第9話


「ウオオオオオオオ!!」


 振るわれた黒い聖剣を受け止めた槍が、熱したナイフで切られたバターの様に斬り裂かれる。

 白銀ギンガの聖剣ジ・オリジンには、彼女の魔法無効化能力を宿らせる事が可能。唯一、矛盾を起こさずに相手の魔法だけを掻き消す事が可能。

 故に、魔法で作られたセツナの武器が切断されるのは当然の帰結。しかし、セツナは驚きに目を見開いていた。


「これは……!」


 セツナは後ろに飛び退き、能力を行使する。


「世界よ、凍り付け!」


 時間が止まる。セツナだけが動く事ができる。彼女だけの世界が降臨した。

 ギンガはセツナを睨みつけたまま動けない。そんな彼女に向かってゆっくりと歩を進めるセツナだが――。


「――無駄ダァ!!」

「――!」


 バキンッ! と何かが壊れる音が響くと同時にギンガの体が動いた。

 手に持った黒い聖剣を振り抜き、セツナは間一髪で回避をする。


 やはり、そうか。

 白銀ギンガの力が増している! それも、特級であるセツナの力に対抗できる程に!


 セツナは感じ取っていた。ギンガの纏う魔力の異質さに。

 先ほど感じた真っすぐな魔力は歪に変化し禍々しく、黒く、狂暴になっている。その邪悪さは――自分や他の特級と同等。

 何より、自分の能力を無効化されている時点で異質。以前は無効化能力自体を停止させていたが、今はそれができない。


 つまり、白銀ギンガの魔法無効化能力がしている。


「貴様、ラストダンジョンに呑まれたのか!?」

「何ノ話ダ!」


 問い掛けて、すぐにセツナはあり得ないと己を否定する。

 流石にあの短期間でラストダンジョンに潜って攻略し、そのまま此処に来る事はできないだろう、と。そもそもラストダンジョンが発生すれば気付ける筈。少なくともこのダンジョン内で白いゲートは発生していない。


 つまり、別の外的要因で白銀ギンガは変質してしまったという事。

 それもあまり健全ではないやり方で。


「厄介だな」


 セツナは黒幕の力に顔を顰める。この短期間で一人の人間を特級クラスに変える事ができる存在が、この世界に居るという事。

 彼女の脳裏に不死王ノスフェラトゥがチラつく。直近で脅威と思える外敵だ。それと同等クラスの敵の存在は、セツナに警戒心を与えた。


 ひとまずやるべき事は、白銀ギンガの無力化。


「シャベリン!」


 氷で作られた無数の槍がギンガに向けて放たれる。

 しかし、氷の槍はギンガに届く前に溶ける様にして空中で消える。


「モウ貴様デハ、ボクニ勝テナイ!」


 ドンッ! と音を立てて飛び出し――加速する。

 セツナは手に槍を作り出し、受け止めて一瞬だけ隙を作り、すぐさま地面を転がって回避する。

 結果、ギンガはそのままダンジョンの壁に激突し、しかしすぐに振り返ってギラギラとした目でセツナを睨んだ。


「……あれは」


 セツナは、ギンガの頭部に角が生えているのが見えた。

 飾りかと思ったが、どうやら本当に生えているらしい。


:白銀ギンガの種族が変化している【神の眼】

:え?変化?

:どういう事?

:そのままの意味だ。鑑定で視たら今の彼女の肉体は『鬼』になっている【神の眼】


 種族が変わった事で膂力が大幅に強化されている事に気づいたセツナは舌打ちをする。

 鬼は力が強く頑丈なモンスターだ。そんな鬼が魔法無効化能力と、どんな防御も貫通する無敵の聖剣を持っているとなると、攻略難易度は跳ね上がる。

 普段のセツナなら能力のゴリ押しで何とかするが……相性が悪かった。彼女がここまで苦戦するのは、不死王ノスフェラトゥ以来である。


「だが、やりようはあるな」


 少し、痛いが。

 しかし、このままだと危険だ。

 故に、セツナは覚悟する。


「ヒムロオオオ! セツナァアアアアアア!!」


 ――己の死を。


 次の瞬間、駆け出したギンガの黒い聖剣は……セツナを突き刺した。


:あ

:やられた

:死んだか


「……!?」

「かふっ……もう、逃げられんぞ……!」


 セツナは自分を貫いている聖剣を掴み――己の魔力を全力で流し込み、ギンガが身に纏う異質な魔力のみを停めた。


「なん、だ、これは……!?」

「私の奥の手だ。何処かの不死女を殺す為のな」


 ――セツナの能力は、万象の凍結。

 その力により空気中の水分を凍らせて氷を作り出したり、ダンジョン内の時間を不完全ながらも凍結させる事が可能。


 そして、この凍結能力は他者の魔力や異能すら凍結させる事が可能。

 その効果範囲は、セツナ自身の魔力と相手の魔力の差で決まる。


「力が……力が抜けていく……!?」


 ギンガに纏わりついている魔力が凍結されていけばいくほど、彼女は戻っていく。

 レベルが下がり、変質した能力が戻り、淀んだ意志が晴れていく。

 そうなれば――後は、ダムが決壊した様に解決していく。


(ボクは何をしようとしていた?)


