第32章「碧の真意、調和のなかで戦うということ」

「……多数決でいいのではないでしょうか」

 その提案に、会議室の空気がわずかに緩んだ。

 自治区再編に関する統一議案、分派意見をまとめる調整会議。

 重苦しい沈黙の中、誰かが“結論”を急ごうとした瞬間だった。

 碧は、その場で口を開く。

「……でも、それでは“声の小さい人たち”の想いがまた、埋もれてしまいます」

 静かながら、はっきりとした声。

 視線が一斉に碧へ向いた。

「……ですが、全体の合意が先決です」

「合意って、“黙ってうなずく”ことじゃないはずです」

 その言葉は、場に一瞬の緊張をもたらした。

(私は、ずっと“場を壊さないように”生きてきた)

(でも、いま私が黙れば、この場は“静かに誰かを切り捨てる”)

「私は、反対意見を“否定されないまま”議事録に残したいと思います。

 それがこの制度の“調和”を目指すなら、必要な対話のはずです」

 一瞬、空気がざわついた。

 理子が、口元に笑みを浮かべた。

「……いいんじゃない? “反対を認める調和”って、少し粋でいいわ」

 優一も頷く。

「その方が、納得して話せる」

 そうして、碧の“静かな主張”は、誰かの心を動かし始めていた。

 会議後。

 碧は廊下でまどかとすれ違う。

「すごかったね。……こわくなかった?」

「……こわかったよ。調和を乱したくなかった。でも、調和って“黙ること”じゃなくて、“分かろうとすること”だって、やっと思えたの」

 まどかは笑顔で頷いた。

「碧さんが言うなら、それが一番調和だよ」

 碧は少し目を伏せてから、まっすぐ顔を上げた。

「……私、もう“空気”じゃなくて、“意志”で話していくね」


 彼女のその姿は、

 場の空気を読むことで生きてきた者が、“空気を変える者”になった証だった。

 そしてそれは、新しい“調和のかたち”の始まりでもあった。

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