水の神殿の試練とアクアの洗礼

黒鉄鬼ゴーレムを討伐した後、私たちは水の巫女マリーナの案内に従い、エルドラの聖地の一つである「水の神殿」へと向かった。神殿は、巨大な滝の裏側に隠された、青い水晶と清らかな水に満たされた美しい場所だった。


「ようこそ、異世界の勇者たち。そして、千年を生きたる魂を持つ方々」

神殿の最奥、巨大な水鏡の前に立つマリーナは、私たちを静かに出迎えた。彼女の言葉からは、私たちの素性を見抜いているかのような響きが感じられた。

「あなたは……私たちのことを知っているのですか?」

私が尋ねると、マリーナは穏やかに微笑んだ。

「水の流れは、あらゆる情報を運びます。あなた方がこの世界に降り立った時から、その強大な魂の波動は、私にも伝わっていました。特に、ヒメカ……あなたと、そこのサヨと名乗る方、そしてルナと名乗る方の魂は、尋常ならざる時を重ねてきた証を宿していますね」


さすがは聖地の巫女といったところか。私たちの正体は、早々に見抜かれていたようだ。

「ここ、水の神殿には、古より世界を浄化し、生命を育む聖なる水が湧き出ています。そして、その力は、試練を乗り越えた者に、大いなる水の魔法の加護を与えると言われています」

マリーナは、私たちに試練を受ける意思があるかを問うた。魔王ザルガードに対抗するためには、さらなる力が必要だ。私たちは、その試練を受けることを決意した。


最初の試練は、「静寂の心」を保つことだった。私たちは、激しい水の流れが渦巻く瞑想の間に入れられ、その中で心を無にし、水と一体になることを求められた。

「騒がしい女は苦手なんだよな、こういうの……」

サヨは早々に音を上げそうになったが、意外にもルナが最も早くその境地に達した。彼女は目を閉じ、その表情は穏やかで、まるで水面そのもののように静かだった。彼女の故郷の星で、似たような修行でもしていたのだろうか。

私も、長年生きてきた経験から、心を鎮める術は心得ているつもりだったが、この神殿の水の力は想像以上に強力で、雑念を振り払うのに苦労した。


次の試練は、「流れを読む力」。神殿内に張り巡らされた複雑な水路を、マナの流れだけを頼りに進んでいくというものだった。途中には、幻影を見せる霧や、進路を惑わす渦潮などが仕掛けられている。

「こっちよ、アルス! そっちは罠だわ!」

ミリアが的確な指示を出すが、アルスは相変わらずおどおどとして、なかなか前に進めない。

「勇者アルス……あなたの心の中には、大きな淀みがありますね。それが、あなたの進むべき道を見えなくさせているのです」

マリーナの言葉が、アルスの胸に突き刺さる。


そして、最後の試練は、「水龍の怒りを鎮めること」。神殿の奥深くに封印されている、古代の水龍の魂との対話だった。水龍は、かつて人間たちの欲望によって傷つけられ、怒りと悲しみに満ちていた。その怒りを鎮め、心を解き放つことができなければ、水の加護は得られないという。

アルスは、水龍の怒りのオーラに完全に気圧され、腰を抜かしてしまった。

「ひぃぃ……! ごめんなさい、ごめんなさい!」


見かねた私が、水龍の前に進み出た。

「水龍よ、あなたの怒りと悲しみは理解できます。私たち人間は、過ちを犯しやすい生き物です。しかし、中には、あなたと同じように自然を愛し、共存を願う者もいるのです」

私は、これまでの長い人生で見てきた、人間の愚かさと、そして時折見せる美しさを、静かに語り聞かせた。レイのような高潔な魂、博士のような探求心、そしてルナの故郷の星のような美しい自然。

水龍の魂は、最初は激しく抵抗していたが、私の言葉に耳を傾けるうちに、次第にその怒りが和らいでいくのが感じられた。


「……信ジテ……モ……イイノカ……? 人間ヲ……」

水龍の声が、直接私の頭の中に響いてきた。

「信じるか信じないかは、あなた次第です。でも、私たちは、少なくともあなたを傷つけるつもりはありません」

すると、水龍の魂は、穏やかな光を放ち始め、やがて小さな水の宝珠へと姿を変えた。

「これは……『水龍の涙』……。よくぞ、水龍の心を解き放ってくださいました、ヒメカ」

マリーナが、驚きと感謝の表情で私を見た。


試練を乗り越えた私たちには、それぞれ水の加護が与えられた。私には、水の流れを自在に操り、癒やしの力も持つ上級水魔法「アクアヴェール」が。サヨには、水を刃のように鋭くして放つ攻撃魔法「ウォータージェットカッター」が。そしてルナは、水の精霊と交信し、その力を借りる特殊な能力「ハイドロスピリット」を開花させた。ミリアも、既存の回復魔法が強化された。

しかし、アルスだけは、最後まで水龍の試練を乗り越えられず、水の加護を完全には受け取れなかった。ただ、彼の持つ聖剣ソルブレイバーが、水龍の涙に共鳴するように、わずかに青い光を帯びるようになった。


