再生される記憶と嘆きの星雲の胎動
ザハラが遺したデータクリスタル。セバスチャンがそれを解析し、ルナの精神安定と記憶回復を補助するためのプログラムを起動させた。プログラムは、微弱なエネルギーパルスをルナの脳に送り、記憶の再構築を穏やかに促すというものだった。
「……う……ん……」
プログラムの起動から数日後、ルナのうめき声で私は目を覚ました。彼女は苦しそうに眉を寄せ、額には汗が滲んでいる。
「ルナ? 大丈夫?」
駆け寄って声をかけると、ルナはゆっくりと目を開けた。その瞳には、以前のような虚ろさはなく、はっきりとした意思の光が宿っているように見えた。
「ヒメカ……さん……?」
「! ルナ、分かるの!?」
驚きと喜びで、私の声が上ずる。
「ええ……少し……靄がかかっていたのが、晴れていくような……そんな感じ……」
ルナはゆっくりと体を起こし、自分の手を見つめた。そして、ぽつりぽつりと語り始めた。
彼女の記憶は、まだ断片的ではあったが、以前よりも鮮明になっていた。彼女は、確かに千年種の一族であり、地球ではない、別の惑星で平和に暮らしていたという。緑豊かな美しい星で、彼女の一族はひっそりと、しかし穏やかに暮らしていた。
「でも……ある日……空が裂けて……あの『赤い目』が現れたの……」
ルナの声が震える。あの、巨大な瞳のことだろう。
「星が……星が喰われていくのを……見たわ……。家族も……みんな……」
その記憶は、あまりにも過酷で、彼女の精神を再び不安定にさせかねないほどだった。セバスチャンが慌ててプログラムの出力を調整する。
「無理しないで、ルナ。少しずつでいいのよ」
私は彼女の肩を優しく抱いた。
「ごめんなさい……。でも……思い出さなければ……。どうして私だけが……ここにいるのか……」
ルナは、自分の星が滅びた後、何らかの力でアビス・コアに飛ばされ、そしてザハラに保護されるまでの記憶が、まだ曖昧なようだった。しかし、あの「瞳」に対する強烈な恐怖と憎しみは、はっきりと彼女の中に刻まれているようだった。
「あの『瞳』……『星喰らい(スターイーター)』と呼ばれていたわ……。私たちの星の長老たちが、古の伝承でそう呼んでいた……。宇宙を渡り、星々の生命エネルギーを喰らう、災厄の存在だって……」
星喰らい。その名が、あの巨大な瞳の正体を示唆していた。そして、黄金の桃、すなわち「創世の残り火」が、その星喰らいの餌となっている可能性も。
「ねぇ、ヒメカさん。あなたたちは、どうしてこんな危険な場所に?」
少し落ち着きを取り戻したルナが、私に尋ねた。私は、黄金の桃の謎を追って宇宙へ旅立ち、このアビス・コアに迷い込んだ経緯を話した。
「黄金の桃……。それは、私たちの星にも似たような伝承があったわ。『生命の果実』と呼ばれていて、食べた者には永遠に近い時と、大いなる力が与えられるって……。でも、それは同時に、星喰らいを呼び寄せる呪いの果実でもあるって……」
ルナの言葉は、私たちの旅の危険性を改めて浮き彫りにした。私たちが求めているものは、同時に最大の災厄を引き寄せる可能性を秘めているのだ。
ザハラの航行図のおかげで、私たちの旅は以前よりも格段にスムーズになっていた。しかし、「嘆きの星雲」が近づくにつれて、周囲の空間の歪みが大きくなり、強力な魔獣の出現頻度も再び増してきた。
「ヒメカ様、前方に大規模なエネルギー反応を多数検知! これは……艦隊規模です!」
セバスチャンの警告に、私たちは息をのんだ。モニターに映し出されたのは、幾何学的な形状をした、金属質の船体を持つ多数の宇宙船だった。それは、魔獣とは明らかに異なる、知的生命体の艦隊だった。
「どこのどいつだ、あいつら……。喧嘩を売ってきてるのかねぇ?」
サヨが好戦的な笑みを浮かべる。
「待って、サヨ。彼らからは敵意は感じられないわ……。むしろ、何かを探しているような……」
