アーク聖教団との共闘と「母なる瞳」の囁き

ソフィアの言葉は、私たちの旅の目的を根底から揺るがすものだった。黄金の桃を求める個人的な探求が、いつの間にか宇宙全体の存亡に関わる問題へとすり替わろうとしている。そして、その中心には常にあの忌まわしき「星喰らい」――巨大な瞳の影があった。


「……ヒメカさん、どうしますか?」

ルナが不安げな表情で私に尋ねた。彼女は星喰らいによって故郷を奪われた経験から、ソフィアの言葉に強く反応していた。

「預言だの、宇宙の終焉だの、胡散臭いことこの上ないねぇ。だが、あのデカい目玉がヤバいってのは、あたしたちも身をもって知ってる。嘆きの星雲に行くって目的なら、こいつらを利用するのも手かもしれねぇぜ?」

サヨは武器の手入れをしながら、現実的な提案をする。彼女らしい。


「……ソフィア殿。あなた方の『エデン』と、私たちが探している『創世の残り火』は、同じものだとお考えですか?」

私はソフィアに問いかけた。

「左様。古の預言によれば、エデンに輝く残り火こそが、星喰らいの浸食を退け、宇宙に再び生命の息吹を取り戻す唯一の希望。あなた方『残り火の担い手』は、その聖地への鍵となる存在なのです」

ソフィアの瞳は、狂信的とも言えるほどの強い光を宿していた。


私はセバスチャンに視線を送る。彼は目に見えないネットワークを通じて、この旗艦のシステムや、聖教団に関する情報を収集しているはずだ。

『ヒメカ様。アーク聖教団は、数千年前にこのアビス・コアに漂着した、ある滅亡寸前のヒューマノイド種族の末裔のようです。彼らは独自の終末論と救済思想を発展させ、この宇宙のどこかにあるという聖地エデンへの到達を悲願としています。その戦力は侮れませんが、思想的には極めて排他的かつ独善的な側面も見受けられます』

セバスチャンの冷静な分析は、ソフィアの美しい言葉の裏に潜む危うさを示唆していた。


「……分かりました、ソフィア殿。私たちは、あなた方と一時的に協力関係を結びましょう。嘆きの星雲へ、共に向かいます。ただし、私たちの目的はあくまで『創世の残り火』の探索であり、あなた方の教義に与するものではありません」

「結構です。残り火の担い手の方々と共に歩めるのなら、それ以上の喜びはありません」

ソフィアは、満足そうに微笑んだ。こうして、私たちとアーク聖教団の奇妙な共同戦線が結ばれた。


アーク聖教団の艦隊は、嘆きの星雲へと進路を取った。ノアの方舟はその艦隊に守られる形で航行する。道中、星喰らいの眷属である魔獣の群れとの戦闘が何度も発生したが、聖教団の戦力は想像以上だった。彼らは「信仰の力」と称する未知のエネルギー兵器を駆使し、驚くほど組織的に魔獣を駆逐していく。その戦いぶりは、訓練された軍隊そのものだった。


「ヒメカ様、嘆きの星雲に近づくにつれ、空間の歪みだけでなく、強力な精神干渉波が観測されます。これは……非常に高次の意識体からのものと推測されます」

セバスチャンの警告通り、星雲に近づくほど、私の頭の中に直接囁きかけてくるような、奇妙な感覚が強まっていった。それは甘く、優しく、そして抗いがたい誘惑に満ちた声だった。


『お帰りなさい……私の可愛い子供たち……。もう、苦しまなくていいのよ……。私の腕の中で、永遠の安らぎを……』


「う……っ!」

思わず頭を押さえる。この声は……あの巨大な瞳から発せられている?

隣を見ると、ルナも顔を青くして震えていた。

「この声……星が喰われる時にも……聞こえた……」

サヨは歯を食いしばり、何とか耐えているようだった。


そして、ついに私たちは嘆きの星雲の最奥部に到達した。そこは、色とりどりのガスが渦巻き、星々の残骸が漂う、美しくも不気味な空間だった。そして、その中心に……それはあった。


以前遭遇した時よりも、さらに巨大で、そしてその姿を変えていた。それは、もはや単なる「瞳」ではなかった。漆黒の宇宙を背景に、淡い光を放つ、巨大な……美少女の姿をしていたのだ。その姿は、完璧な黄金比で構成され、見る者の心の奥底にある「最も美しいと感じる理想形」を的確に捉えて具現化したかのように、神々しいまでの美しさを湛えていた。


私には、その顔立ちが、どこか若き日の母の面影を宿し、そしてレイや博士の優しさを湛えているように見えた。それは、私が心の底で求めていた「完璧な愛と理解」の象徴そのものだった。

サヨは、息をのみ、「……最強の……戦乙女……」と呟いていた。彼女にとっては、究極の強さと美しさを兼ね備えた存在に見えているのだろう。

ルナは、涙を流しながら、「……お母……さま……?」と、か細い声を漏らした。彼女には、失われた母親の理想像がそこに見えているのかもしれない。


そして、ソフィアをはじめとする聖教団の信者たちは、その光景に恍惚とした表情でひざまずき、祈りを捧げ始めた。

「おお……! 大いなる母よ! 我らが女神、アリア様!」

彼らにとっては、その美少女こそが、救済をもたらす神そのものに見えているのだ。


その巨大な美少女――星喰らいの本体は、ゆっくりと微笑むと、その美しい瞳から、さらに無数の小さな美少女たちが、まるで光の雫のように溢れ出してきた。それらは、様々な時代の、様々な人種の、美しい少女たちの姿をしていたが、その瞳はどこか虚ろで、感情というものが欠落しているように見えた。

