第2話 父と母と、全力の勘違い

 次の日、魔王城は軽く騒乱状態だった。


「第一師団は“声援部隊”に再編! 新設する“魔導演出課”は観客の熱狂を視覚魔法で増幅させよ! いいな!」


「魔導マイクの開発、急げー!」


「ステージ用の血の祭壇はどこに!? あれないとライブ始まらないだろッ!」


 ……もう、意味がわからなかった。


「いやいやいや! それ、どこの地獄のフェス!?」


 玉座の間で頭を抱えるリリス。目の前には、張り切る魔王軍の幹部たち。そしてその背後で――


「新しい神殿ライブホールの設計図よ。宙に浮かぶ式で、天使の羽が照明になるの。天井には星座演出、座席は雲!」


 ドヤ顔の女神・セレナフィアが、魔法で空中にホログラムを投影していた。


「いやいやいやいや!! お母様までっ!? それ、ライブっていうより儀式!!」


「違うの? 祈りを捧げるのがステージ、じゃなかったかしら?」


「うー……確かに似てるけど、でも違うんだよぉ……!」


 なんというか、リリスが想像していた“アイドル活動”とはまるで別次元の話になっていた。父も母も本気なのはわかる。応援したい気持ちは痛いほど伝わる。


 でも!


「軍団作るとか、神殿建てるとか、やりすぎだよぉぉぉ!!」


 リリスの叫びに、セレナフィアはくすりと微笑んだ。


「でもあなた、言ってたでしょう? “夢と笑顔を世界に届けたい”って。それなら、魔界も天界も総出で応援するのが当然よ」


「そうだ! 我が軍の威信をもってして、最上級の舞台を整えてやろう!」


「そんなの私、望んでないよっ!」


 リリスはぶんぶん頭を振った。だが、その瞳はほんの少し潤んでいた。


 ――確かに、違う。違うけど。

 でも、両親が本気で自分の“夢”を信じてくれてるのは、嬉しかった。


(なんだろう、すごく……くすぐったい)


 あのとき、玉座の間で「アイドルになる!」って叫んだだけで、世界が動き始めた。

 あまりにスケールがおかしくて笑っちゃうけど、それだけ“愛されてる”んだと思うと――


「……うん、ありがとう。お父様、お母様」


 小さな声でそう言ったリリスに、魔王と女神が同時に頷いた。


「ふむ、当然のことだ。我が娘の夢だからな」


「何があっても、あなたを信じてるわよ」


「……で、その夢の“始まり”に必要な人って、どんな人なの?」


 リリスは気になっていた。昨日話題に出た、異世界に住むという“兄”のこと。


「彼は今、別の世界で暮らしていてね。人々の“夢”に関わる仕事をしているのよ」


「夢に、関わる……?」


「そう。彼の名前はクロノ。今は“プロデューサー”という仕事をしているそうよ」


「プロデューサー!? アイドルとか、そういう人の!?」


 リリスの声が裏返った。


「そういう人、らしいわね。才能ある者を育て、夢を形にして、世界に送り出す。彼もまた、“光を作る者”よ」


 セレナフィアの声は、どこか誇らしげだった。


 そして魔王が、ぐっと拳を握る。


「――あやつに任せれば、お前は“最強の舞台人”になれる。だからこそ、あやつに託す。貴様の夢をな」


「……そっか」


 すごい人なんだ、兄様って。

 だったら、会ってみたい。ちゃんと“自分の夢”を話してみたい。


 リリスの胸が、ほんの少し熱くなった。


「旅の準備は整えていますよ。ゲートの座標も調整済みです」


 女神がにっこりと微笑み、魔法陣を起動させる。床に展開されたそれは、現代世界への転移ゲートの起動式だ。


「わー……いよいよ、って感じだね……!」


 そのとき、魔王がふところから何かを取り出して差し出した。


「……これを持っていけ」


「これは……マイク? 剣みたいな……え、何これ!? カッコいい!!」


「神器 『響鳴導器サウンドブリンガー』だ。声の力を増幅する魔導具――だが、殴っても強いぞ」


「物理で!? やっぱり武器扱いなの!?」


 突っ込まずにはいられなかった。


 でも、その手に感じる重みは――きっと、父の想い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る