【第十八話】

 汗がにじむ額をぬぐいながら歩き続けると、交差点の先に見覚えのあるシルエットが見えた。

 時刻は、ちょうど十五時。けれど、ねむはすでに到着していて、向こう側から手を振っている。


 思っていたより元気そうで、少しだけ安心した。


 小走りに横断歩道を渡りながら声をかける。


「……ごめん。暑いのに待たせちゃったね」


「ううん。私が勝手に早く来ただけだし」


 ねむの顔色は、昨日よりいくぶん明るく見える。


「なんか……服装の雰囲気が、昨日とだいぶ違うね?」


「今日は色々動くかもしれないから、動きやすい格好にしたの」


 髪は高めの位置でまとめられ、ポニーテールが軽く揺れていた。

 薄ピンクのTシャツに黒のジャージ、足元はスニーカー。

 動きやすさ重視の格好だが、妙に似合っている。


「変……かな?」


「いや、全然。可愛いと思う」


 口にしたあと、少し後悔した。もっと他に言いようがあった気がする。


「ふふ、良かった」


 ねむは少しだけ照れて笑った。その横顔に視線を奪われそうになり、俺は首筋をさすってごまかした。


「……そういえば、昨日の件、ニュースになってたけど、今日って中に入れるのかな」


「優衣に聞いたんだけど、昨日の夕方くらいには、もう警察の数もだいぶ減ってたって。

 現場にはまだ入れないらしいけど」


 いつの間に、そんな情報網ができていたんだろう。

 その行動力には、毎度のことながら感心する。


「たぶん、自殺の線が濃厚って判断されて、もう捜査を締めにかかってるんだろうな」


「……そうなんだ」


 ねむは、少し残念そうにうつむいた。


「でも、逆に今のほうが動きやすいかも。調べるにはちょうどいい状況だよ」


 その言葉に、ねむは微笑んでうなずいた。


◇ ◇ ◇


 やがて校舎が見えてくる。正門前には報道陣が集まっていて、人の壁ができていた。


(……これは、入れないかもしれない)


 そう思ったとき、ねむが小さく声を上げた。


「……あ、優衣」


 少し先で、優衣がこちらに気づいて手を振っている。


「ねむ、こっちこっち!」


 優衣にうながされ、僕たちは裏手へと回った。

 植え込みの奥には、手足をかけて越えられる低めの塀があり、それを乗り越えて校内へ入る。

 優衣が先に登り、そのあと俺も続く。


 風が吹き抜け、優衣のスカートがひらりと舞った。

 スカートの中から、黒のレースのパンツがちらりと――。


「きゃっ、達希のエッチ!」


「ご、ご、ごめん……!」


 下の方から、強い視線を感じる。

 見ると、ねむがこちらを睨んでいた。そして、俺の足をつねる。


「いたっ……」


 こうして俺たちは、なんとか塀を越えた。


「ありがとう、助かった。すごい報道の数だったね」


「うん。ねむたち、きっと入れないだろうなって思って、ここで待ってたの」


 ねむと優衣が並んで話している。

 こういうとき、俺はどの距離感でいればいいのか少し迷う。黙ってついていくしかない。


◇ ◇ ◇


 校舎から少し距離をとり、俺たちは物陰から校舎の様子をうかがった。

 校内は驚くほど静かで、時折、職員や警察官の姿が横切る以外、まるで時間が止まっているようだった。


「警察の人たち、さらに減ってたよ」


 声のした方へ顔を向けると、健人と杏樹がこちらへ歩いてくるのが見えた。


「そっか。……じゃあ、現場の近くまで行ってみようか。

 中には入れなくても、遠くから様子くらいは見えるかもしれない」


「うん、そうだね」


 校舎をゆっくり進みながら、俺たちは昨日の事件現場へと足を向けた。

 現場の前には、数人の警察官、そして――加瀬刑事の姿があった。

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