミよね? 当時の自分は何が嬉しかったか、よく思い出せば、言葉なんて自然と出てくるんじゃないか?」


 当時の自分。


 炎は椅子いすにもたれかかって思いをせた。炎も保育園に通っていた時期がある。


 何に心をおどらせたのか。記憶は断片的だ。でも、ついできる出来事もある。


 紙芝居、歌、プレゼント交換、大人たちの演劇。


(そっか。俺は、ヒーロー劇が一番ワクワクしたんだな)


 炎は意を決したように、カードにふでを走らせるのだった。


 できあがったクリスマスカード。そこにはこう書かれていた。


『ガキども、劇だけは見ろ』





「なかなか、いいんじゃないカミか?」「黙りやがれ」


 炎は、評論家のように頷くカミゴンの首根っこを掴み、再びスポーツバッグの底に押し付けるのであった。



 ✦ ✦ ✦



 ホームルームが終わるとルーティンだ。


 金曜日は一限目が現代文、二限目が数学Ⅱ、三限目は担任ひょうどうによる世界史Bと決まっている。


「――であるから、賢帝けんてい時代はローマのえいを象徴する時代となったわけだ。五人の名前はテストに出すからな。絶対に覚えておけよ」


 炎は欠伸あくびをし、ミミズのような字でノートをとった。


「起立、礼!」「ありがとうございました!」


 世界史が終わると、四限目の体育が始まる。


「いよっしゃあ!」


 うつらうつらとした炎だったが、水を得た魚のように、体操服に着替えて体育館へ向かう。


 種目はバスケ。


 シューズが床を鳴らす中、炎は一七八センチの長身をかして、かっこよくスリーポイントを決めるのだった。


「炎ってガチでスゲェよな……」


「知ってるか、アイツ剣道で全道二位なんだぜ」


「マジ……?」


 男子二人がなかあきれて見守るかたわら、肩で息をするのは学級委員のたくだった。

 拓巳の運動神経は月並みだが、いかんせん、体力がなかった。


「ほーれ、メガネぇ。奪ってみろよお」


「炎君、こんなところで、日ごろのうらみを晴らそうとしないでください!」


 バスケットボールを抱えた炎は、またの間にボールを通してみたり、パスのフェイントをかけてみたりと、拓巳にちょっかいを出した。


 その後、〝鬼の塚本つかもと〟からこっぴどく叱られる。クイとメガネを上げた拓巳は、胸がく思いだった。


 二人の様子を、教室から眺めている生き物がいた。カミゴンだ。彼は口角こうかくを上げてつぶやく。


「塚本とかいう体育教師はバカカミ。炎は不器用なだけカミよ。拓巳が一人でさみしそうにしていると気づいたのは、アイツだけなのだから……」


 ピョンと窓から飛び降り、スポーツバッグの中からメモ用紙を取り出した。


「とりあえず、炎は決定でいいカミ。あとは、赤鼻のサポート役を誰にするかカミね……」



 ✦ ✦ ✦



「今日は二日だから、出席番号二二番の矢崎炎。答えてみなさい」


 長い昼休みを無事に終え、炎とクラスメートは、本日五つ目の授業を受ける。


 炎は理科教師から質問を受け、立ち上がって教科書をながめた。


(周期表から何がわかるか? 知ったこっちゃない)


「えーっと、スイカの種みたいッス」


 なかなかの返しだと思った。


 が、クラスがクスクスと笑っているだけで、教師のうらは表情を崩さない。


「スイカじゃないッスね。……そう、メロンッスよ。高級なヤツ!」


「なるほどメロンか。矢崎、この授業を農業実習だと思っているなら、今すぐグラウンドに行って、野草に水をいてきなさい」


 三浦の返事が一枚うわだったので、クラスメートはさらにケラケラと笑うのだった。


 笑われた炎は、舌打ち。


(早く放課後になんねーかな)


 彼は授業より剣道の部活が好きだった。机にいつも立てかけている竹刀しないをぼんやりと見つめる。





 そんな平凡な五限目の最中に、


 ――ズドゥオォォオオ!


 〝それ〟は出現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る