第26話 歌うために生まれたの?――モンスターたちの物語
波音が心地よく鼓膜を揺らす。
ラリュアの中心、蒼く輝く湖上に浮かぶ特設ステージは、今まさに開演を目前に控えていた。
だがその裏側――
薄暗いバックヤードでは、ひとつのユニットが静かに深呼吸を繰り返していた。
それは、《Aqua☆Siren》。
水属性のモンスター娘たちで結成された“マリン・フェス型アイドルユニット”。
彼女たちはいつもの水着衣装に身を包み、それぞれの持ち場で演出の最終確認を行っていた。
「……やっぱり緊張するなぁ。海では泳げても、ステージは別腹っていうか」
スライム娘・ピュレが、ゆらりと体を波打たせながらつぶやく。
「ほんとよねぇ。でも、せっかくクロノさんがチャンスくれたんだもん。全力でやらないとバチが当たるってもんよ」
そう応じたのは、王道美少女のマーメイド・セレスタ。
彼女はその名に違わぬ優雅さで、波紋を纏うようにターンを繰り返している。
「見せてやろうじゃない、元・“魔物”が“愛されるアイドル”になる瞬間をさ」
クラゲ娘・ルミナが光るヒレをふわりと揺らし、ステージ中央のスポットを見上げた。
そして――
彼女たちのセンターに立つ、長い触腕を誇る少女が、にやりと笑った。
「ふふふ……今日の公演、特別ゲストが来てるって知ってる? あの“勇者”様が、またもライブ通過のために来場中よ」
そのクラーケン娘――マリナ=クラーケンハートは、赤い瞳でじっと湖畔を見下ろしていた。
「そろそろ入ってくるわね。うーん……ちょっと“歓迎”してあげようかしら。せっかくだもの♪」
*
まさにその頃。
シオンとセラフィナは、ライブ観覧登録を済ませ、ようやく町に足を踏み入れたばかりだった。
「ったく……何が“観覧許可証”だよ……。俺たち旅の途中だぞ……?」
「気を抜かないでください。これは完全な包囲網です。“ただの催し”とは思わないほうがいい」
だが、セラフィナの言葉が終わるより早く――
「勇者さまぁ♡」
透き通るような艶やかな声が響き、シオンの肩に触腕が巻きついた。
「んぐぇっ!?」
「わぁ、ホンモノ……! ようこそラリュアへ! あたし、《Aqua☆Siren》のセンター、マリナよ。今日の主役になってもらうわ♪」
ステージ脇から姿を現したマリナは、眩しいビキニ姿でシオンの腕に自らの胸を押し当ててくる。
白く艶めく肌。程よく濡れた髪。巨大な瞳が見上げてくるたびに、シオンの理性はズタズタだ。
「お、おい!? なにこの密着攻撃!? やめ、やめろぉぉぉぉ!」
「ダメよ~。だってファンサービスはライブの命だもの♪」
その瞬間、光が閃く。
「――下がりなさい、異端者!」
セラフィナが放ったのは、浄化の光を宿した“天罰の矢”。
しかし。
矢は放たれた次の瞬間、空中でかき消えた。
「なっ……!?」
「ふふっ、ごめんなさいね、お姉さん。ここに入った時点で、魔法は“封印”されてるの。お客様トラブル防止用にね♡」
マリナがウィンクと同時に、足元の転移陣が淡く光を放つ。
そこからは、魔力を打ち消す“音波封印魔術”が絶えず流れ続けていた。
「この……っ!」
「ステージの上では、攻撃もスキルも使えない。それが《Twilight Beat》の“ルール”よ♪」
セラフィナは驚愕と怒りに震えつつも、確かに魔力の流れが封じられていることを感じ取った。
空気中に微かに残る封印の波動――それは、観客以外の戦闘行為を無効化する専用構造だった。
「……彼女たちは、本気で“戦わずに止める”つもりなのか」
だが、同時に――
セラフィナの心に、微かに迷いが灯る。
この場には、恐怖も殺気もない。
あるのは、ただ「見てほしい」という少女たちの純粋な願い――そして、それに応える観客たちの期待。
「歌うために生まれた?」
セラフィナの口から思わずこぼれた言葉に、マリナが応える。
「そうよ。あたしたちはもう、誰かを傷つけるためにじゃなく、“見てもらうため”に生きてるの」
――それは、これまでセラフィナが否定してきた価値観。
だが、否定すればするほど、リリスの姿が彼女の中で大きくなっていく。
舞台袖では、他のユニットたちもスタンバイを始めていた。
彼女たちは皆、かつて戦うしか術がなかった種族たち。
それが今、スポットライトの下で夢を語ろうとしている。
そしてこの公演は、まだ“始まり”に過ぎない――
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