キョウとの出会いと過去の亡霊
そんなある日、私は一人の男と出会った。彼の名はキョウ。黒髪に鋭い眼光を宿した、どこか影のある青年だった。彼もまた千年種の一人だったが、他の千年種とは少し異なり、その身には異様なほどの「闘気」を纏っていた。
彼との出会いは、ガイアポリスの路地裏で、千年種狩りを目的とした過激派グループに襲われそうになった私を、彼が助けてくれたのがきっかけだった。彼の戦い方は荒々しく、しかし洗練されており、まるで手負いの獣のようだった。
「……大丈夫か?」
ぶっきらぼうな口調だったが、その瞳の奥には確かな優しさが感じられた。
キョウは、幼い頃に両親を人間に殺され、それ以来、人間社会から距離を置き、裏社会で用心棒のようなことをして生計を立てていたという。彼は、人間に対して深い不信感を抱いていたが、同時に、誰かを守るために戦うことに、生きる意味を見出しているようにも見えた。
「あんたみたいな千年種が、一人でこんな物騒な場所をうろついているべきじゃない」
「あなたこそ、どうして私を助けたの? 人間と同じように、千年種も嫌いなのでしょう?」
「……うるさい。ただ、虫の居所が悪かっただけだ」
彼はそう言って立ち去ろうとしたが、私は彼のことが妙に気になり、その後も何度か彼と言葉を交わすようになった。
キョウは、最初は私に対しても警戒心を解かなかったが、次第に心を開いてくれるようになった。彼は、私の過去の壮大な旅の話を、まるで子供がおとぎ話を聞くように、興味深そうに聞いてくれた。そして、私の方も、彼の孤独や、心の奥に秘めた優しさに惹かれていった。それは、レイや博士とはまた違う、もっと荒削りで、しかし純粋な魂の響きだった。
私たちは、いつしか恋人同士と呼べるような関係になっていた。それは、数百年ぶりに訪れた、穏やかで、そして少しだけスリリングな時間だった。
しかし、私たちの関係は、そう簡単に祝福されるものではなかった。キョウが私に本気で惹かれれば惹かれるほど、彼の周囲に、奇妙な現象が起こり始めたのだ。
夜な夜な、彼の夢の中に、甲冑を纏った武士の亡霊と、白衣を着た知的な男の怪異が現れ、彼に斬りかかってくるというのだ。その二人は、明らかにレイと博士だった。彼らはもう死んでいるはずなのに、なぜか怪異となってキョウの前に現れる。
「……あいつら……一体何なんだ……!? 俺を殺そうとしているのか……!?」
キョウは、毎晩うなされ、その体には実体を持たないはずの斬り傷や打撲の痕が残っていることもあった。
「ヒメカ……あいつらは、お前の昔の男たちなのか……? 俺が、お前と一緒にいることが許せないのか……?」
彼の問いに、私は言葉を失った。レイも博士も、確かに私を深く愛してくれていた。しかし、死してなお、このような形で嫉妬の念をぶつけてくるとは思えなかった。
その時、ザハラがふらりと私たちの前に現れた。彼女は、アビス・コアとこの宇宙を自由に行き来しているらしく、時折こうして私の前に姿を現すのだ。
「フン。色恋沙汰で悩むとは、お前も堕ちたものだな、ヒメカ」
相変わらずの口調だったが、その目は何かを見通しているようだった。
「あの二人は、確かにレイと博士の魂の一部だろう。だが、あれは嫉妬ではない。むしろ……『試練』だ」
「試練……?」
「そうだ。お前ほどの女と添い遂げようというのなら、それ相応の覚悟と力がなければならない。あの二人は、死してなお、お前を想うが故に、その男の器を試しているのだ。そして……もしかしたら、彼ら自身もまた、お前を巡って、そして己のプライドのために、死後の世界で戦い続けているのかもしれん。男というものは、そういう面倒な生き物だからな」
ザハラの言葉は、衝撃的だった。レイと博士が、私を巡って、そしてキョウを試すために、怪異となって戦っている……?
「闘いがなくなる事なんてないんだ」
ふと、レイが生前、そう言っていた言葉が蘇った。
「例え白い林檎がなくなっても、俺達は戦う。己の為に、己の愛するものの為に。それは相手を殺してでも、己の大事なものを守るためだ。そのために闘い続けるしかないんだ」
それは、鬼の血を引く彼の、そして戦乱の世を生きた武士としての、魂の叫びだったのかもしれない。
キョウは、その試練に立ち向かう覚悟を決めた。
「……面白いじゃねぇか……。ヒメカの昔の男たちが、そんなに言うなら、俺がその期待に応えてやるよ。お前たちの試練、受けて立ってやるぜ!」
彼は、恐怖を乗り越え、逆に闘志を燃やし始めた。
そして、ある満月の夜。千年樹の麓の、最も清浄な場所で、キョウはレイと博士の怪異と対峙した。それは、もはや夢の中の戦いではなかった。実体を持ったかのように、二人の怪異はキョウの前に立ちはだかったのだ。
レイは、生前愛用していた刀を構え、その全身からは青白い闘気が立ち上っている。博士は、手には何も持っていないが、その瞳は鋭くキョウを捉え、周囲の空間を歪ませるほどの知的なプレッシャーを放っていた。
「お前が、ヒメカの新しい男か。……少しは、骨がありそうだな」
レイの怪異が、低い声で言った。
『我々の愛したヒメカを託すに足る男かどうか、見極めさせてもらう』
博士の怪異もまた、感情のない声で告げる。
男を賭けた、三人の男の戦い。そして、ヒメカを巡る、二人の死者のプライドを賭けた戦い。その奇妙で、そしてどこか物悲しい決闘の火蓋が、今、切って落とされようとしていた。
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