第27話 緊急招集!勇気会議

----如月贈菓祭前日


椿ヶ丘女子学園の家庭科室は、チョコと熱気に包まれていた。


 


「ちょっと、誰かゴミ袋取り替えて〜!」

「湯煎もうちょい火弱くしてっ!」

「こっちは本命なの! 誰よ義理チョコの型入れたの!」


 


湯気立ちこめる教室の中、制服の上からエプロンを着けた女子たちが、慌ただしくチョコ作りに励んでいる。


 


ある者は、大量の板チョコと製菓袋を前に「義理チョコ配布計画」と称して名簿とにらめっこ。

ある者は、周囲の騒ぎも気にせず、一つひとつにリボンをかけながら“本命”の笑顔を思い浮かべていた。


──この日、家庭科室には**「恋する女子」たちの物語**が、いくつもあった。


 


「よし、次はこの箱! 中身ぜんぶラッピングお願い!」

「これ、どこまでが義理? どれが生徒会の“公式配布”分!?」


 そんな中、調理室の奥では──

椎名瑠璃と佐倉美優をはじめとする、生徒会の面々が大忙しだった。


「……よし、次のトレイできたよー。冷ましに回して」

「包装用の袋、あと三百枚くらい取ってこようか?」


段ボールに詰められたチョコレート。

それはすべて──陽咲男子高校の全校生徒に贈る、“公式配布チョコ”だった。


 


「……それにしても、会長。ホントにこれ、全員分やるんですか?」

と、額に汗を浮かべながら言う美優。


「やるよ。今年から“生徒会主導の全員配布”が正式決定したんだから」


と慌ただしく答えるのは司令塔の私。


「去年までは希望制だったけど、もらえなかった人が出ちゃったから、改善案ってことで」


「……そっか。全員に、って考えたら……ちょっと、罪悪感ないですもんね」


「会長は誰かに本命渡す予定はあるんですか?」

と、美優がニヤリと笑う。


「わ、私っ!?う、うん。本命というか…お世話になったというか…でも…義理でもないし……──」



と、瑠璃がぽつりと呟いた、そのとき──


 


「緊急会議よッ!!」


 


家庭科室のドアが勢いよく開かれ、手を掲げて立っていたのは──

演劇部所属の三年生トップスター、相良美空(さがらみそら)だった。

情熱的で、いつも舞台口調なこの先輩は、恋に生きる乙女たちを日々応援している“自称・恋の演出家”と聞いている。


 


「今こそ結集すべきよ、乙女たち……!

“想いを伝える勇気”の名のもとに──!」


 


その叫びに、周囲の女子たちがざわついた。


 


「あ、また始まった」

「去年もやってたよね、“あの集会”……」

「……でも、ちょっと気になるよね」


 


そして、美空が高らかに掲げたホワイトボードには、こう書かれていた。


 


『勇気会 ~想いを告げる、その前に~』


 


「本命チョコを渡す、それは恋する乙女にとって最大の勇気。だからこそ、共に誓い合いましょう! 明日、想いを届けることを──!!」


 


──と、大げさな口調で言い放った先輩の元に、少しずつ集まってくる女子たち。

その中には、エプロン姿のままの私と興味本位だけの美優ちゃんの姿もあった。


 


「……やっぱり来ましたね、“あの会”。今年もやるんだ」

美優が腕を組みながら小声で言う。


「“勇気会”?」


「はい。毎年、如月贈菓祭の前日にやってる、非公式の女子会。本命を渡す予定の子だけが参加できる、秘密の作戦会議らしいです」


「へ、へえ……」

と、言いながら私は妙に視線を泳がせていた。


 


「じゃあ、始めましょうか──あなたたちの“恋の話”、聞かせてもらうわ」


 


 


*  *  * 


 


「私……去年の如月贈菓祭で、陽咲の生徒とペアになったんですけど……」

そう切り出したのは、恥ずかしそうに指先をもじもじさせるニ年の子。


「その人が、めっちゃ優しくて……お菓子失敗しかけたとき、笑って励ましてくれて……」

「……名前、ちゃんと聞けなかったんですけど……また、会いたくて」


 


「わたしは──渡す予定じゃなかったんだけど……気づいたら、チョコ作ってて」

「その人に会うたびに、気持ちが膨らんじゃって……もう、ごまかせなくなったです」


 


「“義理で済ませよう”って思ってたのに……なんで、こんなに悩んでるんだろう……って」

「でも、ここで逃げたら、一生後悔する気がして……」


 


それぞれの“好き”の形が、少しずつ、言葉として場に積み重なっていく。


やがて視線が集まったのは、隅にいた私。


 


「……椎名さん。あなたは?」


 


「え、わ、わたし……?」


 


私があわてて顔を上げると、美空が一歩踏み出す。


 


「あなたも、誰かにチョコを渡すつもりで、ここに来たんでしょ?

だったら、その気持ち──ちゃんと、言葉にしてみなさい」


 


その問いに、しばらく黙っていた私が、小さく息を吐いた。


 


「……わたしも。渡したい人がいるの」


 


周囲が静まり返る。


 


「気づくと、あの人のこと思い出してて……

それって、たぶんもう義理じゃない気がして」



「“本命”って言えるほどの勇気はないけど、

 “なんでもない”って片付けるには、ちょっとだけ大切で……」


 


ぽつぽつと語る私の横で、美優がそっと微笑む。


 


「だから──伝えたいって、思ったんですね」


 


その言葉に、美空先輩が満足そうに頷いてくれた。


 


「……よろしい。あなたも、もう“勇気会”の一員よ」


 


 


*  *  * 


 


「では──儀式を始めましょう!」


 


再び前に立った美空が、部屋の中央に持ち込んだのは、

なぜか舞台用の金色のカーテンと、謎のスポットライト。


 


「この壇上に立ち、チョコを掲げて誓いなさい。

『私は、明日、想いを届けます』と──!」




「なんでカーテンあるの!?」

「スポットどこから持ってきたの!?」



「……でも、ちょっとテンション上がるの悔しい……!」


 


そして私も、そっとチョコの入った小箱を手に取り、壇上へ。


 


「……わたし、渡します。明日、ちゃんと……自分の言葉で」


 


静かに、それでも力強く言ったその姿に──

周囲の女子たちが、拍手を送る。


 


「“本命”なんて、カンタンに渡せないからこそ……渡すって決めた時点で、それはもう、“本気”だと思うのよ」


美空先輩が言い切るように笑った。


 


──そしてその夜

私は、まだ“恋”と呼べるかもわからない気持ちを、そっと胸にしまって、

それでも──明日は、ちゃんと向き合うと決めた。




次回── 如月贈菓祭開幕

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