築30年を迎えようとしている村井旅館の息子、村井祐哉には物心つくころからずっといっしょに過ごしてきた幼馴染みで今は恋人の明日香がいる。だが、高校3年生の夏ともなれば進路の問題が差し迫ってきて……これまでのようにただいっしょにいることはできない。互いに先を見て、考えた末に選ぶ結末、果たしてどうなるものか?
時間がゆっくり流れる伊豆でなんとなく生きている祐哉くんですが、そこを出て行こうと決めた明日香さんによって、自分が進むべき先と向き合うこととなります。
物語としては非常にシンプルな構造なのですが、展開の中で描き出されるキャラクターの距離感の変化、これがなんとも細やかで濃やかなのですよ。何気ない会話をきっかけに深掘りされる心情が相手との距離を遠ざけ、そこへ小さな思いや行動が加えられて、距離が近づく。そうした積み重ねが丁寧に為されていればこそ、ふたりの選択に得も言われぬ情緒が香るのですよね。
心情劇がお好きな方へ特にお勧めしたい、情緒と叙情に満ち満ちた青春劇です。
(「忘れがたし夏の恋」4選/文=髙橋剛)