第29章「理子の誓い、勝ち方よりも守るもの」

「ねえ、優一。あんたさ、わざと負けてるよね?」

 縁宮南棟、議論室の一角。

 理子の問いに、優一は驚いたように顔を上げた。

「……どういう意味だい?」

「この前の契約事例の整理。あんた、“本来は違反扱いにできる項目”をわざと見逃してた。理由、聞かせて」

 優一は少し黙ったのち、ゆっくりと話し出す。

「……あれは、“違反”と断ずるにはあまりにも状況が特殊だった。規則に従えば“勝てる”かもしれないけれど、その後の人間関係が壊れる。だったら、“正しすぎない正しさ”の方がいいと思った」

「……それが、“やさしさ”?」

「いや、俺の“責任”だ。俺が言葉を慎重に扱うのは、“壊したくないもの”があるからだ」

 その言葉に、理子の中に、ざらりとした感情が広がった。

(……私は、“勝つこと”で、何かを得てきた。

 でも、この人は“壊さないこと”で、何かを守ってきた)

 その夜、理子は帳面をめくりながらひとりごちた。

「“勝ち方”って、そんなに重要だったんだっけ?」

 これまで、どんな場面でも“先手を取る”“相手の隙を突く”――そんな自分でいることを当然としてきた。

 けれど、優一のような人間が、静かに、確かに“尊敬されている”のを見てしまった今、

 勝つだけではたどり着けない“何か”があるのではないか――そんな想いが拭えなかった。

 翌日。

 理子は健太に、新たな提案をした。

「“手段の透明化に関する審議会”を立ち上げたいの。“結果が出れば良し”の風潮を見直したい」

 健太は少し驚いた表情を浮かべたあと、静かに頷いた。

「……理子さんがそれを言う日が来るとは思わなかった。けど――俺は、すごくうれしい」

 彼の言葉に、理子は少しだけ視線を逸らして言った。

「……別に。“変わった”とかじゃない。“守りたい勝ち方”が、できただけ」

 そのとき、扉の向こうから優一の声がした。

「……その“勝ち方”、俺も見てみたい」

 理子は、少しだけ頬を赤らめて答えた。

「……いいよ。次は、正々堂々、私の勝ちって言わせるから」


 それは、

“勝ちたい”という本能に、“守りたい”という願いが重なった瞬間だった。

 そしてその重なりが、

 理子の“誓い”となって、未来への礎となってゆく。

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