第20話 最強の恋敵!?謎のイケメン、その正体②

ズイ、と半歩前に出た葵が、鋭く指を突きつけてきた。


「あなたのせいで、今年のクリスマスがッ! 僕と姉さんの、かけがえのない恒例行事がッ!!」


「……え、恒例行事?」


「毎年一緒にチキンを焼き、紅茶を飲み、深夜まで映画を見る──そんな“家族の愛の儀式”を、貴方のせいで破壊されたッ!」


「いや、そこまで言う……!?」


後ろの男子たちも、すでにドン引きである。


「七歳のクリスマス。姉さんが作ったマフラーを巻いて近所を散歩しました。姉さんの手編み、今も箱に保管してます」


「八歳の七夕。短冊に“ずっとお兄ちゃんでいてね”と書いた可愛らしい姉さんを、僕は今でも尊敬しています」


「十歳の誕生日。姉さんがくれた“シャープペンシル”は、今でも芯を換えて使ってます。もちろん、姉さんとお揃いのモデルです」



「こ、こいつ……すげぇシスコンだ……」


「お姉ちゃん大好きじゃん……」


「……もはや執着だね……」


 


それでも葵くんは止まらない。


「姉さんが……“佐倉くんと会ってくる”とだけ言い残して出かけた日の衝撃! 僕の心の傷は未だ癒えていない!」


「わ、悪かったってば! ごめんなさい……?」


「謝罪で済む問題ではないッ! 姉さんは、僕の、唯一無二の尊敬すべき人なのです!」


「ちょ、椎名さん!? これ大丈夫なの!?」


俺が助けを求めるように振り返ると、椎名さんはあははと笑っていた。


「ごめんね、ちょっと過保護でさ。でも悪気はないの。ね、葵?」


「姉さん……僕は、ただ……姉さんが誰かに連れ去られていくようで、寂しかったのです……!」


「いや連れ去ってねえし! 自主的に来てくれたんだし!」


陽翔が耐えきれずに突っ込む。


(……なんだこの空気)


俺は頭を抱えたくなる思いだった。

もはや“彼氏”よりタチが悪い──


《我が主よ……これは“血縁による最強障壁”ッ! 俗に言う“シスコンの壁”だ……!》


「……AICO、今さら冷静になるな……」



睨み合うように向き合う、俺と葵くん。


──いや、睨んでいるのは、葵くんだけだった。


「えっと……ごめんね、佐倉くん。葵、ちょっと過敏なとこあって……」


「いや、うん……まあ、だいたいわかった……ような気がする」


湊が気まずそうに答えると、葵はすかさず口を挟んできた。


「“ような気”などでは困ります。明確に理解してください。姉さんは、僕の──」


「はいはいストップ。帰ったらまたクッキー焼いてあげるから」


椎名さんが弟の口を手で塞ぐように制した。


「……ぐぬぬ……約束ですよ……!」


葵くんが渋々口を閉じると、俺の後ろから要がぽつりと呟いた。


「……マジで甘やかされて育ったのな、あの弟くん」


「ていうか“焼きたてクッキー”で黙るって、どこのペットだよ……」


陽翔が小声でツッコみ、純はほんのり微笑みながら呟く。


「……姉弟の絆って、素晴らしいね……」


 


その空気をかき消すように──


「ですが、誤解のないように。僕はあなたを“認めて”などいませんよ」


再び前に出てきた葵くんが、静かな語気で俺を見据えた。


 


「……え?」


「クリスマスは、貴方の勝手な振る舞いで姉さんを奪った」


「奪ってないし、そんな言い方……」


「僕は、姉さんが誰かと過ごすこと自体に反対しているわけではありません」


「そ、そうなの?」


「──“ふさわしい男”であれば、ですが」


ピシャリと告げられた言葉に、俺は思わず言葉を失う。


「……ふさわしい……って……」


「姉さんが笑っていられること。姉さんがちゃんと大事にされていること。姉さんを……絶対に泣かせないこと」


(──絶対に泣かせないこと?)


その言葉に、俺はふと違和感を覚えた。


葵くんは、ほんの一瞬だけ表情を揺らがせる。


「あなたが見ている姉さんは、完璧で、優しくて、気配りのできる人でしょう。

でも、本当は──無理をしているときも、あるんです」


静かな声は、怒りでも責めでもなかった。


「あなたは、姉さんの“本当の顔”を、どれだけ見ていますか?」


俺は、言葉を失ったまま立ち尽くす。


「姉さんは、僕の誇りです。だからこそ──中途半端な覚悟で傍に立たないでください」


葵くんの瞳は、真っ直ぐで、どこまでも真剣だった。


敵意ではない。

ただひたすらに、“姉を守りたい”という願いがそこにあった。


──そして、葵くんは最後に、静かに告げる。


「僕は、姉さんの幸せのためなら──敵でも、味方でも、どちらにもなれますから」


「…………!」



「では、姉さん。僕は先にクッキーの材料を買ってきます」


くるりと振り返ったその姿は、まるで騎士のようで。


「……佐倉くん、大丈夫だった? ごめんね、あんな感じで」


「ううん……だいじょうぶ。ちょっとびっくりしただけだから」


椎名さんが微笑んで言うと、俺はほんの少しだけ笑った。


 


だけど──


 


心の中では、今もざわざわと波が残っていた。


(椎名さんの本当の顔……)


 


目の前の椎名さんは、いつも笑っていた。

けれど、その“完璧な笑顔”の裏には──自分の知らない顔が、あるのかもしれない。


 


《我が主……いよいよ“運命の壁”が現れたようだな》


(ああ、わかってるよ。きっと──ここから、試される)


 


そう思ったとき、ふと椎名さんが振り返って、言った。


「そういえば、今日の佐倉くん……なんか、ちょっとかっこよかったかも」


 


「──えっ?」


 


ぽかんとする俺に、椎名はくすっと笑って、小さく手を振った。


「じゃあね、今年もよろしくお願いしますっ!」


「……あっ……うん!」


 


振り返って歩いていく後ろ姿。


その隣にはもう、弟の姿はなかった。


 


(……よし)


俺は胸の奥で、そっと拳を握る。


(これくらいで、へこたれてられないな……!)


 


小さな覚悟が、静かに灯った。


 


《次回、第十九話──『本当の顔』ッ……!》


《ふはははは……! 我が主よ、いよいよ“真実の扉”が開かれようとしているな!》


《姫の笑顔の裏に潜む、もうひとつの仮面……それを暴くのは、おぬしの覚悟次第!》


《だが警告しておこう。“優しさ”という名の鎧は、時に本人すら気づかぬ檻となる──》


《次回、恋の深淵に挑め!『本当の顔』──心せよ、これは“恋”という名の試練なりッ!》

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