第26話 歌うために生まれたの?――モンスターたちの物語

波音が心地よく鼓膜を揺らす。

ラリュアの中心、蒼く輝く湖上に浮かぶ特設ステージは、今まさに開演を目前に控えていた。


だがその裏側――

薄暗いバックヤードでは、ひとつのユニットが静かに深呼吸を繰り返していた。


 


それは、《Aqua☆Siren》。

水属性のモンスター娘たちで結成された“マリン・フェス型アイドルユニット”。


彼女たちはいつもの水着衣装に身を包み、それぞれの持ち場で演出の最終確認を行っていた。


 


「……やっぱり緊張するなぁ。海では泳げても、ステージは別腹っていうか」


スライム娘・ピュレが、ゆらりと体を波打たせながらつぶやく。


「ほんとよねぇ。でも、せっかくクロノさんがチャンスくれたんだもん。全力でやらないとバチが当たるってもんよ」


そう応じたのは、王道美少女のマーメイド・セレスタ。

彼女はその名に違わぬ優雅さで、波紋を纏うようにターンを繰り返している。


 


「見せてやろうじゃない、元・“魔物”が“愛されるアイドル”になる瞬間をさ」


クラゲ娘・ルミナが光るヒレをふわりと揺らし、ステージ中央のスポットを見上げた。


そして――

彼女たちのセンターに立つ、長い触腕を誇る少女が、にやりと笑った。


 


「ふふふ……今日の公演、特別ゲストが来てるって知ってる? あの“勇者”様が、またもライブ通過のために来場中よ」


そのクラーケン娘――マリナ=クラーケンハートは、赤い瞳でじっと湖畔を見下ろしていた。


「そろそろ入ってくるわね。うーん……ちょっと“歓迎”してあげようかしら。せっかくだもの♪」


 



 


まさにその頃。

シオンとセラフィナは、ライブ観覧登録を済ませ、ようやく町に足を踏み入れたばかりだった。


「ったく……何が“観覧許可証”だよ……。俺たち旅の途中だぞ……?」


「気を抜かないでください。これは完全な包囲網です。“ただの催し”とは思わないほうがいい」


 


だが、セラフィナの言葉が終わるより早く――


「勇者さまぁ♡」


 


透き通るような艶やかな声が響き、シオンの肩に触腕が巻きついた。


「んぐぇっ!?」


「わぁ、ホンモノ……! ようこそラリュアへ! あたし、《Aqua☆Siren》のセンター、マリナよ。今日の主役になってもらうわ♪」


 


ステージ脇から姿を現したマリナは、眩しいビキニ姿でシオンの腕に自らの胸を押し当ててくる。

白く艶めく肌。程よく濡れた髪。巨大な瞳が見上げてくるたびに、シオンの理性はズタズタだ。


「お、おい!? なにこの密着攻撃!? やめ、やめろぉぉぉぉ!」


「ダメよ~。だってファンサービスはライブの命だもの♪」


 


その瞬間、光が閃く。


 


「――下がりなさい、異端者!」


 


セラフィナが放ったのは、浄化の光を宿した“天罰の矢”。


しかし。


矢は放たれた次の瞬間、空中でかき消えた。


「なっ……!?」


「ふふっ、ごめんなさいね、お姉さん。ここに入った時点で、魔法は“封印”されてるの。お客様トラブル防止用にね♡」


マリナがウィンクと同時に、足元の転移陣が淡く光を放つ。

そこからは、魔力を打ち消す“音波封印魔術”が絶えず流れ続けていた。


 


「この……っ!」


「ステージの上では、攻撃もスキルも使えない。それが《Twilight Beat》の“ルール”よ♪」


セラフィナは驚愕と怒りに震えつつも、確かに魔力の流れが封じられていることを感じ取った。

空気中に微かに残る封印の波動――それは、観客以外の戦闘行為を無効化する専用構造だった。


「……彼女たちは、本気で“戦わずに止める”つもりなのか」


 


だが、同時に――

セラフィナの心に、微かに迷いが灯る。


この場には、恐怖も殺気もない。

あるのは、ただ「見てほしい」という少女たちの純粋な願い――そして、それに応える観客たちの期待。


 


「歌うために生まれた?」


セラフィナの口から思わずこぼれた言葉に、マリナが応える。


「そうよ。あたしたちはもう、誰かを傷つけるためにじゃなく、“見てもらうため”に生きてるの」


 


――それは、これまでセラフィナが否定してきた価値観。

だが、否定すればするほど、リリスの姿が彼女の中で大きくなっていく。


舞台袖では、他のユニットたちもスタンバイを始めていた。


彼女たちは皆、かつて戦うしか術がなかった種族たち。

それが今、スポットライトの下で夢を語ろうとしている。


 


そしてこの公演は、まだ“始まり”に過ぎない――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る