アイドルには剣も魔法もいらない
如月キャシリア
第1話 夢、叫ぶ
ドガァァン!!
魔王城の玉座の間に、轟音が響いた。
天井からは小石がパラパラと降ってくる。空気がピリッと張り詰める中、純黒の大理石の床を踏み鳴らして、少女が叫んだ。
「わたし、アイドルになるっ!!」
少女の名は――リリス・アルセリア=ファム。
魔王と女神の間に生まれた、異世界最強の血統を持つ娘である。
そのリリスが、王城のど真ん中で夢をぶち上げた結果。
「……貴様、今、何と申した?」
魔王グラン・ダグリオン。リリスの父が、静かに立ち上がった。
ゴゴゴ……と床が唸る。空間が揺れた。威圧感が物理化している。
「ま、待って待ってグラン様! 魔力の上昇、天井にきてます!」
リリスの母、女神セレナフィアが、あわてて魔法陣を展開。天井崩落を寸前で食い止めた。
「アイドル、だと……? それは、新たな武具の名か? もしくは対神兵の称号か? いや……呪いの名か!?」
「違うよ! 歌って踊って、みんなに夢と笑顔を届ける人のこと!」
リリスは手を広げ、くるっと一回転。
白銀の髪がふわっと舞う。まるで天使の舞踏のようだったが、胸元のデザインはなぜか小悪魔的。ちょっと攻めすぎ。
「……夢と笑顔、とな……」
魔王の顔が真剣になる。重々しく頷いた。
「つまりそれは、“民を導く英雄”という意味だな。わかるぞリリス! 我が娘よ!」
「違う! 違うけど、近い!」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて」
セレナフィアがにこやかに笑う。天界最上位の微笑み。
「リリスの言っているアイドルというのは、祈りを歌で届ける聖女のようなものでしょう?」
「う、うん! たぶん近い! たぶん!」
リリスは大きく頷いた。
「わたし、ただ可愛い服を着たいとか、目立ちたいとかだけじゃなくて……誰かの心を動かせる人になりたいの」
「おお……」
魔王が感動にむせび泣く。
「……なんと健気な……。我が娘よ、今すぐ魔王軍一万の兵を従え、ステージ軍団を築くのだ!」
「わたしそんなの望んでないよ!!」
「では神殿を建てましょう。荘厳で、天使の羽でできた照明をつけて」
「ちょっと待って、お母様もズレてる!」
リリスが両手でツッコミを入れる。
「ステージって、もっとこう、現代的な……音楽と光とファンの熱気がぶつかりあう……あの……!」
「……現代、とな?」
魔王の眉がピクリと動いた。
「まさか、お前……“あの男”の影響か」
「えっ?」
リリスはきょとんとした。すると、女神がそっとリリスの肩に手を置く。
「あなたには、お兄様がいるの。魔王様と、以前の妃との間に生まれた子です」
「兄様……?」
「ええ。今は、別の世界に暮らしているけれど。あなたが“夢を持ちたい”と思ったのは、きっと彼の影響」
リリスは一瞬だけ、昔の記憶を探る。――幼い頃、城を訪れたひとりの青年の姿が、微かに浮かんだ。
優しいけど、どこか遠い目をしていた人。
「会って、みたいな……そのお兄様」
「ふむ。ならば、会わせてやろう」
魔王が力強く言い放つ。
「貴様が夢を語るなら、それを実現する道を用意するのが、父の務めよ!」
「うんっ!」
「異世界の旅となります。準備はしておいてね、リリス」
「え、えっ……マジで!?」
リリスの顔がぱっと輝く。
「やったー! 異世界上京! 行くよ、アイドルになるためにっ!」
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