艦隊は、一定のパターンで周囲を捜索しているように見えた。そして、そのうちの一隻が、私たちのノアの方舟に気づき、ゆっくりと接近してきた。
『――応答せよ、未確認船。我々は『アーク聖教団』巡礼艦隊。この宙域は、我らが聖地『エデン』への巡礼路である。貴船の所属と目的を明らかにされたし』
船から、威厳のある男性の声が通信で送られてきた。
アーク聖教団? 聖地エデン? また新しい勢力の登場だ。このアビス・コアは、本当に多種多様な存在がひしめき合っているらしい。
「私たちは、訳あってこの宇宙を旅している者です。あなた方の巡礼を妨害するつもりはありません」
私が応答すると、相手はしばらく沈黙した後、こう言った。
『……ふむ。貴船から発せられる微弱なエネルギー……それは、まさか……『残り火の担い手』の方々か?』
残り火の担い手。それは、私たち千年種、そして黄金の桃を指しているのだろうか。
「だとしたら?」
『おお……! 預言は真であったか! 我らが教祖がお待ちかねです! どうか、我々の旗艦までお越しいただきたい!』
相手の声は、にわかに興奮を帯びていた。どうやら、このアーク聖教団とやらは、私たち千年種のことを知っており、しかも何かを期待しているらしい。
「どうする、ヒメカ? 胡散臭い連中だけど、何か情報を得られるかもしれねぇぜ?」
サヨの言葉に、私も頷いた。嘆きの星雲、そして黄金の桃に関する手がかりが掴めるかもしれない。
「いいでしょう。お招きに応じますわ」
アーク聖教団の旗艦は、他の船よりも一際大きく、荘厳な装飾が施されていた。内部に案内されると、そこはまるで神殿のような空間で、白いローブを纏った人々が祈りを捧げていた。そして、その中央の玉座に、銀髪の美しい女性が座っていた。彼女が、この聖教団の教祖らしい。
「よくぞ参られた、残り火の担い手の方々。私は、アーク聖教団を導く者、ソフィアと申します」
ソフィアと名乗った教祖は、穏やかな笑みを浮かべて私たちを迎えた。しかし、その瞳の奥には、何か計算高い光が宿っているようにも見えた。
「あなた方は、私たち千年種のことをご存知なのですか?」
「ええ、古き預言に記されております。宇宙の終焉が近づく時、異次元より『残り火の担い手』が現れ、我らを約束の地『エデン』へと導くと……。そして、そのエデンには、新たな『創世の残り火』が輝いていると」
新たな創世の残り火。彼女たちの目的もまた、黄金の桃と同質のもののようだ。しかし、「宇宙の終焉」とは穏やかではない。
「宇宙の終焉……とは、どういうことです?」
ソフィアは、悲しげな表情を浮かべた。
「お気づきではございませんか? このアビス・コアは……そして、あなた方が元いた宇宙も含め、全ての宇宙は、今、緩やかに死へと向かっているのです。星々の光は失われ、生命は枯渇し……全ては、あの『星喰らい』の仕業」
彼女の言葉は、ルナが語った「星喰らい」の脅威と一致する。そして、その終末の運命から逃れる唯一の道が、聖地エデンに眠る新たな創世の残り火を見つけ出すことだと、彼女たちは信じているようだった。
「嘆きの星雲は、そのエデンへの中継地点の一つ。しかし、そこは星喰らいの眷属たちが巣食う、極めて危険な場所。私たちだけでは、到底突破できません。どうか、お力をお貸しいただけないでしょうか? あなた方の持つ『残り火の力』があれば、きっと……」
ソフィアは、深々と頭を下げた。
星喰らいの脅威、宇宙の終焉、そして聖地エデン。私たちの黄金の桃を求める旅は、いつの間にか、宇宙全体の運命を左右する壮大な物語へと巻き込まれようとしていた。そして、その中心には、やはりあの巨大な「瞳」の影がちらついている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます