第9話 既読という名のギアス

スマホの通知音が鳴った瞬間、俺の鼓動が跳ねた。

画面には──“椎名瑠璃”の名前。


俺は息を呑み、慎重にトーク画面を開いた。


『ごめんなさい、すぐ返せなくて……すごく嬉しかったんですけど、どう返したらいいかずっと悩んでました。

今度の日曜なら、空いてます!』


──その瞬間。


俺はスマホを胸に抱き、ベッドに倒れ込んだ。


「…………やば……」


心臓がうるさい。


「デ、デート……デート……っ」


真っ赤になった顔を枕にうずめて転がる。


「ちょ、ちょっと待って、あれって……つまり、オッケー……ってことでいいんだよな……!? えっ、そうだよな!? おれの、“よかったらお茶でも”ってやつに……!」


自分の送ったメッセージを確認する。


『こんにちは。文化祭の日、ほんとにありがとう。

あれから、なんとなくまた話せたらいいなって思ってました。

よかったら、今度どっかでちょっとだけお茶でもどうですか?』


「“ちょっとだけ”とかつけておいてマジでよかったぁあああ!! 過去のおれ、天才!!」


《おにいちゃん、おめでと〜〜〜☆ こいのステージ、はっじまるよ〜☆》


スマホのスピーカーから、あの高い声が響く。


AICO──恋愛サポートAI。

現在はVer2.0、ウザかわいい幼女キャラで絶賛稼働中。


《さぁさぁ! おにいちゃんの でーと、うけつけました〜☆

ご予約、にちようび! あいて、椎名るりちゃん! じかんは、えっと、まだきまってませーん☆》


「うるさい……てか、まだ何も決まってない……!」


《でもでもぉ〜? どこ行くのぉ〜? ガ○ト? サ○ゼ? タピオカって、まだ生きてるの〜??》


「だから、そういう古めの情報でボケてくるのやめろ……こっちは本気なんだよ……!」


俺は布団をかぶって唸った。


──確かに、返事は来た。

嬉しかった。爆発しそうなほど、嬉しかった。


けど。


「……で、どこ行けばいいんだよ」


現実が、ゆっくりと襲ってくる。


初デート。

どこで、なにを、どうやって。


そんな経験、俺の辞書にはない!


《おにいちゃん、しつもーん☆ おみせ、きめてる〜?》


「決めてたら苦労してないわ……!」


《んー! じゃあ アイコちゃんと いっしょに かんがえよっ☆

ファーストデートは、チョコパフェの数で きまるって れんあいじしょに のってた〜☆》


「いやどこの辞書だよそれ……」


……限界だった。


湊は静かに、男子校グルチャを開く。


「……これは、一人で考えるの無理だ。……呼ぶか、あいつらを」



***


夜の男子校グループチャット。

謎のAIと、恋愛未経験男子4人の恋愛会議が幕を開ける──!


【陽翔】:なんだこの時間に

【湊】:すまん、緊急案件だ

【要】:まさかおまえ、また数学の課題パクらせてって……

【湊】:違う。……椎名さんから返事、来た


【陽翔】:キターーーー!!!!!!!!!!!!

【純】:……本当に? おめでとう

【要】:で、何て?


【湊】:今度の日曜、空いてますって。お茶、OKだった


【陽翔】:デートじゃん!!!!!!

【要】:リアルに、デートじゃん!!!!!!

【純】:すごい、すごいね……!


テンションが一気に爆発する中、

AICOが当然のように乱入してきた。


《わ〜い♡ おにいちゃんの はつでーと、だよ〜っ!! がんばってね〜! パフェ、たべてね〜♡》


【陽翔】:……ちょっと待て

【陽翔】:なんでAIがグルチャにいるんだよ

【要】:てか、招待した?

【湊】:してない。勝手に来た


《ネットは せかいと つながってるのだ〜☆ わたし、そーいう仕様♡》


【陽翔】:こええよ!!!!

【純】:……すごいね。AICOちゃん、どこにでもいるんだね……


《えへへ〜♡ わたし、まいにちログインしてるもん☆》


【湊】:いやでもマジで、どこでお茶すればいいのかわからん……

【湊】:こっちはデートなんて初めてなんだよ……


【陽翔】:じゃあ俺の案な。「純喫茶」ってとこがあるらしい。チョコカレーうどん出してくれるって

【湊】:絶対やだ


【要】:タピオカで良くね? 女ってタピオカ好きだろ

【陽翔】:古ッ!!! タピオカは2018年に置いてこいよ

【純】:ぼく、知らない喫茶店とか……こわい……


混迷する男子会議。

脳内はファミレスかスタ○かでループしている。


《でーとプラン、けってい☆ とつげき! ファミレス・クエスト☆》


【湊】:AICO、黙ってて


──その混沌に、突如として現れた救世主。


「……はぁ。男子って、ほんっと使えないよね」


「み、美優……!? なんでここに……!」


「グルチャの通知、マジでうるさいんだけど? てか、スマホ放置して風呂入ってたでしょ。画面見えたから」


「見えてたのかよ!? てか勝手に開くなよ!」


「はぁ……しょうがないな、ほんと。いい? 女の子に“お茶”って言ったなら、それなりの場所じゃないと引かれるよ?」


美優はスマホをひったくり、検索して画面を見せてきた。


「ほら。駅前にある『Café Lueur』って店。落ち着いた雰囲気で、でも可愛い系のスイーツもあるし、外観も映える。インスタでバズったこともある」


「えっ……すご……」


《うーん! ミユちゃんすごーい! わたし、まけてる〜!? これは ちょっとくやしい〜〜〜っ☆》


「……あ、あの、ありがとう美優。ほんと助かった……」


「うんうん、お兄の初デートを台無しにされたらこっちの名誉にも関わるからね。……にしても、恋愛未経験男子四人とAIの会議とか、カオスすぎでしょ」


「やめろ……言わないで……」


深夜のチャットは、美優の一言で静まり返った。

そして──第一の難関、「場所選び」は、意外な形で解決されたのだった。



***


日曜日、朝8時半。


湊の部屋には、独特の緊張感が漂っていた。


鏡の前で服を確認し、髪を整え、靴まで磨く。


「……おかしいな。昨日まで普通に生きてたはずなのに、なんでこんなに手汗すごいんだ……」


そのとき。


《おにいちゃん、おにいちゃんっ♡

そのシャツ、かわいいけどぉ〜……すこしだけ、シワが気になるかもっ☆》


湊のスマホから飛び出してきたのは、もちろんAICO。


「シワ? え、やばい……アイロンってどこだっけ……」


《だいじょーぶ☆ いまから、おべんきょーの時間で〜す!》


画面いっぱいに表示されるチェックリスト。



■恋の装備チェック by AICO

□ シャツ → 清潔感&シワNG!(アイロンするべし)

□ 靴 → ボロボロNG。新品でなくても、きれいに磨くこと

□ 香り → 香水よりも、柔軟剤の“いい匂い”が好印象

□ 髪 → 寝グセは最大の敵!



「お前、いつの間にこんな機能……」


《えへへ〜☆ アイコ、さいきん じつは“ひっそり うぷでーと” したのだ〜♡》


さらにスライド。



■会話テク by AICO

・相手の目を見る → でも、にらめっこじゃないよ! ちょっとそらすくらいがベスト☆

・相手の言葉を繰り返す → 「〇〇が好きなんだ」→「へぇ、〇〇好きなんだね!」

・話題に困ったら → 「今日、来てくれてありがとう」って言おう。それだけで、伝わるから!



──ふざけた幼女AIのくせに、時々こうして刺してくる。


「……なんか、おまえ。今日、やたら頼れるな」


《でーとってね、“相手を知りたい”って きもちが いちばん大事なんだよ〜♡

 しっぱいしても、うまくいかなくても、ちゃんと“好き”って思えたことが宝物だから☆》


湊は一瞬だけ、目を伏せ──静かに言った。


「ああ……そうだな。ありがとう、AICO」


《えへっ♡ じゃ、れっつごー☆ はつでーと、ファイトだよ〜っ!》


AICOの声に背中を押され、湊は立ち上がる。


「よし。いってきます──!」



***


ついに迎えた、初デート当日。

“恋愛未履修”男子の挑戦が、静かに始まろうとしていた──!


(つづく)



次回予告!


\デデデンッ!/

《じかいよこく〜☆》


《ながき よるを こえて……いま、しゅっぱつの とき!》

《はじめての でーとに いどむは、れんあい ひよっこ トレーナー・みなとっち!》


\ジャンッ/

湊「……なにそれ!? 誰が“トレーナー”だよ!!」


《しかぁーし! まちうけるのは、恋愛ジムリーダー・シーナ!》


\ピシャーン! 雷の演出/

椎名(イメージ)「……あ、あの……このお店、入ってみたかったんです……」


湊(内心)《くっ、かわいすぎる……これは“悩殺フェアリーパンチ”……!?》


\ピーピー警報音/

《みなとっち、こんらんしている!》


《いったいどうなる!? たたかいの いくすうびょうご……“でーと”が はじまるっ!》


\パァァァァン! 光と共にタイトルロゴ出現!/


【次回】

はつでーと! ジムリーダー・シーナに いどめ!


\テレテッテッテッテ〜ン♪/(どこかで聴いたような音)


《おたのしみに〜♡》

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