第18話 恋の好敵手!?波乱の初詣

《──貴様ァァァッ! なぜあの場面で告白しなかったのだァァァッ!?》


 


クリスマスデートの後──。

部屋の天井を見つめながら、布団に沈み込む湊の耳を、イヤホン越しの怒号が打ち抜いた。


 


「……AICO、うるさい」


 


《うるさいではないッ! あの雪のタイミングは、まさしく天啓──奇跡の演出であったのだぞ!?》


 


「……わかってるよ。自分でもさ。あの瞬間、言えたらよかったって思った」


 


言い訳のように息をつきながら、俺ははぽつりと続けた。


 


「でもさ……あのときの椎名さん、すごく無邪気に笑っててさ。あの顔、崩したくなかったんだよ……」


 


《……ふむ。感情的判断にしては、理性の入り混じった判断だな。少し見直したぞ》


 


「おまえ、さっきまであんなにキレてたくせに……」


 


《ふっ。だがな、我が主よ──“恋愛戦線”は持久戦ッ! 焦ることなかれ。告白とは、タイミングを制した者のみが勝利を掴む、究極の一手なのだ!》


 


いつものように大仰な言葉で、AICOは持論を展開してくる。

でも、不思議とその声は心地よくて──


 


「……ありがとな、AICO。いつも、助けられてばっかりでさ」


 


《な、なにを言うか! 我はただの支援AIにすぎぬ……!》


 


思わず照れて音声が途切れかけたAICOに、俺はふっと笑って、イヤホンをそっと外した。


 


(次こそは……)


 


小さく呟いて、俺の瞼を閉じた。


 


◇ ◇ ◇


 


年が明けて──。


 


「おっす、湊! 初夢、富士山見えたかー?」


 


新年早々、テンション高めで絡んできたのは陽翔だった。

学校は冬休み中だけど、陽翔、要、純、そして湊の男子校メンツは、恒例の「初詣ツアー」で駅前に集合していた。


 


「いや……夢見た記憶がないな」


 


「マジかー。俺はこたつで寝落ちしてたら、富士山どころかおしるこに溺れてた夢見たわ」


 


「どんな夢だよ……」


 


「……ぼくは、お餅三枚食べたよ」


 


「夢関係ねえし!」


 


それぞれの正月を過ごした俺達は、全員で神社へと向かう道中、まるで修学旅行のように盛り上がりだ。


 


「うちなんてさ、元日から姉ちゃんと福袋争奪戦だよ。もう戦場だって、あれは」


 


「なにそれ平和そうでいいな」


 


「それに比べて湊は、リア充クリスマスだったんだよな〜?」


 


「なっ……!」


 


「うわー!顔赤っ!こりゃ図星だな!」


 


「……や、やめろって……!」


 


「よし、罰として初詣で“恋愛成就”の絵馬書いてもらおーぜ!」


 


わいわいと騒ぎながら、男子校の新年は、にぎやかに始まっていく。


 


神社の境内は、冬休み最後の賑わいを見せていた。

屋台の湯気、初詣客の笑い声、時折響く拍手──そのすべてが、年明けの空気を照らしている。


 


「うお、こっちのたい焼きデカすぎんだろ! マジで二人分はあるだろこれ!」


 


口を開けながら叫んだのは、要だった。


 


「なんであんこって正月に食いたくなるんだろうな〜」


 


陽翔がその横で、ふらふらと湯気の出る屋台へ吸い寄せられる。


 


「……ぼくは、さっきお餅を三枚食べたので……たい焼きは、やめておきます」


 


「お前餅ばっか食ってね?」


 


「それより、先にお参り行こうぜ。せっかく来たんだしよ」


 


要がズンズン進みながら、境内の中心にある大きな本殿を指差す。


 


「──今年も、いい年になりますように」


 


四人並んで手を合わせる。

冬の空は澄んでいて、どこか神聖な気持ちになる。


 


「よし、そんじゃ縁結びの絵馬でも書くか!」


 


陽翔がノリノリで手を叩いた。


 


「えっ、絵馬? 今そこ選ぶ?」


 


要が軽く引きながら笑う。


 


「おまえ、書く気ゼロだろ……」


 


俺が苦笑する横で──


 


「……ぼくは、書くよ」


 


純が真剣な表情で木札を手に取り、スッとペンを走らせた。


 


「うわ、本気だ! 本気の純くんが来た!」


 


「……運命の出会いが、ありますように」


 


「わぁああああ! ピュアがすぎるーっ!」


 


笑いながらも、それぞれおみくじを引いてみる。

陽翔が引いたのは──


 


「キタ! 大吉!」


 


「おまえ、今年どんだけ運使うつもりだよ……」


 


「いや、初詣ってこういうもんでしょ? 一発大吉でテンション上げてこー!」


 


「オレは……末吉か。なんか地味だな」


 


俺がちょっと苦笑しながら紙を握る。


 


「おう、でも末吉って意外と安定志向って聞いたぜ。堅実派だな、湊は」


 


要が肩をバンと叩く。


 


「……小さな幸せを大切にって書いてありますね」


 


純が優しく呟くと、なんだかその通りな気がしてくる。


 


ワイワイと歩いていたそのときだった。


 


──視界の端に、見覚えのある横顔が映った。


 


「あれ……」


 


一瞬思考が止まる。


 


「ん? どした?」


 


「……椎名さん、だ」


 


境内の端──朱塗りの橋の前に、椎名さんの姿があった。

白い振袖。薄紅の椿模様が肩に描かれたそれは、雪のように清らかで、柔らかい光を纏っていた。


 


髪をまとめて、ほんの少し大人びたその表情。

その姿は、どこか現実味を失って──まるで異世界の姫のようだった。


 


「うわ……ヤベ、マジで……」


 


「めっちゃ似合ってる……てか、今日いるって聞いてないぞ!?」


 


「椎名さん……綺麗ですね……」


 


「おいおい、隣……誰かいるぞ?」


 


要が低く呟いた瞬間、俺の心に冷たいものが走る。


 


その隣に立っていたのは──


 


長身の男だった。


 


180cm近くあるだろうか。スラリとした立ち姿に、整いすぎた顔立ち。

漆黒のコートを羽織り、椎名の肩に自然に手を添えている。

笑って、彼女の耳元に何かを囁いていた。


 


「……っ」


 


喉が、音を立てるように詰まった。


 


「え、誰あのイケメン……」


 


「ていうか、距離近くね……? マジで彼氏じゃね?」


 


「佐倉くん……その、えっと……大丈夫?」


 


俺は何も答えられなかった。

ただ、視線だけが、吸い寄せられるように彼らの背中を追っていた。


 


椎名は、男と一緒にゆっくりと参道を歩いていく。

時折顔を見合わせて笑い合う、その光景。


 


(……誰だ、あの人)


(まさか……椎名さんに、好きな人──?)


(それとも……)


 


(俺、何にも知らないんだ)


 


視界が、ぐらぐらと揺れた。


 


《──我が主ッ!目を覚ませッ!これは試練だッ!!》


 


「うわっ、AICO!? いまそれどころじゃ──」


 


《ちがう、この雰囲気……“恋の障壁”……まさか、宿敵ライバル!?》


 


「やめてくれ今は本気で混乱してんだって!」


 


──初詣のはずだった。

──笑い合って、今年も頑張ろうって思う日だったのに。


 


けれど、心に灯ったのは。

疑問と、不安と、どうしようもない──焦りだった。


 


 



【次回予告】


第十八話 最強の恋敵!?謎のイケメン、その正体


突然現れた超絶美形男子──

彼の正体はまさかの!? そして明かされる“真実”とは──!

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