帰還した人類と千年樹の麓の不協和音
千年樹が地球に根を下ろし、宇宙全体に新たな生命エネルギーを行き渡らせ始めてから、数十年、あるいは数百年が経過しただろうか。時間の感覚は、もはや私たち千年種にとってあまり意味をなさなくなっていた。千年樹は、アビス・コアやエルドラ、そして無数の異世界へと通じる穏やかなゲートとなり、様々な種族が、それぞれの宇宙の法則を尊重しながら、少しずつ交流を始めていた。それは、かつてアカシャが夢見た「宇宙の調和」の萌芽と言えるのかもしれない。
そして、大きな変化が私たちの故郷の宇宙にも訪れた。地球から致死性のウイルスが完全に消滅したのだ。それは、千年樹がもたらした生命エネルギーの浄化作用なのか、あるいは他の異世界の高度な医療技術がもたらされた結果なのか、定かではない。だが、その事実は、かつて地球を捨てて火星やコロニーへと移住した人類にとって、大きな意味を持った。
彼らは、帰ってきたのだ。故郷である地球へと。
最初は、少数の調査団だった。やがて、本格的な移民船団が到着し、地球の各地に新たな都市を建設し始めた。彼らは、千年樹の存在に驚愕し、その力に畏敬の念を抱いた。そして、私たち千年種が、その千年樹を守り、宇宙の調停者としての役割を担っていることを知ると、当初は私たちを「神」あるいは「救世主」のように崇め奉った。
「ヒメカ様! 我々人類に、再びこの故郷の地を与えてくださり、感謝の言葉もございません!」
地球復興政府の代表と名乗る男が、私の前にひざまずき、そう言った。彼の瞳には、純粋な感謝と尊敬の色が浮かんでいるように見えた。
「顔を上げてください。地球が再生したのは、私たちの力だけではありません。宇宙全体の調和を願う、多くの存在の意志の表れです」
私は、いつものように静かに答えた。
しかし、平和な時間は長くは続かなかった。人類は、その本質をそう簡単には変えられない生き物らしい。
地球の環境が安定し、生活が豊かになるにつれて、彼らは再びかつての過ちを繰り返し始めた。資源を巡る争い、イデオロギーの違いによる対立、そして、千年樹の力を独占しようとする新たな野心。
千年樹の麓に築かれた国際都市「ガイアポリス」では、様々な国の代表者たちが、連日連夜、自国の利益を主張し合い、時には武力衝突寸前の緊張状態に陥ることもあった。
「……なんだか、見ていてうんざりするねぇ。あいつら、何にも学んでないんじゃないのかい?」
サヨは、千年樹の枝の上からガイアポリスの喧騒を見下ろしながら、呆れたように言った。彼女は、人類の愚かさに半ば愛想を尽かし、最近はアビス・コアや他の異世界へ「武者修行」と称して出かけていることが多かった。
「仕方ありませんわ、サヨさん。人間とは、そういう生き物なのかもしれません……。それでも、中には……」
ルナは、少し悲しそうな表情を浮かべながらも、人類の中にまだ希望を見出そうとしていた。彼女は、千年樹の力を使って、地球の自然環境の再生に尽力しており、一部の良識ある人間たちとは良好な関係を築いていた。
私自身もまた、複雑な思いを抱えていた。かつて愛したレイや博士も人間だった。彼らが見せた高潔さや探求心は、確かに人間という種族の可能性を示していた。しかし、目の前で繰り広げられる、果てしない欲望と争いを見ていると、どうしても失望感を禁じ得ない。
そして、最も懸念していたことが起こり始めた。人類の一部が、私たち千年種に対して、再び畏怖と、そして歪んだ支配欲を向け始めたのだ。
「千年種の不老不死の秘密を解き明かせば、我々人類も永遠の命を得ることができるはずだ!」
「千年樹の力は、選ばれた我々が管理すべきであり、異星人や千年種に独占させてはならない!」
そんな過激な主張をする勢力が台頭し、彼らは千年種を「研究対象」あるいは「管理対象」として捉え、その力を制限しようと画策し始めた。ガイアポリスの議会では、千年種の権利を制限する法案が提出され、可決される寸前までいったこともあった。
これが人類だ。私という一人の女性が、仲間たちと共に宇宙を救うためにどれほどの犠牲を払い、どれほどの苦難を乗り越えてきたかなど、彼らはすぐに忘れてしまう。そして、再び我が物顔で戦争を始め、自分たちと異なる存在を虐げようとする。
(また……私たちは、人類に虐げられることになるのかしら……)
そんな思いが、私の胸をよぎる。それでも、私は、かつて私たちを愛し、私たちと共に生きてくれた人間たちのことを、忘れることはできなかった。その矛盾した感情の中で、私はただ、千年樹の麓で静かに日々を過ごしていた。ひそやかに、そして時に、人間たちの愚かさを諭しながら。
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