第43話 剣ではなく、サイリウムを――勇者の選択
「……なんなんだよ、これ……」
勇者・シオンは、観客の波に埋もれた前列中央で、ステージを見つめていた。
右手には、“剣型”サイリウム。
勇者の証だった【聖剣エクス=ラディア】は、公演直前に“安全管理”の名のもとスタッフに預けさせられた。
代わりに手渡されたこれは、光るだけで、戦うことも守ることもできない。
本来なら、忌むべき“無力”の象徴だった。
だが――
「違う……これは……」
目の前のステージで、**リリスたち《Trinity∞Lily》**が紡ぐ歌は、ただの音ではなかった。
胸の奥に、剣の一撃より鋭く、深く、響いてくる。
剣も、魔法も通じなかったはずの彼の“心”を、たやすく貫いていた。
セラフィナが隣で震えているのがわかった。
手には神聖剣、だがそれは膝上で止まり、抜かれない。
「シオン……これは、欺瞞だ。偽善だ。あんなものに惑わされてはならない……!」
その声は震えていた。怒りよりも、恐れに似ていた。
「俺は……わからない……」
シオンの声もまた、揺れていた。
「俺は、この世界を救うために選ばれたはずだった。
でも、何を救えばよかったんだ? 誰から、何を守るつもりだったんだ……?」
彼は、ステージで歌うリリスに目を向けた。
彼女の背中には、闇と光――対極の力を象徴する不揃いの翼が、美しく舞っていた。
「リリス……お前は、なんでそんなにまっすぐで、強いんだよ……」
かつて勇者だった彼は、今ただの一人の少年として、心の中でそう呟いた。
◆
ステージ上。
《Trinity∞Lily》の楽曲**『天空乱舞』**が終盤へと差し掛かっていた。
三人の歌声が重なり、まるで天空に大輪の花が咲くかのように、魔法の光が拡がっていく。
リリスの声が会場中に響く。
「私は、魔王の娘。女神の娘。
天界にも、魔界にも居場所を持たない“狭間の存在”。
だけど今、この世界の“真ん中”に立っています」
「もし、誰かの正義のために、私が否定されるなら。
私はその正義とだって、話し合いたい。歌で、伝えたい。
この声が届く限り、私は歌い続けます!」
――その瞬間だった。
観客席のひとつに、ひときわ強くサイリウムが掲げられる。
青白い光を放つ“剣型サイリウム”。
それは、勇者シオンの手に握られていた。
セラフィナが目を見開く。
「シオン……なにを――」
「俺は、戦う理由を見失ったまま、ここに来た。
だけど今は、わかった気がする……
この世界を守るって、きっと、誰かの歌を、誰かの夢を、否定しないことなんだって」
彼の言葉が、マイクを通さずとも響くような気がした。
ステージのリリスと視線が交わり――どちらからともなく、笑みがこぼれる。
彼は勇者でありながら、ついに剣を置いた。
代わりに掲げたのは、光の棒――たったそれだけのことが、世界を動かし始めていた。
そして、彼の背後で、観客たちが次々にサイリウムを掲げ始める。
人間、魔族、天使。異なる種族が、同じ光を掲げ、同じ歌に応えていた。
――争いは終わり、想いが交差する時が来た。
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