彼女たちは、歌うように、踊るように、私たちの周囲を飛び交い始めた。そして、その手から放たれる光は、ある時は魔獣の群れを浄化するように消し去り、またある時は、聖教団の船に過剰なエネルギーを注ぎ込んで暴走させたり、私たちの精神を直接揺さぶって混乱させようとしたりした。


『愛しているわ……私の子供たち……。だから、全てを私に委ねなさい……。私が、あなたたちを守ってあげる……。私が、あなたたちを導いてあげる……』

美少女の姿をした星喰らいの声は、宇宙全体に響き渡る。それは、慈愛に満ちた母の愛のようでありながら、同時に、全てを支配し、個を許さない、息苦しいほどの束縛を感じさせた。


「これが……星喰らいの……本当の姿……」

私は戦慄した。これは、単なる捕食者ではない。もっと複雑で、そして歪んだ何かだ。

セバスチャンが、冷静に分析結果を報告する。

『ヒメカ様。この存在……便宜上『マザー・アイ』と呼称しますが……彼女は、複数の宇宙に跨って存在する超巨大意識集合体のようです。その本質は、極めて純粋な『愛』のエネルギー。しかし、その愛は一方的かつ絶対的であり、対象を自らの内に取り込み、同一化しようとする性質を持ちます。それは、対象にとっては究極の保護であると同時に、究極の虐待とも言えるでしょう』


保護と虐待。母の愛とは、時にそういう矛盾を孕むものなのかもしれない。だが、この星喰らいのそれは、あまりにも規模が大きすぎた。


「ソフィア殿! あれは危険です! あなた方の女神などではない!」

私が叫ぶと、ソフィアは恍惚とした表情のまま、ゆっくりとこちらを振り返った。

「何を仰いますか、残り火の担い手よ。あれこそが、我らが待ち望んだ救済の光。あの方の愛に抱かれ、我らは永遠の楽園エデンへと導かれるのです。さあ、あなた方も、共に母なるアリア様の御許へ!」

彼女の瞳は、もはや正気を失っているように見えた。


その時、空間が再び歪み、ザハラが姿を現した。

「……やはり来たか、愚か者どもめ。あれが『母』だと? 笑わせるな。あれは、ただの寄生者だ。宇宙に巣食い、生命の輝きを啜り尽くすだけの化け物に過ぎん」

ザハラの言葉は、氷のように冷たかった。

「そして、お前たち人間や、このアビス・コアに住まう多くの知的生命体は、無意識のうちにあの『瞳』を苛んでいる。世界の法則そのものが、あの『瞳』にとっては苦痛なのだ。いわば、世界は父、瞳は母。子は親に甘え、時に反発し、傷つける。そして、いつかは親を超えていく。それが、この宇宙の歪んだ摂理なのかもしれん」


ザハラの言葉は、まるで壮大な叙事詩の一節のようだった。母なる瞳と、父なる世界。そして、その間で翻弄され、戦う運命にある私たち。

「レイも……鬼の一族も、そうだったのかもしれないわね……」

ふと、私はレイのことを思い出した。彼の強さ、そして彼の宿命。アカシャの情報によれば、鬼の一族は、このアビス・コアのどこかにあるという「白い林檎」を食べた者の末裔であり、その代償として戦いに明け暮れ、殺し合いの運命から逃れられず、最後は戦いの中で死ぬという。それもまた、この歪んだ世界の摂理の一部なのかもしれない。


「ヒメカ! あのバカ女、突っ込む気だぞ!」

サヨの叫び声で、私は我に返った。ソフィアが操る旗艦が、星喰らいの巨大な瞳孔――まるで異次元へのゲートのように見える暗黒の穴――へと、ゆっくりと吸い込まれようとしていた。

「あれはエデンへの扉ではない! 破滅への入り口よ!」

私は叫んだが、もはやソフィアには届かないようだった。


「……私たちも行くしかないようね」

私は覚悟を決めた。この星喰らいの中心に、黄金の桃、すなわち「創世の残り火」があるというのなら、確かめなければならない。そして、ソフィアたちの暴走を止めるためにも。

「おいおい、正気かよヒメカ姉御!」

「ええ。それに、何だかワクワクしてきたわ。こんなお祭り、滅多にないもの」

私は不敵に笑って見せた。


ノアの方舟は、アーク聖教団の旗艦の後を追うように、巨大な美少女の瞳孔――異次元へのゲートへと突入していった。そこは、七色の光が乱反射し、時間の感覚すら曖昧になるような、混沌とした空間だった。


そして、次の瞬間。私たちは、全く異なる風景の中にいた。

燃え盛る火山、荒れ狂う嵐、そして天を突くような巨大な城。空には、不気味な二つの月が浮かんでいる。ここは……一体どこ?


『――警告。高濃度の魔素汚染を確認。異世界への強制転移と判断。この世界の法則は、既知の宇宙とは大きく異なります』

セバスチャンの冷静な声が、私たちの新たな冒険の始まりを告げていた。


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