 ギンガの頭の奥底にはずっとある言葉が囁き続けられていた。


 ――影森クロトを殺せ。自分を捨てた男に天罰を。思い通りにならないなら壊せ。


 ギンガは鋼の意志でそれに抗い続けた。その結果嫉妬した対象である氷室セツナを抹殺対象に選んでしまった。これは黒幕も予想外の出来事であった。


 しかし、ギンガはそんな己の行為に心が壊れそうだった。

 こんな不意打ちをしたくない。正々堂々とクロトを賭けて戦いたい。他者の力で勝っても意味がない。クロトのお姉ちゃんになるのなら、清く正しく在りたい。


 故に、セツナによって黒い魔力を止められれば――。


「――こんな、魔力!!!」


 ガシッと己の角を掴みギンガ。


「こんな、力!!!」


 そしてそのままミシミシと音を立てる程に思いっきり握り締めて。


「お姉ちゃんには!!! 必要ない!!!」


 そのまま一気に引き抜いた。ギンガの頭部から鮮血が舞い、同時に彼女に纏わりついていた黒い魔力が霧散する。


「――今回だけは感謝する……凍羅晩像」


 その言葉を最後に彼女は意識を失い、その場に倒れ……る前に、ギンガの身をクロトが受け止めた。

 クロトはそのままゆっくりとギンガはその場に横にさせると、腹から血を流しているセツナに大丈夫か? と尋ねる。


「問題ない。出血は能力で止めている。時期に塞がる」


 そう言ってセツナは、ギンガの額に空いた穴から噴き出す血を能力で止めた。

 このまま放っておくと出血多量で死んでしまう。

 しかしこれも応急処置だ。能力を解除する前に治療する必要がある。


「む。なんだそれは」


 セツナは、クロトに黒い玉を渡される。尋ねられたクロトは秘薬だと簡潔に答えた。

 クロトの所持するアイテムの中で即効性のある回復薬だ。

 つまりダンジョンで獲れる素材で作られた薬であり、セツナからすればあまり使いたくない代物。


「ちっ。仕方ない」


 渋々秘薬を口の中に放り込み飲み込むと、苦みを感じる変な味だと顔を顰めるセツナ。みるみるうちに傷が塞がり、彼女は能力を解除した。


 さて、次はギンガだが……とても飲み込める状況ではなかった。意識を失っている彼女の口の中に入れても飲み込む素振りが無い。


 仕方ない、とクロトはため息を吐くとギンガの口の中に入れた秘薬を取り出し、パクっと口の中に入れる。


「え?」


 そしてポリポリと噛み砕いたクロトは、両手でギンガの顔を掴み……。


「ちょ」


 そのまま己の顔を寄せて――。


:ぎゃああああああああ!

:センシティブ! センシティブ!

:水音がセンシティブ!

:うあああああああああ! 脳が破壊されるぅうううううう【神の眼】

:これギンガさん絶対に保存する光景だろ


 ギンガの体の中に秘薬が入った為、彼女の頭部にあった傷は無事に塞がった。それを確認したクロトは、よし終わったと満足そうに頷く。


「な、なにがよしだこの変態!」


 そんな彼に対して、セツナは顔を真っ赤にさせて非難した。

 意識ない女性……元男だが、とにかく本人が知らない所で、をしたクロトをセツナは睨みつけていた。

 それに対してクロトは治療だよ、と言った。


「そ、それでも、あんな事をする必要が……」


 仕方ない事だ、とクロトは気にした素振りを見せずに言った。

 口移しでも良かったが、流石にそれは失礼だと感じたので、さっきの方法を選んだと説明する。

 加えて、セツナの魔力が残り少ない事を考慮するとさっさと治した方が良いと判断した。


「……気が付いていたのか」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるセツナに、クロトは頷く。まるで弱点を知られた様だった。

 とりあえず外に出よう。クロトの提案にセツナはため息を吐いた。相変わらず推し以外の異性には興味を示さないな、と。


:あああああああああ

:ああああああああ

:ああああああああ【神の眼】


 なお、コメント欄では未だにリスナー達が発狂していた。

 ちなみに、今回の配信のアーカイブはセンシティブ判定を喰らい残らなかった為、後日自分がされた事を知った白銀ギンガは泣いて悔しがったという。

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