第17話 聖夜ノ契約─二人だけの異界舞踏(デュオ・リリカル)

《──我が君よ!》


耳元でいきなり響いた声に、俺は反射的に身をのけぞった。


「わっ、びっくりした……!」


《よいか、貴様は今より“恋愛決戦の舞踏会”へと挑む──これはすなわち、運命の《クロスロード(交差点)》であるッ!》


「だから言い方が大げさなんだよ……」


通学路での帰り、イヤホン越しに語りかけてくるのは今日も厨二病全開のAICOに、すっかり慣れてしまった自分がちょっと悔しい。


「ていうか、そろそろ落ち着いて話せない? 今日は、そういうテンションじゃないから……」


《ふ……緊張しておるな、我が主よ。だが、安心せよ! このAICOが、貴様の後方支援にまわる!》


「……だから、そういうのがテンション上がるって言ってるんだよ」


(でもまあ、ありがとう)


俺は内心でそう呟いて、深呼吸をひとつ。


今日は──クリスマス。


待ち合わせの場所は、いつもの駅前ロータリー。


待っていた椎名さんは、ふんわりとした白のニットに、ベージュのコート。

首元のマフラーが淡いラベンダー色で、冬の空気によく似合っていた。


「ごめん椎名さん!待たせちゃったね。」


「……大丈夫だよ。今日は誘ってくれてありがとう!」


思わず見惚れそうになる。

でも、それはお互い様だったようで──


「……その服、似合ってるね。なんか、すごく大人っぽい」


「あ、ありがと。……椎名さんも、すごく似合ってる」


ちょっと気まずくて、ちょっと照れくさくて。

でも、心はふわふわと浮いていた。


「今日は、よろしくね」


「うん。……行こうか」


俺たち二人は並んで歩き出す。

その背中に、AICOの声が静かに響いた。


《──我が主よ、勝利をつかめ》


 


◇ ◇ ◇


 


駅前のシネコン。

選んだ映画は、椎名さんが気になっていたというファンタジー系のアニメ映画だった。


大人も楽しめると評判のそれは、しっかりとした脚本に、美しい映像、胸を打つラストまであって──


「……泣くとは思わなかった……」


椎名さんはハンカチをそっと目元にあてながら、ほろりと微笑んでいた。


「ちょっと、反則だよね。あの展開……ずるいよ……」


「うん……わかる。あれは泣く……」


映画館を出たあと、俺たちは近くのカフェに入った。

ソファ席で向かい合い、温かい紅茶を前にして、自然と感想会が始まる。


「主人公の最後のセリフ、すごく良かったよね。“君と出会えたから、僕は僕でいられる”って……」


「うん……。ああいう言葉、素直に言えるのってすごいよな」


「でも、佐倉くんも言えそうだけどね。……ちゃんと、気持ちを伝えるタイプだと思うよ?」


「えっ、そうかな……」


照れて目を逸らすと、椎名さんはくすっと笑った。


店を出る頃には、日も暮れかけていた。


「えっとさ。……まだ、ちょっと寄り道してもいい?」


「うん、もちろん」


俺たちは再び並んで歩き出した。


 


◇ ◇ ◇


 


小高い丘の上にある公園──通称「高台」へ向かう坂道。

椎名さんは目を丸くした。


「この道って、この前一緒に行った高台だよね? 私、夜は来たことないんだ」


俺は小さく笑って、うなずく。


やがてたどり着いた展望エリア。

街を一望できるその場所は、夜の光に包まれていた。


「……すごい。こんなに綺麗なんだ、夜って」


椎名さんが感嘆の声を上げる。


「昼も好きだけど、今のここは……特別なんだよ」


(プレゼントを買った後に下見に来といてよかった…)


その言葉が、自然に口をついて出る。




やがて──


椎名さんの目が俺に向かって、静かに口を開いた。


「ねえ、佐倉くん」


「ん?」


「この前……あのショッピングモールで、誰かといたよね? 女の子と」


俺は一瞬息を呑み、そして静かに答えた。


「ああ……それ、見られてたんだ。実はあの日、妹と服を選びに行ってて。自分じゃまったく分からなくてさ。ちゃんとした格好で会いたいなって思ってたから」


「妹さん……?」


「うん。椿ヶ丘の生徒会にいる、佐倉美優って……」


「──えっ!? 美優ちゃん、妹だったの!?」


椎名さんが思わず目を見開いた。


「名字一緒だなーとは思ってたけど……兄妹だったんだ! びっくり!」


「美優も言ってなかったのか……まあ、あいつも無駄に気を遣うからな」


ふたりの間に、思わず笑いがこぼれた。


その空気に背中を押されるように、湊はカバンから小さな包みを取り出した。


「……あのさ、椎名さん。これ、渡したくて」


「え?」


「クリスマスプレゼント……っていうか。気持ちだけど」


椎名は驚いたように包みを受け取り、ゆっくりと包装を開けた。


「──あっ。これ、この前一緒に雑貨屋さんで見たやつ……ティーバッグと、入浴剤のセット」


「覚えてた。なんか、椎名さんがすごく嬉しそうにしてたから」


「……うん。嬉しい。ありがとう。ほんとに、嬉しいよ」


そして──


湊はもう一つ、小さな箱を差し出した。


「……実は、もう一個あるんだ」


「えっ……」


箱の中には、上品な革のブックカバー。


「椎名さん、本が好きだろ? 初めて図書館で話したとき言ってた。……雑貨屋で思い出してさ」


「わぁ……。ちょうど、いま使ってるのが古くなってたんだ。……大事にするね」


そう言って、椎名はふたつのプレゼントを胸にそっと抱えるようにして、大事そうに両腕で包み込んだ。


冬の冷たい風が吹く中で、その仕草だけが、とてもあたたかかった。


俺は、言葉にならない何かが胸の奥で静かに灯るのを感じていた。


 


そのとき、椎名さんは自分のカバンに手を伸ばした。


「……私からも、あるんだ。プレゼント」


「え、プレゼント?」


「うん。ちょっとしたものだけど……よかったら、受け取って」


渡されたのは、小さな紙袋。

中から出てきたのは、丁寧にラミネートされた、手作りのしおりだった。


そこには、柔らかな筆記体の文字が添えられていた。


 


【読んだ物語の数だけ、人の心は豊かになるんだって。

だからこれからも、素敵なページをめくっていってね──椎名より】


 


俺は言葉を失い、しばらくそれを見つめていた。


「……これ、椎名さんが?」


「うん。ちょっと恥ずかしいけど……本、好きだって思って。ひとこと添えたくて」


「……すげぇ、ありがとう。俺、ちゃんと使う」


そう口にしたとき──


空から、白いひとひらが落ちてきた。


「あっ……雪、だ」


椎名さんが空を見上げる。


夜の空から、ふわりと舞い落ちる雪。

まるで、世界が静かに祝福しているようだった。


俺はその横顔を見つめながら、胸の奥で何かがせり上がるのを感じていた。


(……今、言えるかな)


けれど──


「わぁ……雪だ、雪だよ……!」


椎名さんはしゃぐように、両手を広げて雪を受け止める。

その無邪気な笑顔が、すべてを包み込んでしまった。


「……ずるいな、椎名さん」


でも、きっと──


(いつか、ちゃんと、伝えよう)


俺はそっと息を吐いた。


静かに降る雪の中、俺たちの距離は、確かに縮まっているのを感じた。



次回、男子校ラブコメ、年明け早々に波乱の予感!?

『恋の好敵手!?波乱の初詣』

振袖姿の椎名さん、そしてその隣には……誰!?

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