「アルス……あなたに必要なのは、力だけではありません。自分自身の内なる声に耳を澄ませ、真実と向き合う勇気です」

マリーナの言葉は、アルスにとって重い宿題となった。


水の神殿での修行を終え、私たちは次なる四天王、炎を司る「赤竜将サラマンド」の討伐へと向かうことになった。サラマンドの居城は、活火山地帯にあり、常に灼熱の炎と溶岩に包まれているという。

「今度の相手は炎か……。水の魔法が役に立つといいけどねぇ」

サヨが、新たに習得したウォータージェットカッターを試しながら言う。

「サラマンドは、四天王の中でも最強と謳われています。その炎は、あらゆるものを焼き尽くし、ドラゴンを使役するとも言われています」

ミリアの情報に、私たちは気を引き締めた。


火山地帯への道は険しく、灼熱の空気と火山灰が私たちの体力を奪う。そして、サラマンドの部下である火蜥蜴の魔物たちが、容赦なく襲いかかってきた。

「アクアヴェール!」

私が水の障壁を展開し、灼熱の炎から仲間たちを守る。ルナがハイドロスピリットで水の精霊を呼び出し、炎を鎮火させようとする。

「ウォータージェットカッター!」

サヨが、高圧の水の刃で火蜥蜴を切り裂く。ゴーレム戦とは違い、水の魔法が効果的に通用している。


しかし、サラマンドの居城に近づくにつれ、炎の勢いは増し、私たちの水の魔法だけでは押し返せなくなりつつあった。

「やはり、一筋縄ではいかないわね……」

苦戦を強いられる私たち。その時、アルスが、震える声で前に進み出た。

「僕が……僕が、みんなを守るんだ……!」

彼の聖剣ソルブレイバーが、青白い光を放ち始めた。それは、水の神殿で得た、わずかな水の加護の光だった。

「いっけええええ! ソルブレイバー・アクアスラッシュ!!」

アルスが、やけくそ半分に聖剣を振るうと、剣先から水の刃のようなものが飛び出し、数匹の火蜥蜴を薙ぎ払った。威力はそれほどでもないが、彼の勇気ある一歩だった。

「アルス……!」

ミリアが、感動したように彼を見つめる。


しかし、その直後。

「フハハハハ! 小賢しい真似を! 我が炎の前には、水など無力と知れ!」

燃え盛る炎の中から、真紅の鎧を纏った巨漢が現れた。その背中にはドラゴンのような翼が生え、手には炎を噴き出す巨大な剣を握っている。彼こそが、赤竜将サラマンドだった。

サラマンドが剣を振るうと、業火の津波が私たちに襲いかかってきた。水のヴェールも、一瞬で蒸発してしまうほどの熱量だ。


「ここまでか……!」

絶望感が漂う中、私はルナを見た。彼女は、何かを決意したように目を閉じ、水の精霊に語り掛けていた。

「お願い……みんなを助けるために……私に、もっと大きな力を……!」

すると、ルナの体から、今までにないほどの強大な水のオーラが溢れ出した。それは、水の神殿で完全に開花しきれなかった彼女の才能が、この絶体絶命の状況で強制的に引き出されたかのようだった。


「これが……私の……故郷の水の力……! ハイドロ・テンペスト!!」

ルナが叫ぶと、周囲の水分という水分が彼女の元に集まり、巨大な水の竜巻となってサラマンドの炎の津波と激突した。水と炎が激しくぶつかり合い、凄まじい水蒸気が立ち込める。


その隙に、私たちは体勢を立て直す。

「ヒメカさん、今です!」

「ええ! サヨ、援護を!」

「任せとけ!」

私は最大級のアクアヴェールを展開し、サヨは連続でウォータージェットカッターを放つ。そして、アルスも、聖剣を握りしめ、サラマンドに向かっていく。彼の目には、もはや恐怖の色はなかった。


「小癪な……! 我が赤竜の息吹を喰らえ!」

サラマンドが、口から灼熱のブレスを放とうとした、その時。

「――俺に任せろッ!!」

再び、アルスの中の「もう一人」が覚醒した。聖剣ソルブレイバーが黄金の光と青い水の光を同時に放ち、炎のブレスを真っ二つに切り裂いた。そして、そのままサラマンドの懐に飛び込み、渾身の一撃を叩き込んだ。

「ぐおおおおっ!?」

サラマンドの巨体が吹き飛び、火山壁に叩きつけられる。そして、アルスはまたしても力尽きて倒れた。


「よくやったわ、アルス!」

私たちは、満身創痍のサラマンドに追撃を加え、ついに彼を打ち破ることに成功した。三番目の四天王、赤竜将サラマンド。水の神殿での試練と、ルナの覚醒、そしてアルスの勇気がなければ、到底勝てなかっただろう。


残る四天王は、氷を司る「白狼姫フェンリル」のみ。そして、その先には魔王ザルガードが待ち受けている。私たちの異世界での戦いは、いよいよ佳境を迎えようとしていた。そして、アルスの失われた記憶と、魔王との関係にも、否応なく向き合わなければならない時が近づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る