第30話 転校生は子供が欲しい

 月曜日の朝のHR直前、教室はなんともいえないざわついた空気に包まれていた。


「ねえ、なんか今日、転校生が来るんだって」


「しかも、超美少女らしいよ……!」


「海外帰りなんだって!」


 俺は聞こえないフリをしながら、窓際の席でぼんやりしていた。


(……灯の“事故キス”、まだ引きずってんな俺……)


 そう。先週の灯の事故と称したキス行為の一件で、俺の中の何かは確実に変わり始めていた。


 灯の柔らかい唇、熱を帯びた吐息、耳まで真っ赤にして「事故だから」と言い張るあの姿。

 いつもの毒舌でごまかしてるけど、あれは本気の気持ちが滲んでいた。


(……けど、どうすりゃいいんだよ、あんなの……)


 頭を抱えていた俺に、灯が教室内では珍しくスッと近づいてきてボソッと呟いた。


「なに悩んでんのよバカオタ悠斗。また事故起きるかもよ?」


「ぶほっ!? なに急に距離詰めて──!」


「ふふん、顔真っ赤~」


 灯は照れ隠しのように笑い、自分の席に戻って行った。

 それと同時にチャイムが鳴り、朝のHRが始まった。


「それでは、今日からこのクラスに転校してくる生徒を紹介します」


 担任の声で、教室の空気がピンと張り詰める。


 ゆっくりとドアが開いた。



「…………」



 中に入ってきたのは、長い黒髪と切れ長の目が印象的な、静かな雰囲気の少女だった。なんかずっと眠そうな顔に見える。これがダウナー系ってやつか? 知らないけど。

 あと、制服の上からでもわかるほどの圧倒的なプロポーション。特に、灯と比べると目を疑うほどの“差”。

 後ろの席の春日井さんよりもだ。

 だって後ろから「うわぁ、私より大きい人初めて見たかも……」って聞こえてくるくらいだもの。


「……御堂紗夜みどうさよです」


 小さく、でもどこか不思議な響きで自己紹介する。


「日本には帰ってきたばかりなので、いろいろ戸惑うこともあると思いますが……よろしくお願いします」


「よろしくぅぅぅ……!」


「超絶美人……」


 男子が全員、立ち上がらんばかりの勢いで浮足立つ中、彼女は静かに真っ直ぐ歩き出した。



「えっ……?」



 なぜか俺に向かって。



「凛くんのとこ……?」


「なに、知り合い……?」


「え? え? ちょっと御堂さん?」



 クラスメイトがざわつき、先生が慌てて止めようとする間もなく、転校生は俺の机の前でぴたりと止まる。


「……やっと、会えたわ」


 ぽつりとこぼすように言ったその瞬間――


「えっ、ちょ、なにっ──」


 がばっ!


 転校生の御堂さんは、いきなり俺を抱きしめてきた。

 柔らかく、圧倒的な質量が顔に押しつけられる。


「むぐっ……!? ちょっ……!」


「待っ……!!」


 周囲がどよめく。灯が何か言いかけて口を噤んだ。


 そして御堂さんは、俺の顔をぐいと持ち上げると──


「……ん」


 ──キスをした。


 教室中が凍りついた。


 しかもそのキスは、唇を重ねるだけでは終わらなかった。


 舌が、絡む。


 音が、鳴る。


 頭が真っ白になる。


 なんだ? 何が起きてる?

 それすら分からないうちにキスが終わると、彼女は無表情でぽつりと告げた。


「結婚しにきたわ。子供、何人欲しい?」


 ──爆発音のように、クラスがざわついた。


「えっ!?」

「け、けっこん!?」

「こ、こどもぉ!?」


 灯ががたん、と椅子を蹴って立ち上がる。


「な……っ、なにあの女!!」


 そんな中、俺はただ顔を赤くしたまま、放心状態だった。


(……な、なにが起こったんだ俺の人生……)



 ◇◇◇



 その日の放課後。

 俺は鬼の形相の灯や、休み時間の度に追いかけてくる御堂さんから逃げ続け、屋上に避難していた。

 その時──


「見つけた」


 御堂さんだ。


「えっと……なんでそんなに俺を?」


「……覚えてない?」


「え……?」


「昔、結婚の約束したでしょ。『大きくなったらお嫁さんにする』って」


 脳裏に、ぼんやりと幼い記憶がよみがえる。

 父親が借金を返すため一攫千金を狙って行った港町。そこで会った黒髪の少女。

 両親がすぐに諦めた為、ほんの一週間だけの滞在だったけど、毎日のように遊んだ女の子。


(……まさか、あの子が……!?)


「あの日からずっと、あなただけを思って生きてきた。絶対に迎えに行くって決めてたのよ」


 そう語る彼女の声は、淡々としていて、それがかえって本気の重みを感じさせる。


「……で、どうする? 子供は、何人?」


「い、いや、その前に付き合うとか……!!」


「じゃあ、付き合うわ。今日から。今から。もうキスしたし、当然でしょう?」


 まるでそれが当然かのように話す彼女の姿。


(ヤバい……!! コイツ、灯とは別ベクトルで……ヤバい……!!)

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