第29話 なんでも事故にしちゃうギャル

 月曜の夜、俺はいつものようにソファーでまったりしていた。

 今日の灯は、何かを企んでそうな顔をしてソファーに座っている。もちろん俺の隣で。



「──で? なにその顔は」


「べっ、別に!」


「いや、玄関で『おかえり~』って俺を出迎えてからずっとその顔だよな?」


「うるさい! 見んな!」


 そう言うと当然のように俺の肩に自身の頭を預けながら、灯はすり寄ってくる。

 しばらく無言のまま密着していたが、ふと灯が口を開いた。


「ねえ、悠斗」


「っ!?」



 俺は灯から今までずっと、「あんた」とか「お前」とか「オタク」「キモオタ」って呼ばれ続け、名前を呼んでもらったことが無かった。だから突然、名前で呼ばれて驚き、振り向いた瞬間――



「っぶわっ!? ちょ、おまっ!?」



 灯の顔が目の前、いや、ほぼ触れていた。

 灯の唇が。

 俺の頬に。

 限りなく唇に近い頬に。



「……あ、ごめん。事故った」


「今、絶対わざと──」


「事故」


「今の角度、完全に狙っ──」


「じ・こ・で・す!」


 きっぱり言い切られた。

 灯は涼しい顔をして、また俺の肩にもたれかかる。


(いやいやいや、事故って言ったらなんでもアリかよ……!)


 心臓のバクバクは止まらない。



 その翌朝。

 目覚ましのアラームが鳴る前のことだ。



「悠斗起きてー」


「ん? な──んぐっ!?」


 上体を起こした瞬間、灯の顔が真上から降ってきて、唇がかすかに触れる。



 ちゅっ、と。



「……んっ」


「い、今のも……?」


「うん、事故ね」


「今の完全に待ち構えてたよな!? しかも音したぞ、キスの音!!」


「気のせいよ。事故だもん。仕方ないじゃん?」


「いやいやいや!!」



 さらにさらに、放課後のこと。

 人気のない家までの帰り道。

 二人で並んで歩いていると、灯はいきなりトテテっと俺の目の前に立ち──


「悠斗」


「ん、な──」


 ──チュ。


 今度は完全に、ど真ん中の直撃。もう事故ですらない。


「……っっっっ!!」


「事故です」


「いやもうその口調やめろ!! 事故ってレベルじゃねーぞこれはっ!!」


 灯はそっと唇に指を当てたまま、すっと目を逸らす。


「……道路は危険がいっぱいだから……」


「……はい?」


「だから……事故なの」


「なにが……?」


「バカ。察し力ゼロキモオタク」


「はぁ?」



 灯はそれ以上何も言わず、ゆっくりと前を向くと、歩き始める。


 その背中を、俺は呆然と見つめていた。



 ◇◇◇



 夜、スマホに灯からメッセージが届く。隣の部屋にいるにも関わらずだ。


『さっきのは、事故じゃなかったかも』


『だからって勘違いしないで。ただのすごく強い風に背中押された自然災害だから』



 俺はスマホを見つめながら、思わず笑みをこぼす。


(はいはい、わかってるって)


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